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ロボットがアート化していく未来は近い

お疲れ様です~
デアです(o|o)/

今日は自分が何としても文章化したかったことを書こうと思います。
「ロボットがアート化する未来は近い」という漠然とした予見です(o|o)

以前の記事でも近い事は何度も話してきました。

しかしながら、全て
「~したい」や「~を聞いてみたい」という終わり方にしてしまい、
自分で真正面からロボットをアート化することについては書きませんでした。

そこで、今日はこの今まで避けてきた問題について、
真正面から話していきたいと思います。

その前に前もって確認しておきたいことがあります...!!

それは、この記事で登場するアートという言葉には、
「自分の生きている世界の何かに対して気付いた直観を統合しまくる」
ということをやって生まれたのが"アート作品"
としていることです。

アートの定義は人によって違うので、上のように定義しました。
詳しくはこちらの記事を読んでいただければと思います。

それでは、本編に入っていきます!
よろしくお願いしますg(o|o)q

1. 構成論的アプローチという最大の武器

自分で作ってから追及していくことでたどり着く、真理と問い

あなたはロボットで何かを表現することの強みって何だと思いますか...??

もっと具体的に言うと、
自分が知りたいなと思ったことに対してロボットを使うということや、
自分がこの気持ちを表現したいとなと思って、絵具ではなく、
あえてロボットを使うという長所についてです。

あえてロボットを使うことで表現できる物?🤔

難しいですよね。

そこで、ヒントとなる考えに自分は出会いました。
それが、「構成論的アプローチ」という考え方のことです。

これはロボット工学者の大須賀公一先生著書の
「知能はどこから生まれるのか?」という本に書いてあったことです。
この考え方についての文章を引用します。

これは、知りたい事柄における注目しているコトを、
その「模型」あるいは「モデル」を構築することで理解しようとする方法である。

ということで、
要は知りたいことが生まれるモノ、コトを作ってから
それについて理解していくという考え方のことです。

例えば、心について理解したいと思ったら心を作ってから理解する。
意識について理解したかったら、それが生まれそうなモデルを作って理解する。

こんな感じで「構成論的アプローチ」とは"超実践的"な考え方なんです。

自分は、このアプローチが取れるアート作品の在り方として
強い媒体、メディアがロボットなのではないかと考えた次第です。

2.ロボットにしかできない「構成論的アプローチ」

自分達がいる環境で動いてみることで、何かを訴えることができる

構成論的アプローチこそが、
ロボットで作るアート作品の最大の強みだと考えるのは、
まだ早いようです。

なぜなら、何かモデル、物、コトを作ってから考えるということは
別にロボット以外のことでもできますよね。

CGや数理モデル、絵や彫刻だってその代わりになります。

ただ、どの媒体にもできない「構成論的アプローチ」の取り方が
ロボットにはあると自分は言いたいんです。

じゃあ、それは何なのか?😑

いきなり、絶対的なことを言うと自分の考えを押し付けてしまうので、
あくまで相対的に(他の物と比べて)言いたいと思います。

まず、一つは、自分達の世界にあるということです。
その相対する物として絵、CGやアニメなどが挙げられます。
絵、CGやアニメは誰かが作った虚構の世界なので、
現実世界を生きている私たちがその世界が入るには制限があります。

VR(バーチャルリアリティ)やAR(拡張現実)を駆使すれば、
そのハードルをいくらでも乗り越えることができそうですが、
どんなに高精度で作った川でも、現実の川の美しさには負けてしまうように、やはり伝えられる限界があると思うんです。

そこを突破して現実の3次元の世界、
いわば、自分達の世界で何かを訴えることができるというのが
ロボットの強みの一つだと思います。


次に二つ目は、動くということです。
その相対する物として、絵、彫刻、大地や建築などが挙げられます。
絵、彫刻や建築に対しては動くような仕組みを取り入れない限り、
動いて何かを伝えることはできません。

一部、ネオ・メタボリズム建築という可変的に変動する
新しい建築の在り方を森美術館の方で見たことがありますが、
そこにも動くためにロボットの技術が使われていました。
また、大地を挙げたのは「ランド・アート」という自然を相手に表現する
アートと相対するために挙げたのですが、
地震や津波などの災害系を利用しなければ、動くという事は達成できないでしょう。

動くという事において、突出した強みを持っているのも
ロボットならではの作品の特徴だと思います。


最後に三つ目は、無機的であるということです。
その相対する物として、生物、ウイルスやパフォーマンスなどが挙げられます。
ここの説明が一番、説明が難しいのですが、
ロボットは生命特有の何かを持っていないと仮定して相対化しています。

生物やウイルスを使ったアートは「バイオアート」と呼ばれていて、
今、サイエンスアートの世界では一番、盛り上がっている媒体だと思います。(最近は、違う媒体に移ろうとしているみたいですが。)
そして、パフォーマンスを挙げたのは演劇や即興など人間が関わることで
表現するアートと相対化したかったからです。
これらの媒体は全て何かしら有機的な物(生物の体内で作られる物質)を使って表現しています。

一方、ロボットは無機的です。
”的”と表現しているのは有機物、無機物という分け方は間違っていることに
気づいたからです💦
あくまで、自分達の感覚として
なんだか非生物感を感じざるを得ないぐらいの認識に留めておいてください...

