「国連CEFACT勧告」とは?-「第41号 貿易円滑化における官民パートナーシップ」から考える-

【初出:月刊JASTPRO 2022年10月号(第521号)】

これまで、国連CEFACTに関する入門記事と、CEFACTウェブサイトに掲載されたニュースに関するピックアップ解説を掲載してまいりました。今回は少し趣向を変えて国連CEFACTによる成果物の肝ともいえる「勧告(Recommendation)」について取り上げ、紹介していきたいと思います。
※なお、勧告には日本語公式訳が存在していませんので、本文において勧告文中の用語を日本語化している箇所は仮訳となることをご了承ください。

国連CEFACTによる「勧告」とは?

国連ECEの職務権限及び手続規則[参照ページ]により、国連ECEは加盟国や顧問で務める対象として認められた政府、関連専門機関に対して、権能の範囲内で限り、いかなる事項についても勧告を出すことが可能とされています。国連CEFACTは国連ECE補助機関として勧告を起案し、国連ECEがそれを国連ECEの公式文書として発出します。勧告の文書番号の多くは「ECE/…」で始まる記号が付され、表紙では国連ECEと国連CEFACT両方の名前、巻末では国連ECEの連絡先情報が載せられています。

国連CEFACTは「貿易円滑化と電子ビジネスのための国連センター」ですので、発出する勧告の内容も当然ながら貿易の円滑化や電子ビジネスに特化した内容になります。最初の勧告は、1973年に出された第1号「貿易書類のための国連レイアウトキー」 (UN Layout Key for Trade Documents)でした。国連レイアウトキーは、コンピュータはまだ普及していない時代において、貿易書類の処理効率を向上させるため、基本的な項目のレイアウトを設定しながら、国々の制度や慣習による相違点を許容するための自由度を確保した設計基準です(月刊JASTPRO 2022年4月号記事「CEFACT入門第一話 CEFACT前史と4つの基本原則」でも詳しく紹介しています。併せてご参照ください)。

この第1号以降、国連CEFACTは貿易手続に着目した一連の勧告を発行し、また時代の動きに合わせたアップデートを続けています。例えば勧告第4号では、「各国貿易円滑化機関(National Trade Facilitation Bodies)」の設置を推奨し、勧告13号では「輸入通関手続きにおける関連法律問題の簡易化」 (“Facilitation of Identified Legal Problems in Import Clearance Procedures”)を奨めています。勧告25号では「国連EDIFACT標準の使用」 (Use of the UN Electronic Data Interchange for Administration, Commerce and Transport Standard (UN/EDIFACT) )が提言され、勧告33号においては「シングルウィンドウに関する勧告」(Single Window Recommendation)が発表されています。

また、既出勧告のアップデートだけでなく、特にSDGsが強く意識され始めた2010年代後半からは、この要素を意識した勧告が出されるようになりました。例えば勧告43号は「持続可能な調達」(Sustainable Procurement)というテーマであり、公的機関か民間企業に関わらず環境への影響を最小化し、労働者の健康と安全を保障した製造プロセスを実現するために、調達段階でコストを抑えながら持続可能なサプライヤーを選定するためのガイドラインになっています[参照ページ]。国連CEFACTのテーマも、時代の流れを反映して、単なる貿易円滑化にとどまらず、持続可能な貿易を通じた経済活動の発展を支えるものに少しずつシフトしていることがわかります。

勧告第41号[参照ページ]

今回は、勧告の具体例として2017年初出の勧告41号「貿易円滑化における官民パートナーシップ」(Public-Private Partnerships in Trade Facilitation)を取り上げ、解説していきます。官民の効果的な連携促進は当協会の重要な使命でもあり、まずはこの勧告に注目したというわけです。
「官民パートナーシップ(PPP=Public-Private Partnership)」という考え方は現在において珍しいことではありません。公共部門は民営セクターの持っている資源やその調達方法、専門知識・技術などのノウハウを活用してインフラ整備とサービス向上を実現でき、一方民営企業はこのようなプロジェクトへの参画・投資によってサービス提供者としての利益を得られるという点で、理屈の上では理想的なWin-Winの関係が築ける仕組みと言えます。
貿易円滑化の分野においても、この官民パートナーシップという考え方は有効に適用することができます。そのメリットデメリット、または留意すべきリスクを概説するために発行されたのが、この勧告41号です。

