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【短編ホラー】(2)タクシー怪談
お客さん、どちらまで行かれます? あぁ、江ノ垣団地ね。
ハイハイ。わッかりましたァ。そんじゃ、メーター点けさせて頂きますんでねェ。
しッかし、随分な雨ですなァ。いきなりザーッと来ましたもんねェ。おまけに雷までゴロゴロ言ってますわねェ。
今日は確か、天気予報では曇りって言っとったよねェ? そうだよねェ。
まぁ、こんだけの雨だと、僕らみたいな商売しとる分には助かるもんで、良いんですけどねェ。
いやいや、あれですよ。いつもみたいにあちこち走り回らんでも、こうやって停めておくだけで、お客さんらみたいに駆け込みでみんな手ェ挙げてくれるからねェ。
今日も結構お乗せしましたよ、うん。でも、若いカップルはお客さんらが初めてだったけどねェ。
さっきもこの雨ん中を女の人がボーっと道路に立っとるもんだから、一瞬ビックリしましたわ。
そんなもんアンタ、雨で顔はよォ見えんし、髪もとにかくバッサーッと長かったし、傘も差しとらんもんだから、僕もまさかそんなバカなと思いましたけど、よく見たら普通のお客さんだったもんだから、お乗せしましたよ。
……ちょっと彼氏さん、何で急にそんなことを? ほれ、アレでしょう? 雨ん中、ずぶ濡れで立っとる髪の長い女を乗せてしばらく走っとったら、さっきまで乗っとったはずの女の姿が無くて、後ろのシートが濡れとった……っていう、お決まりの話のことですかねェ?
さすがにそんなもん無いですわ。彼氏さん、そのテのドラマかなんかの見過ぎでしょう? さっきの話だって単に僕の勘違いですもん。
嫌だなァ。そんな、怖い話なんて言われてもアンタ、急には思い付かんよ。
あ。でも、全く無いことも無いけどねェ。何ィ? 聞きたいのォ?
いやいやいや、止めといた方が良いですわ。こんなオッサンの話なんか聞いたって、面白くも何ともないですがね。
え、どうしても聞きたい? 仕方ないですなァ。 お客さんら、なかなかの頑固モンだで、オジサン参ったわ。参った、参った。
江ノ垣団地まではまだまだ時間かかるもんで、話の種には丁度良いけども、聞いた後に後悔しても知らんでねェ。
ところで、さっきから彼女さんどうしたのォ? 彼氏さんはゲラゲラ笑っとるのに、彼女さんはずーっと下向いて俯いちゃっとるけど。
気にせんでエェの? じゃあ話しますわね。
アレはねェ、ちょうど今日みたいに雨がザァザァ降りの日でしたわ。
僕が1人で車走らせとってね。あ、場所まではさすがに言えませんけどね。
ほんで、車回しとったら、道路の真ん中を傘も差さんと髪の長い女がフラフラ歩いてましてね。
僕、それはまぁビックリして、慌ててブレーキ踏んだんですわ。
そしたら、まぁ凄い音でキキキキィー言いましてねェ。僕も弾みで前のめりになったんですわ。
事故も何も起こらんかったで良かったんですけど、その女が僕のことをジーッと見とるもんだから、乗りたいんだと思ってとりあえず乗せたんですわ。
そんで、僕が行き先を聞いても黙ったまんまで何も答えなくてね。でもメーターだけは動かさんと僕も商売にならんもんで、ちょっとずつちょっとずつ走らそうと思って、その辺をグルグルしとったんですわ。
何回も声かけたけど、一向に何も話そうとせんもんで、バックミラー越しにお客さんの方を見たんですよ。ほしたら……。
ちょっと彼氏さん! アンタ何でそこで笑うのォ? ちょっと笑い過ぎじゃない?
せっかく僕、今からここで面白いオチでビシッと決めようと思っとったのにィ。
だから言ったでしょう? ちゃんと最初からありきたりだよって前置きしたでしょう?
