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ガール・ミーツ・ガール

 昔からベタな少女マンガにときめいたり、ラヴソングの切なさに泣いたりすることはしない。むしろ苦手な方だ。
でももしまた恋ができるのなら素敵な女性がいい。忘れられない、恋の話をしよう。

 1人は、高校の部活の先輩だった。少年のように短い髪、直線的でキリリとした眉。整った目鼻立ちは女性のそれだったので、中性的な雰囲気を纏っていた。やはり少年のような言葉遣い、振る舞いをするが長く柔らかなまつ毛とか、校則を守った長いスカートは強さと共存しつつもどこか儚さを感じさせるところがあった。

「瑠花はさー、いいことだけ覚えていればいいんだよ。悪いことなんて、忘れちゃえよ」

そう言って、先輩はくしゃりと笑った。いつも先輩はそうやって本当に素敵に笑うから、私はその笑顔が好きだった。それを見る度に心がきゅっと掴まれた気分になるようになってから、私は先輩のことが恋愛的に「好き」なのだと気がついた。同性に恋をしたのは初めてだったが、もともと自分が異性愛者と言い切れるほど恋をしてこなかったので抵抗はなかった。ただ好きに”なってしまった”と思った。

 完璧主義でネガティブで、高校生の私は落ち込むことが多かった。当時を思い返すと誰から見ても面倒な女で、自分からあまり話したり相談したりもできない癖に暗い表情ばかりでどうしようもなかった。自己肯定感が低く、自信がなかった。先輩は誰に対しても隔てなく、いつも気さくに話しかける人で、私にもそうだった。だから私にとっては一番話しやすい先輩になってしまったのだけれど、先輩は私のどんな相談にも泣き顔にも、決して嫌な顔をしなかった。

「いいことだけ、覚えていればいい……」

「そう、いいことだけ。成功より失敗の方がたくさんあって当たり前なの。だから、上手くいったことを喜べばいいだけ。そうでしょ?」

 たしかに失敗一つが許せずにくよくよしていた私は、そればかり反芻して何一つ喜べずにいた。部活でいいプレーができても、テストで100点が取れても。
失敗したことは忘れちゃってもいいんだ。いいことだけ、か……
当時の私にとっては目から鱗、世界が回転して見えるほどの衝撃だった。
それから先輩がかけてくれた言葉は私にとってお守りになった。

 先輩に気持ちを伝えようと思ったことは一度もない。一緒にいて、話して、先輩が笑って。それで自分がズキズキする痛みくらい、いくらでも耐えようと思った。壊れてしまう方がずっと怖かったから。
3月に入ると、心はもっとシクシク痛むようになった。もう会えなくなるとわかっていた。そうして迎えた卒業式は、未曾有の感染症の流行で在校生の参加が許されなかった。友人と楽しそうに笑う先輩の写真がインスタグラムに上がっていた。
それが最後だった。


  先輩がいなくなった学校で、私は最後の一年を迎えた。本当にその年は色々なことがあった。誰に相談しようとしても、上手く自分の気持ちを伝えられないようなことが続き、私は心を閉ざしていた。その中で、ただ1人が私を仲間だと呼んでくれた。

 高校最後の年、春風の吹き込む教室で教壇に立つ女性。私の担任教師だった彼女はまだ若く、控えめな雰囲気は最初気が弱そうにも見えた。だが毎日積極的に生徒と会話を重ね気がつけばクラスに馴染んでいた。まるで友達のような気軽さで、でも頼り甲斐のある教師として、その深い優しさでクラスをまとめるようになった。
 友人と上手くいかず、トラブルメーカーだった私の話も根気強く聞いてくれた。今思えば何人もの教師が耳を傾けてくれていたのだろうが、私が本音で話すことができたのは彼女ただ1人だった。

その日も、校舎裏で落ちていく陽を横目に2人で話をしていた。オレンジ色の光の反対に影が黒く、長く伸びていく。

「君は、不器用の星のもとで生まれたんだね。」

 会話の切れ目で、彼女はふとそう言った。私がハッとして顔を上げると、メガネ越しの穏やかな瞳と目が合った。黒目がちな大きな瞳。まるで鳥の翼のように密生した艶やかな睫毛が、一度だけ瞬いてまた私を見た。おそらく、いや確実に、その口調と表情は「わたしも」のニュアンスを含んでいた。私は思わず涙が出そうになって視線を外してしまった。心の冷たいところを、優しく撫でられたような気がした。それは少し複雑で、でも心地よく感じてしまうものだった。

 登校した朝に廊下ですれ違うと、呼び止められたこともあった。振り向くと、「昨日の夢に瑠花ちゃんが出てきてさ」と笑う。美人だけど派手ではなくて。シロツメクサの花のような、柔らかい顔で笑む人だった。

 卒業後一度だけ、会った事がある。

「みんなにはまだ秘密なんだけど……」

 新年度から産休を取るという話だった。胸がどきんとした。

「…….おめでとうございます!」

 自分でも情けないほどに心がパリパリと砕けていくのがわかった。薬指の鈍い光に気づいていなかったわけじゃない。年齢も性別も職業も全てが邪魔をする。
そもそも望みなんてなかった。
自分がこんなに先生のことが好きだったなんて、この時になって気がついたのだった。



 今思い出してもぎゅうってなってしまうほど、じりじりする傷跡のようで、きらきらしたラメ色の恋だった。どちらも立場が上の人だったけれど、憧憬と混同していないと言い切れる。本当に本当に好きだった。

「好きになった相手がたまたま異性/同性だっただけで性別は関係ない」という意見をよく見かける。それは勿論だけれども、私は彼女らが男性だったらもしくは自分が男性だったら、恋をしなかったんじゃないかとも思う。私は女性という自認を以って見て、彼女らの女性的なきらめきに惹かれた。

 もしも回り回ってこのインターネットのどこかで、目に入ることがあって、バレちゃったらどうしようって少しだけ考えている。それはすごく、恥ずかしい……けどもし気づいたら、声をかけて欲しい。
正直にお礼を言いたい。大切な言葉をたくさんもらったから。ありがとうございます。

⚠︎私は現時点では自分のことをバイセクシャルだと感じています。








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