「貿易円滑化」とは

まず、勧告タイトルに出てくる言葉の定義を(これまでの連載をご覧いただいた方には復習となりますが)、ここで改めて把握しておきましょう。「貿易円滑化(Trade Facilitation)」は、「簡素化」、「標準化」、「調和」といった三つの要素から構成されます。「簡素化」は貿易のプロセスや手順にある無駄な作業を取り除き、行政管理の負担と費用をなるべく減らすことです。「標準化」は、貿易手続に必要とされる情報が一貫した方法で記録、理解、適用されることです。最後に「調和」は、国内と国際市場における荷動きに伴う情報フローを調整、または合理化することです(詳しくは記事「CEFACT入門第一話 CEFACT前史と4つの基本原則」をご参照ください)。

官民パートナーシップとは

「官民パートナーシップ」の定義について、勧告41号においては国によって大きな違いがあり、またビジネスモデルが多岐にわたるという特徴から世界的なコンセンサスはないものとして話が進められていきますが、国連CEFACTの母体でもある国連欧州経済委員会(国連ECE)が刊行した「官民パートナーシップにおけるグッドガバナンス促進のためのガイドブック」(Guidebook on Promoting Good Governance in Public-Private Partnerships)[参照ページ]では、官民パートナーシップの特徴が整理されています。一つ目は、公共サービスの一部または全部を民間部門が参画すること。二つ目は公共部門が調達プロセスにこれから協業する民間企業を選び、契約を結ぶ調達プロセスが存在すること。三つ目は民間部門が公共サービスを運営している中でリターンを得られることです。

この特徴を踏まえて、「官民パートナーシップ」は一般的に3つのタイプに分けられます。一つ目は開発型です。これは、民間セクターが取り組んでも十分な収益が期待できない(つまり、儲からない)プロジェクトに採用され、政府機関や非政府機関の支援を受けて行われます。主に資金援助やノウハウ提供を通じてインフラストラクチャーを改善するようなタイプと言えます。二つ目はハイブリッド型です。民間セクターによる商業的な運営を想定したものの、商業的に成り立たないことが判明したプロジェクトに対して何らかの資金提供や投資を行うプロジェクトを指します。最後は商業型と呼ばれるものです。民間セクターがプロジェクトに投資して、相応のリターンを得ることが想定されるものであり、公共部門と民間セクターが契約を結んで当事者同士の義務を明確にしたうえで進める性質を持っています。

貿易円滑化における官民パートナーシップ

それでは、貿易円滑化の分野における官民パートナーシップについて見ていきましょう。代表的な例として、以下の2つがあります。
一つ目は、インフラストラクチャーにおける官民パートナーシップです。これは名前の通り、貿易を促進するための建物や道路・鉄道網、港湾など、貿易関連インフラを建設、改修、メンテナンスなど行うものです。20年または30年の長期契約となり、道路や橋のプロジェクトであればさらに長期となる場合もあります。サービス提供者は、公共部門パートナーによる何らかの支払い、インフラの利用料、あるいはその両方によって、投資に対するリターンが期待できます。
二つ目は情報通信技術(Information Communication Technology=ICT)に関する官民パートナーシップです。この官民パートナーシップには、シングルウィンドウシステムや国際貿易ウェブサイト構築の他、貿易関連施設に関わる他のプロジェクトをサポートする技術を含むことがあります。この例の場合、技術進化の速度が高いという特徴から、ICT官民パートナーシップの成果物である技術資産のライフサイクルはインフラストラクチャー型と比べて短く(5~10年程度)、つまり投資の回収サイクルが短くなる可能性があります。一方で、技術の複雑さや他システムとの統合の必要性から生じるインターフェイスの複雑さなどが生じるため、そのリスクをどのように負担するかを詳細に記述した調達・契約文書が必要になります。

