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初春のかおりをあじわえるつわぶきの芽吹きをにわと里山からいただく


はじめに

 まだまだひと雨か雪がふると寒さがぶりかえす。からだはようやく寒さに対応できつつある感じ。でもまだ春はまだ先。

それでも里山にあがるとすでに梅の花はおわり葉がでるまでのあいだふたたびひっそりしたすがたに。その根もとでつわぶきはいつもどおりに芽吹いている。かぐわしいロウバイも咲きおわり、ホトケノザの花がひらいている。

さて、里山では山菜がそろそろとれそうな気配。


里山を上り下りしながら

 このあたりの里に近いところを登りながら歩く。ようやくイヌビワの葉が落ち、冬枯れの干からびかけた実だけが枝先にのこる。センダンの高い木もおなじ。すでに黄色い実もなくなった。この実は冬の時期までのこりがち。

鳥たちはこの実をどういうわけか最後までのこす。見むきもしないようだ。青いうちはおいしくないのかも。冬もおそくなるといっせいに食べてしまい、木は枝だけになってしまう。

冬の終わりから春先にかけては鳥たちにとって山の幸が先細り、だんだん好みでないものまでしかたなく食べていくのだろうか。ついばむものが変化していく。おいしくなるものから順番にたべられるようだ。つべこべ言ってられない。冬を越すのに必死でやむなく食べられるものへととびまわる。

こんどは山をくだりつつ鳥たちのようすをながめる。いろいろな種類の鳥が行き交う。冬のあいだに少なくなるえさをわれさきに得ようとするのかあわただしくとおりすぎていく。


つわぶきのごちそう

 そんなようすをゆっくり下り道をあるきながらながめつつ、下の写真のように葉の表裏に毛のはえたつわぶきの新芽をえらび、根元をつかんでひきぬいていく。ぷつんとこきみよい音がしてきれいに抜ける。


芽吹いたばかりのつわぶきの若葉


ふもととくらべて里山のほうが新芽が早くでる。一時期は山のつわぶきをひとかかえほどの袋に3~4袋あつめて一輪車でふもとまでおろし、店で売っていた。数か月分の食費になるぐらいよく売れていた。

すでに地元の店にはわたしのほかにはほとんど山のつわぶきを出す人はいない。それだけ待ちわびている方々がいらっしゃる。したがってたまに差し上げるとたいへん喜ばれる。

残念ながらほかのしごとに就いたのでいまはそんなに採らない。家族で食べるぶんだけ。採って1時間もしないものを下ゆでし、シンプルにあごだしとしょうゆであじつける。キク科の特徴を感じられるかおりをそのままに、初春の季節の風味をあじわえる。


おわりに

 勝手口でいつものようにつわぶきの皮むき。葉のもとのところからポキリと折りそのまますぅ~とむけるときもちいい。だんだんコツをつかむ頃にはなくなってしまう。それでもこの手間がなかなかたいへんと敬遠されがち。なかにはそれで食べない方もいらっしゃる。

わたしは春先になると食べたくなるほう。したがって爪が多少黒く染まろうがかまわずにむいてゆでて食べる。下ゆでして冷凍するとしばらく食べられる。こどものころはさして興味のなかった食べ物なのに、年をかさねるにつれて食べたくなる。

この季節になると山菜が順番に出てくる。文字どおり吹き出すように。つぎはフキノトウかな。てんぷらがまちどおしい。


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