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【交換日記】台湾に行くことにした

文学フリマの準備という言い訳をして、長らく日記を止めてしまった。
ごーめんね!

この2か月、わたしが何をしていたかというと、
会社を2週間休んで実家に帰ったり、某事務所のあれこれを悲しんだり、「おとな交換日記」本をつくったり、36才になったり、それを記念して初めて美容皮膚科に行ってシミを取ったりしていた。
結果、わりと元気になり、肌がツルツルになった。ヤッピーである。

美容皮膚科の話は、文学フリマで出すミニ本に書こうと思っているので(まだ1文字も書いていないけれど)、そちらを読んでほしい。

それで、台湾なのだ。

台湾には、9年前に一度、夫とふたりで行ったことがある。結婚した次の年のことだった。わたしが、海外旅行をしたいなあと思っていたところに、夫の好きなバンドが台湾でライブをするという発表があって、めずらしく希望が一致したのであった。
まだ子供もいない身軽なふたり。LCCと適当なホテルをパックで予約して、ひょいっと旅立った。

5月の台北はとても暑くて、歩いているとクラクラしたけれど、なぜかかなり体調がよく、終始機嫌よく過ごせた。なんと夫もだ。
新婚旅行で行ったパリでも大喧嘩したりケガをしたりしたわたしたちにとっては、驚くべきことだった。たぶんだけれど、気圧のせいじゃないだろうか。日本よりだいぶ南だし…(ガバガバ理論)。

たった数日の滞在だったけれど、九份まで行って台湾茶に感動したり、写真館で変身写真を撮ったりした。夫の女装は義姉にそっくりだった。メインイベントであるサニーデイ・サービスのライブは、現地のお客さんが多く、とても素晴らしかった。ライブが行われた西門町は、少し裏に行くとレインボーの旗が舞う通りがあり、たくさんの人たちがリラックスした様子でお酒を飲んでいて、すごくよかった。夜市も珍しいものだらけで興奮したし、麺線も大根餅もおいしくて、街を歩いているだけでワクワクして…まあとにかく、とても楽しかったのだ。いつかまた行きたいと、ずっと思っていた。
翌年にこどもが生まれて、海外旅行のハードルはぐっと上がってしまったが、こんどはこどもを連れて行きたいなあなんて、こどもが赤ちゃんの時からぼんやり考えていた。

子連れの旅行は難しい。基本的に子供のスケジュールに合わせて行動しなければいけない。長い待ち時間や、過度な人混みも避けたい。突然のトイレ、急な不機嫌、謎の全力拒否などにも対応しなければいけない。結局、今日に至るまで家族での海外旅行は実現できずにいた。
けれど、こどもが小学生になり、今後なかなか長期休みが取れなくなるということに気づいた。それに、こどもというのはすぐ大きくなり、親と一緒に行動してくれなくなるとも聞いた。(わたし自身は親と出かけるのが好きだったのであまりわからないけれど)

今、しかないのかもしれない…!

気づいたら速攻だ。わたしにはそういうところがある。Eテレの「おかあさんといっしょ」で体操のお兄さんをやっていた誠お兄さんのファンクラブが突然できたときも、ツイッターのお知らせを見た瞬間に入会したら会員番号が若すぎてビビったくらいだ。それはいいとして、
すぐに家族ぐるみで仲良くしてくれている10年来の友達グループのLINEに「台湾にいきたいです」と宣言した。
ありがたいことに、2組の家族が一緒に行ってくれることになった。
それぞれこどもがいて、「家族だけだと不安だけどみんなでなら」と思っていたところだったとのことで、やっぱりみんなそうなんだなあと思った。
夫が国際情勢を気にして行くのを迷ったりしてひと悶着あったが、無事日程も決まり、飛行機とホテルも仮予約した。ガイド本や台湾生活のエッセイも大量に買った。あとはこどものパスポートを取るだけ。これがかなりめんどうくさそうだけど、やるしかない。

「やることがある」状態は好きだ。旅行や大きいイベントを楽しみにして生きていたところがある。今の仕事も本来は好きなのだ。
今回の台湾旅行も、その旅行自体とともに、ワクワクして準備しているこの期間も貴重な生きる理由になっている。ありがたい。
来年生きるために、わたしは台湾に行く。
たのしみ!

11月11日の文学フリマも、いまのわたしの生きる理由のひとつ。
調子に乗ってテーブルクロス用の布を3種類も買ってしまったので、当日までおおいに迷おうと思う。

じゃむさんからのお題
七五三問題!

すっかり本番の季節になってしまったね。
実は、うちのこどもが今年、7才のお祝いに該当する年だと、最近気づいた。
去年、5才の時に本人の強い希望で男の子用の着物を着て写真を撮っているので、済ませた気になってすっかり忘れていた。
ただ、女の子の着物は着たくないと言っているので、学校の制服か、男の子用の着物を着せて写真を撮れる写真館があったら、家族写真を撮ろうかと思っている。
将来どうなるかまだわからないけれど、「男の子の着物が着たい」と言っている今のこどもの希望を叶えるのが、親にできることかな、と思っている。
あと、今夫がなぜかずっと髪を伸ばしていて、来年50才になったら切ると言っているので、今のうちに家族写真を撮っておきたいのもある。
わたしの太った姿も、後で笑ってみられるようになるといいな…。

わたし自身の七五三は、まあ、全然覚えていない。
弟が2つ年下なので、わたしが7才の時の七五三は二人で着物を着たことをうっすら覚えている。
北海道神宮に行って、写真を撮って、千歳飴をもらった。
お母さんがめずらしく化粧をしてきちんとした服を着ていた。
そのくらいの記憶だ。
たぶん大変だったんだろうな。うちの弟はすぐおだつ(北海道弁)から…。

り、さんのこどもたちの話を聞いていると、うちの弟がもしふたりいたらこんな感じだったのかもしれない…と思う時がある。
うちの弟は、小さい時からやんちゃタイプで、すぐおだって、あずましくないヤツだった(北海道弁)。スーパーやデパートではすぐいなくなり、迷子放送の常連だった。そのほか今に至るまで話題の尽きない男だが、女の人にはなぜかモテる。いつもクラスいちばんの美女と付き合っていた。その代わり、女の人に騙されたりもするのだが………、り、さんを不安にさせるといけないので、弟の話はまた今度書こう。



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