デア/メディアアーティスト
独自に研究しているサイエンスアートの途中経過をまとめた記事です\(o|o) 僕と一緒にサイエンスアートの世界を覗いてみませんか…?
note大学放送部員の投稿記事のバックナンバー
咄嗟の化学反応を起こしてできてしまったデアのエッセイ集をご照覧あれ…‼︎
大学3年時の夏休みに制作したサイエンスアート作品の過程をまとめました!!
こんにちは…‼︎ デアです! 今日はもう… 私が日頃考えているサイエンスとアートの 関係性について現時点での私の考えを まとめてみたいと思います! なので…あらかじめ言っておきます。 ムズイっすよ… まあまあ…何が難しいと言いますと、 私の文章が具体的な物じゃないからですね(笑) (つまり、まだまだわかっていないことが多いので、誰もがわかるくらい具体的に話せないってことです!) 〜サイエンスとアートって違う物?〜ちょっと下の図を見てください↓↓ サイエンスとアートに
メイドインアビスの登場人物について。自分は黎明卿のボンドルドに近い部分があるのではないか。自分にとって許しがたい存在だが、何かを探求したいという想いと、誰かを愛そうとする気持ちが混同して、目的のために非道な行為をしてしまうのではないか。本質がサイコパスな人間かもしれない。
どうも、お久しぶりです。 デアでございます。 この度は就職の内定先が決まりまして、人生最悪の危機を逃れることができたのは良かったと思いました。 ただ、自分の希望の職種ではないことを未練がましく思っています。 内定先の職種はクリエイティブとはかけ離れた放送設備の保守点検です。 自分は泥臭い設備の点検がしたいのではない。 誰かの心を動かすコンテンツが作りたかった。 身近にあるアイデアを形にする機会が欲しかった。 ルックバックの映画を3回も見て、創作者なりの苦しみを追体験で
お久しぶりです! 自称メディアアーティストのデアです。 寒くなってきましたね。 同時に自分の頭もコチコチに固くなってきました。 今回は最新のテクノロジーを使ったメディアアートが、アートの文脈を辿ってきた現代アートとは違うことについて記事を書こうと思います。 この記事を機に、現代アートとメディアアートの違いを感じていただければ幸いです。 ◆現代アートとは何か? 一般的に現代アートとは、現代社会の様々な問題(LGBTQや戦争)をテーマに自分の作家性を織り交ぜて表現するこ
この世界の見方次第でいくらでも良いようにも悪いように見えるじゃないか。 人間不信。 働いても湧き上がる虚無感。 刺激を求め続ける際限のない気持ち。 オワッタ。 カンカンカンカン… ぐしゃ ここはどこだ (三途の川が流れている) ここを渡れば良いんだっけ? それとも泳げばよいのか。 (二人の人間が立っている) おじいちゃんと、おばあちゃんだ。 やっと会えたんだ…‼︎ (二人がしきりに何かを言っている) 「きてはダメ…‼︎‼︎」 えっ… (下から穴が現れて
noteを書く前に皆さんに紹介したい作品があります。 一つ目は、ウルトラマンというコンテンツが子供時代を象徴する過去の作品となってしまったことを歌う「思い出は億千万」 二つ目は、「ウルトラセブン」で登場するメトロン星人による意味深な談話 さて、ウルトラマンというコンテンツは、遠い昔の子供時代に封じ込めたものとして考えてよいのでしょうか。 私はこのメトロン星人との対話を見るたびに、今の現代社会を彷彿とさせる要素が埋め込まれており、子供向けのコンテンツとは思えません。 人
こんにちは。初めまして。 デアです。 今日は胸の内で引っかかっていることを曝け出して話したいと思います。 ただの自分語りとなるため、結論が気になる方はイライラすると思いますが、自分が先へ進むために必要な文章であり、誰かの役に立てば嬉しいと思い、書きます。 私がnoteやYouTubeを始めた動機は、大学の勉強(機械工学)に対するフラストレーションと、サークル活動(エンタメサークル)で目立った存在として活躍していたことが合わさり、自分の価値を広く発信するためでした。 その
自称メディアアーティスト活動開始! 私デアは春から新しい大学院にて、"生物"と"記憶"をテーマに研究を進める傍ら、個人制作に勤しみます。 4月に研究・制作活動が両立できるように3月中に3DプリンターとPythonが使えるように修行します。 これからもよろしくお願いします🤲
テクノロジーを社会に浸透させて世界を変えるのは本当に難しい。 必ず実用化に向けて不都合な点が見つかるからだ。 ただ、その難しさのあまり世界を変えるための発明に全力を注ぎ過ぎて、 リスクがおざなりになる。 その批評性が優れた展示として「未来と芸術展」を推す。 これがアートの力だ。
サイエンスアートって全ての「知」の本質を表現する便利な言葉だ。 しかし、言葉の抽象度の高さから、目的がずれることもある。安易にサイエンスとアートをくっつければ良いと考えたり、エンターテイメント化して消費されることにつながりかねない。だから、この概念を具体化する努力を怠りたくない。
なぜ、メディアアート、サイエンスアートに心を惹かれるか書きたい。 (内省的な文章のため、興味のある方だけ読んで欲しい) 私は世間で流行っているチームラボ、落合陽一の作るデジタルネイチャーや、美大に置かれたメディアアートの作品を自分のサイエンスアートと認めていない。 それは、単純に私が作者の意図に迫ろうと努力をしていないから、 認められないのかもしれないが、仮にわかったとしても、 自分が求めている物とは違うんだ。 私が認める、代表的なサイエンスアートの作品は2点に限られる
お金の領域が届かないところ どんなに高額な値段を払ってサポートを受けても、手厚い指導を受けても、最後に変わるのはいつも自分。 変わる気力がないなら、どんなサービスも無駄になる。 いつだって、手厚いサポートや、サービスの上に願望を果たすために"変わろうとする自分"が大事なんだ。
ご無沙汰しております。 デアです(o|o)/ 一時的に復活して、noteに戻ってきました。 今回はこちら↓↓ CreatorSchoolという物に参加してみました! クリエイタースクールというのは1泊2日で、 動画編集の未経験者が撮影、照明、編集まで 一貫して学び、実務を経験したクリエイターになるという部活の合宿のようなイベントです! 私が参加したのは2回生ということで、館山の 広大な海が広がる土地で、クリエイターになるための合宿を経験してきました。 (ちなみに、1
クリエイターになり損ねた者のテーマ曲を作ろうとしたら、見事に大失敗して民族音楽みたいになってしまいました。 これだから、クリエイターへの階段を踏み外すんですね。
その内容自体がもう不謹慎なのよ ※実話です
私、デアのミッションは、 「自分よりも大きな存在とつながり、人々の発想を変えること」 その先に【人新生の問題】,【性問題】,【メンタルヘルスの問題】などの解決があると思う。 その自分よりも大きな生命、自然、宇宙と向き合うには自分の感情を無にしなければならない。 きつい修行だ。