そうそう! 彼氏さんの言う通り、振り返って見たら誰もおらんくて、シートが水浸しだったの!
……もう、彼氏さんのせいで、せっかく今から良い感じのオチで締めよう思っとったのに、全部パァになっちゃいましたわ。
あれ。ちょっと、彼女さん大丈夫ゥ? どうしたの? ガタガタ震えとるけど。
まぁ結局はアンタ、お決まりの話だもんで、そんな怖がらんでも良いですわ。
もしかして、こういう話嫌いだった? あ、何ィ。違うの?
えぇ……? 彼女さんアンタ霊感あるの? もしかして、今も何か見えとるの? 見える? 何が見えるのォ?
そうかァ。そかそか。“何やら”わからんけど、見えとるんか……。なら、仕方ないですわ。
……実はねェ、この話には続きがあるんだけど、聞きたい?
もう彼氏さん、顔がニヤついて笑いが止まらんわねェ。
どうせアンタ、女がオシッコ漏らしてまって、信号で停まったのと同時に金も払わず慌てて降りてった……なんて話だと思っとるんでしょう?
言っとくけど、そんな話と違うでねェ。この話はねェ、聞いたら終わりですわ。いやいや、ホントに。そんなゲラゲラ笑っとる余裕なんか一切無いですわ。
実はオジサン、後で気が付いたんだけども、この女の人のこと知っとったんですわ。過去にも乗せたことあったんですわ。
いやいや、本当ですがね。僕も長いことこの商売しとるもんで、商売柄一度でも乗せた客の顔はそうそう忘れはしませんわ。
中でもこの女の人のことは、よォく覚えてますわ。
だって、その消えた女っていうのは……
さっき僕がうっかり撥ねてまって、慌ててトランクに隠した女なんですもん。
どうしました? そんな怖い顔して。
……まぁ、彼女さんが“見える”言うのも、間違いなくその女なんでしょうなァ。
アンタらの後ろに、今でも“くの字”に折れ曲がって入ってますがね。
いやァ、大変でしたわ。誰にも見つからんように公園に車停めて、ベッタリ付いた血ィ全部洗い流して、そんで女を運んで押し込んで……。
僕のシャツの襟元、見えます? これねェ、運んだときにうっかり付けちゃった血なんだわ。これだけはアンタ、何回水で擦っても落ちんかったんですわ。
なぁ? 彼女さん、違います? さっきからアンタが見えとるのって、青いワンピース着た、髪の長い血まみれの女と違います?
僕は霊感なんか無いもんで何も見えんけど、何か厭ァな気配だけは、さっきからビッシビシ伝わってくるんですわァ。怖ッいわねェ。
さァて、どうしようかねェ? え? 何をって決まっとるでしょォ。アンタらのことだわね。おッかしなこと言うねェ。
アンタらこの話、最後まで聞いてまったんだもん。何とかせないかんですわね。僕、こんなとこで捕まるわけにはいかんですもん。
こんだけ雨が降って、おまけに雷まで鳴っとったら、誰も外なんか歩いとらァせん。まず見つかりはしませんわなぁ? この雨が、全部キレイに隠してくれますがね。
だから、さっきからオジサン「迂闊に変なこと聞くんじゃない」って、あれほど注意したのに、何でもかんでも面白がって興味本位で聞いて来るからァ。
彼氏さん、何ィ? もう笑わんの? 体がえらい震えとるがね。
そんな、目ェ見開いて固まっとらんで良いから、さっきみたいにゲラゲラ笑ってよ。アーハッハハ! 早よアンタら笑わんね!
大丈夫ですわ。なァんも心配せんでも、1つ片付けるのも3つ片付けるのも、手間も体力も一緒だわ。
さァて……。江ノ垣越えて、どこまで行こかねェ?
“山の奥”まで、このまま楽しくドライブ、続けましょうかァ。
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