以上、三つのことをまとめて強みを書き出すとこんな感じです。

構成論的アプローチ ⇒ モノ、コトを作ってから何かを追及する考え方
その中でロボットという媒体をアート作品に使う”強み”は.....
一、自分達の世界にある
二、動く
三、無機的である

という三点ですね。

最後の三つ目が微妙なラインであったり、
「キネティック・アート」というロボットではなく、
機械を用いて作るアートもあるので、
なかなかロボットにしかできない、とは言い切れないのですが、
相対的に考えるとこんな感じです(o|o)/

3.ロボットがアート化した実例

「生命とは何か?」「知能とは何か?」を追及するために生まれたロボット

始めに言っておくのですが、
自分がロボットのアート化した具体例を挙げて詳しく話すことができる作品が、二例しかありませんでした(-_-;)

それぐらいロボットがアート化している実例って少ないんです。
(自分がまだまだ知らないだけなのかもしれませんが.....)

その原因として、
・ロボットを作ることの大変さ
・ロボットは人間の役に立つために作るべき
・ロボット以外の媒体の方が多様な表現できる
といったことが挙げられるかもしれません。

しかし、これから紹介するロボットには
何かロボットでしか表現できない物があると、自分は感じてしまいます。
あなたにも感じていただけたら幸いです🙂



Part1◆ 生命とは何か?を追及してできたロボット「オルタ1、2、3」

こちら、
ロボット工学者の石黒浩教授と人工生命科学者の池上高志教授が
中心となって製作されたロボットです。

動画を視聴していただくとわかるのですが、
何か、自分達に近い物や、生物と非生物の間について考えざるを得ない
仕掛けが特に動きにおいて、ふんだんに散りばめられていることがわかります。

詳しい説明は下のリンクに譲るのですが、
とにかく、私たちに「生命とは何か?」という問いを訴えかける
ロボットならではのアートの一つだと考えます。


Part2◆ 知能とは何か?を追及してできたロボット
「i-CentiPot~ムカデロボット~」

こちらは、先ほど紹介したロボット工学者の大須賀公一先生が
知能の存在を検証するために製作されたムカデ型のロボットです。

気持ち悪くて視聴できないという方がいると思いますので、
少しだけ詳しくこのロボットについて書きます。

大須賀先生は色々な生き物がどんな環境にも適応して行動している事に
対して、何か高度な知能が備わっているのではないかと考えていました。

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しかし、昆虫も他の生物も人間ほど大きな脳みそや知能があるわけでは
ありません。

そこで、知能を感じざるを得ない動きをする昆虫や生物達の秘密を
探るために、環境を味方にする動き方が備わっているのではないかと考え、
「陰的制御」と、環境を使いこなす隠れて目に見えない知能の在り方を定義しました。
その制御、コントロールの仕方を一般の人にわかってもらうために、
導入して検証したのが上記のロボットだったんです。

より詳しく知りたい方は下の本を読んでいただけるとわかると思います。

こちらは、ムカデロボットを作ることによって、
知能の源泉は「環境」にあるのではないか?という真理を探究した
ロボットの特性を生かしたアートだと考えております。

いかがだったでしょうか...?
ロボットのアート作品ならではの"一面"を感じていただけたら幸いです😌

最後に:ロボットがアート化する未来は近い....
かもしれない?

ひょっとしたら、もうアートの媒体として見過ごされてしまったかも

ここまで書いておいて難ですが...
ちょっとアートとしてロボットが使われていく未来は難しいかもしれない
と思ってしまいました。

理由は、
圧倒的な少なさとメディアアートとしても受け入れが悪いということです。

自分はオルタがロボットアートの最先端を行っていると考えているので、
そのロボットの受け入れが悪いという上の記事は正直、驚きでした。
(一応、メディア芸術祭で優秀賞(2番の賞)はもらっています)

この先、ロボットを使って先ほどの「構成論的アプローチ」を使って
アートにした先例がたくさん見つかれば、また知見が広がって、
ロボットにしかない絶対的なアートの在り方を見つけることができるかもしれません。

ただ、
今は他の媒体でも代用が効いてしまっているのが現状ではないでしょうか。

まあ、媒体に拘りすぎるとサイエンスアートから離れていってしまうため、
そもそもこの問題に深入りすること自体が間違ってるかもしれませんね(~_~;)

最終的な結論は、
実際に自分がロボットを作っていく土俵に登らないと本当の事はわからない。
という単純な事実でした。

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最後まで読んでいただき、ありがとうございました✨
曖昧な結論になってしまい、すいません(;´Д`)

この問題はまた自分がロボットを実際に作れるようになってから、
改めてぶつかっていきたいと思います。


サイエンスアートの世界は本当に深いです.....
これからも、探求していきますo(o|o)/

それでは、またお会いしましょう...!!
デアッ( o|o)/~


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