DBOTモデル

さて、契約を結ぶにあたって最も採用される契約形態はDBOTモデルと呼ばれます。これは、「D: Design(設計)」「B: Build(建設・構築)」「O: Operate(運営)」「T: Transfer(移管・譲渡)」という各フェーズそれぞれの頭文字を取った名称です。
まず設計フェーズでは民間部門が主導、あるいは共同ないし別々にプロジェクトの成果物を設計します。どのような形態にせよ、民間部門の革新性や柔軟性を生かすことが重要と言えるでしょう。建設・構築フェーズは民間部門主導となることが多く、これはこのフェーズにおけるリスク管理やスケジュール・予算管理とその実施において民間部門の方が長じているという仮説に基づいたものです。その後の運用フェーズでは、民間部門が資産を所有する方式がとられてきましたが、最近ではサービスの開始前に公共部門に資産を「返還」するケースが、特に政府にとって戦略的とみなされる資産の場合に存在しています。もちろん、このような譲渡タイミングや仕組み、またそれまでのリスク配分は契約で合意されたものとなります。
DBOTモデルの重要な特徴としては、官民パートナーシップがキャンセルされたり、サービス提供者が成果物の完成あるいはサービス開始に失敗したりした場合でも、そこまでに出来上がっている資産や完成品を公共部門の管理下に置いて、必要なサービスを供することができる点にあります。また、プロジェクトが成功して成果物が完成した後に資産やサービスの管理を公共部門に移管した場合も、公共部門は成果物の運営の全部または一部を民間部門に任せることができます。
貿易円滑化における官民パートナーシップの例としてこの勧告41号では、①単一のエントリーポイントで通関情報を提出させるシングルウィンドウシステム、②国や地域を横断して貨物をスムーズに移動させるためのルート確保、③港湾や空港などの重要物流拠点、④コンプライアンスとのバランスを保ちながら貿易の流れを効率化することが目的とされる協調的な国境管理、などが挙げられています。

シンガポールのシングルウィンドウ構築

ここでは、①の事例としてシンガポールにおけるシングルウィンドウ構築官民パートナーシップを紹介します(勧告に事例は掲載されていないため、当協会が独自で調査した内容に基づいています)。

シンガポール政府は、TradeXchange呼ばれる輸出入申告者と税関当局等を結ぶシステムの開発を、1989年より稼働しているTradeNetと呼ばれるシングルウィンドウシステムの改良を含めた官民パートナーシップとして2007年に計画しました。

TradeNetは、貿易書類作成の費用や書類の処理の所要時間を削減し、官庁の効率を向上させるためにシンガポール政府が開発したシングルウィンドウシステムです。この世界初の全国的な電子貿易書類システムによって、貿易業者は書類を電子的手段でシンガポール税関等の関連官庁に提出し、10分以内に審査結果(拒否された場合は理由付きで)を受け取ります[参照ページ]。しかしながら、TradeNetは通関処理に重きを置いたシステムであったため、貿易に必要な港湾系業務の処理は他のシステムでカバーする必要がありました[参照ページ]。これを改善するため、政府はTradeNetの機能を含めた包括的な仕組みとしてTradeXchangeの開発を計画しました。

「TradeXchange開発とTradeNet改良」の官民パートナーシップは、CrimsonLogic 社という民間企業が落札し、開発と運用、保守管理を担当しています[参照ページ]。このパートナーシップにおけるリソース負担は、政府がTradeXchange開発の前払い金と保守管理の年間定額料金を支払い、CrimsonLogic社がTradeNetの改良、運営、保守管理費と、TradeXchangeの運営と保守管理に関わる変動費を負担しています。コストを賄うため、CrimsonLogic社はTradeXchangeに使用料を設定し、利用者から徴収する仕組みを採用しています。なお、成果物の所有権は政府にあり、CrimsonLogic社との10年契約によって2017年までシステム運営を委託していました。

この10年契約が終わりに近づき、シンガポール政府は新しい政策の一環として、新しい「National Trade Platform(のちNetworked Trade Platformへ改称)」開発に向けた官民パートナーシップを立ち上げました[参照ページ]。Networked Trade Platform(NTP)は、民間業者・地域システムやプラットフォーム・政府システムを繋げる貿易と物流のITエコシステムとして、一つのプラットフォームで貿易と情報共有を統合と促進するのを目指したものです。この官民パートナーシッププロジェクトには、CrimsonLogic社も入札しましたが、結果的には多国籍コンサルタント企業であるAccenture社が落札し[参照ページ]、2018年に運用開始となりました[参照ページ]。

官民パートナーシップで考慮すべきリスク

官民パートナーシップには、様々なリスクが伴います。勧告41号では、貿易円滑化における官民パートナーシップで想定される具体的なリスクとして「投資利益率(ROI)」、「不十分な資金」「契約の長さ」「入札プロセス」「貿易に対する障壁」「関係者の協力(に必要となる調整)」「一般的な通念(に対する対応)」「商業的/機密情報の保護」「情報通信技術特有のリスク」「法的側面」と、10の分類が上げられています。紙面の都合上全てについて解説できないため、ここでは「情報通信技術(ICT)特有のリスク」に絞って解説します。

ICTに関わる官民パートナーシップにおいては、データの取扱い(所有権や管理、操作、保存、検索、開示)は極めて重要な課題です。官民パートナーシッププロジェクトは、必ずしも当事国の民間企業が落札するとは限りません。そのため、公共部門は法による保護の仕組み整備が欠かせません。また、国外企業が応札した際には、現地のプライバシーやデータアクセスに関する法規をよく理解し、遵守する必要があります。

例えば、勧告41号が最初に発行された時点では施行されていなかった、EUの一般データ保護規則(GDPR: General Data Protection Regulation)という、EU域内の個人データ保護法について考えてみましょう。EU域内の個人関連データ収集あるいは利用対象とする限り、事業者はデータの所在がEU以外であっても、GDPRを遵守する義務が課されます。例を一つ挙げると、EU域内の個人データの管理者は、GDPRを遵守していることを証明しなければなりません。この証明が出来ない場合、GDPRに従っていないとみなされます。さらに、違反時の罰金は大変高く、最大で2000万ユーロまたは企業のグローバル収益の4%(いずれか高い方)が課されます。世界で一番厳格なプライバシーに関する法であるというのも納得できます[参照ページ]。

GDPRでは、インターネット利用者はデータの主体者(data subject)とも言われ、プライバシーの権利として自分の個人情報へのアクセスや訂正、削除、拒否、処理の制限などができます。勧告41号においても、こういった動きが想定されていたのか、「データの提供者であるエンドユーザーがデータの法的所有者であり、データへのアクセスやデータの正確さの確認、プライバシーの維持などの権利を行使できるようにする必要がある場合」を想定したリスクへの対応が記されています。

データ主体者の権利の他にも、ICTサービスにおけるデータそのものの取扱いについても、公共部門は民間部門との契約を慎重に行う必要があります。特に、データとそれを格納するサーバーについては、使用・保存・破棄について民間サービス提供者へ課す要件や制限を慎重に検討し、明確に伝達する必要があります。特に、クラウド技術の利用を想定する場合は特別な注意が必要です。クラウド上のストレージは、データが国内に置かれるとは限らないからです。クラウド事業者の都合によりデータ保存場所が変更されることもありえます。プロジェクトの検討段階で公共部門・民間部門が十分に検討して合意する必要があります。

勧告においては、仕組みの構築や運用を民間部門が行うとしても、データの収集や利用、保管、公表の最終責任は公共部門が負うことが望ましいとされています。万一、何らかの問題が発生してその時点における民間事業者によるサービス継続が困難になった場合にも、公共部門がデータに対する責任を持っておくことで、新たな民間事業者による新サービスに移行できるような取り決めをしておくことで最低限の一貫性を保つことでできるでしょう。

おわりに

ここまで、「勧告」とはそもそも何なのか、例として官民パートナーシップをテーマとする勧告第41号を見てきました。この勧告41号は本文と付属書をあわせると30ページを超えるボリュームがあるため、いくつかの要素については割愛せざるを得ませんでした。割愛した要素にはプロジェクト開始前の実行可能性調査(Feasibility Study)やガバナンス等がありますが、今回紹介した部分だけで、勧告の性質とおおよその位置付けをお伝えできたかと思います。
勧告そのものには強制力もなければ事例紹介もなく、言ってしまえば理想論を並べただけの文書に過ぎないという指摘もあるでしょう。しかしながら、多角的な視点やレベルから何をどのように考えるべきかが示され、専門性がないと見落としやすい点がきちんと網羅されている点は重要です。公共部門・民間部門を問わず、貿易に携わる関係者が自組織あるいは組織をまたいだ行動計画や優先事項を策定するための参考に活用することは十分に可能です。そして、そのように活用されることこそ、強制力を持たないにも関わらず、国連CEFACTが勧告を出し続けている理由ではないか、と考えています。(つづく?)


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