【サウンド・オブ・フリーダム】は陰謀論まみれのトンデモ映画という【誤解】を払拭したい
はっきり言います。普通のエンタメ映画です。本当です。
そして「陰謀論と深い関わりがある」という言説はほぼデマです。
だから、安心して観てください。
では、なぜ【陰謀論のトンデモ映画】と言われてしまったのか、ここでは冷静になって、整理しておきたいと思います。
なお、このnoteでは映画のネタバレは可能な限り避けています。
▼事実に基づく?
確かに本作は「児童誘拐・人身売買・ペドフィリア」というかなり重いテーマを扱っており、かつ「事実に基づく」と宣伝しています。
しかし、本作には、おそらく事実とは異なる、映画らしいフィクションも結構あります。
例えば、本作のメインストーリーは「主人公が児童誘拐の被害者姉弟を助けるために奔走する」というものですが、このホンジュラス出身の姉弟はおそらく事実を基にした創作キャラです。似たような事件は多くあったはずですが、実際のティム・バラードがこの活動を始めるきっかけになった姉妹はタヒチの姉弟で、二人と知り合う過程やその後どうなったかは、かなり異なります。
他にも映画で主人公が一人でコロンビア革命軍のアジトに潜入する場面があるのですが、流石にこの場面はかなり話を盛っているだろうと思われますし、仮に事実だとしても、このシーンの描かれ方はある名作映画にかなり似せたシネマティックな表現になっています。
これらは、ある程度映画を観ている人であれば、すぐに「ああ、この映画の作り手は『完全なる実話の再現』を狙ったのではなくて『実話を元にした面白い映画』を作ろうとしているのだな」と察するレベルです。
考えてもみれば、世の中のあらゆる映画はある程度は世の中の事実に基づいて作られていますから、「全ての映画はある程度は事実に基づく」とも(ちょっと強引ですが)言えます。
裏付けとして、パンフレットに記載されたアレハンドロ・モンテベルデ監督のインタビューから引用します。
以上のことから、本作は《フィクションを事実のように語る嘘つきな映画ではありません》。
▼配給会社がディズニーに変わって公開中止:
本作は映画完成が2018年で、そこから米国公開まで5年掛かり、日本公開はそこから更に1年掛かったので、映画自身に問題があったのではないかと憶測で語られがちです。
しかし、これは映画を観た私の感想ですが、本作には映画としての欠陥はありませんでした。あったとしても、他にもっと問題や欠陥がある映画はいくらでも劇場公開されています。
そして、この件も監督のインタビューを読むと、もっとシンプルな事情だったのではないかと思われます。
ディズニーから児童の人身売買の映画はリリースにしくいですよねー。
本作がディズニープラスに並ぶなんて想像も出来ません。(笑)
▼コロナ禍が始まって陰謀論が流行:
コロナ禍になって、YouTubeコンテンツがかなり進歩しました。ジャニーズや江頭2:50など元々メジャーな芸能人の多くがこの時期にチャンネル開設して成功させましたが、その裏で比較的中小規模ながらアンダーグランドから表舞台に出てきて人気を博したものが結構多い印象です。
例えば格闘技ジャンルでは、石井東吾のワンインチパンチや石森義夫のやわらぎ道など、それまでロングテールの先の先でしかなかった、一子相伝で門外不出だった奥義が一躍メジャーになって人気コンテンツに成長しました。このような情報開示があらゆるジャンルで起きました。
もちろん政治ジャンルでも同じで、それまでアメリカ民主党に意向に沿った報道ばかりするCNNの受け売りだけをするNHKが日本では支配的でしたが、様々なチャンネルが増えて、アメリカ共和党と親和性の高いFOXも日本人に視聴される機会が増えました。言語の壁さえ越えればロシアや中東の情勢も簡単に視聴できる道の整備が進みました。
そして、日本では中高年の人達がインターネットを使う時間が爆発的に増えました。インターネットを仕事でよく使っていた世代が定年退職を迎えたのもあると思いますが、やはりコロナ禍による巣ごもりの影響は無視できないでしょう。それまで新聞やテレビなどのマスメディアばかりから情報を仕入れていた「情報弱者」の人達が、一気にインターネッツの海に解き放たれたのです。
特に団塊世代やその少し下の世代の人達は、GHQによる情報統制や、事実上の共産党の組織である日教組の影響を強く受けた義務教育の詰め込みによる刷り込み(自虐史観の強い歴史認識などはある意味で洗脳に近い)が、まだ強く効いていた頃に幼少期や思春期を過ごし、それまでの人生はずっと仕事に忙しくて気にもしてこなかったでしょうから、ショックが大きかったのではないでしょうか。
新型コロナウイルスの流行に対抗して、それまでに人類に未使用だった新技術のmRNAワクチンの研究開発が加速し、異例の早さで使用許可が下りました。未知の伝染病と、死の恐怖と、未来の薬害の不安に直面して、人々は「本当に正しい情報」を求めてバーチャル世界を漂流します。
そして恐怖に漬け込んだ悪徳商法を考える輩も大量に湧いてきました。
自分と異なる意見に対して「陰謀論だ」「パヨクだ」「ネトウヨだ」と斬り捨てれば、まるで論破できたかのような錯覚を起こさせる空前の論破ブームも起きました。
そりゃ、「陰謀論」が流行るというものです。(笑)
現在の世界に陰謀論は存在しますが、自分が信じたくないものを陰謀論だと決めつけて拒絶する動き(なんちゃって陰謀論)もかなり増えているように私には見えます。
▼アメリカで政権交代が起きた:
コロナ禍が続く2020年、アメリカ大統領選挙でトランプが負けました。
実は2019年にティム・バラードは、児童人身売買を強く問題視していたトランプ大統領に招かれて、ホワイトハウスの組織(the White House Public-Private Partnership Advisory Council to End Human Trafficking;人身売買を根絶するためのホワイトハウス官民パートナーシップ諮問委員会)に加わっていました。
しかし2020年9月に契約期限が満了した際には更新されず、政権交代して、バラードはこのまま政権から去ることになりました。
アメリカでも共和党と民主党で政権交代すると内閣がごっそり入れ替わるのですが、政治とは比較的距離があると思われるバラードも戻ることはありませんでした。
この動きはトランプ支持派に利用されることになりました。トランプ支持派は「バイデン率いる民主党のアメリカ新政府は人身売買の問題を軽視している」と批判しました。
こうした動きはトランプ支持派の過激派であるQアノンでも同じでした。
▼主演俳優が陰謀論を吹聴するようになった:
そしてコロナ禍で仕事が激減して、映画が数年間公開されなくて、自身も人身売買に強い問題意識をもっていて、おそらく何かしら生活や精神を追い込まれていた(病んでいたかも?)主演俳優ジム・カヴィーゼルが次第にQアノンに近づいていきました。
結果として、カヴィーゼルはQアノンが主張していた「児童人身売買に(民主党の)大物政治家が関与している」という説を支持して、拡散することに積極的に協力しました。この説は、証拠が不十分な真偽不明の言論なので、本来の意味での陰謀論に該当します。
ここは冷静に物事を見るのが苦手な人達によく混同されがちなのですが、児童人身売買があるところまでは事実ですよ。でも、それを「大物政治家が主導している」まで言ってしまえば陰謀論になるのです。だって証拠が無いのですから。
しかし、現在ではキャンセルカルチャーが先鋭化しているので、少しでも相手に怪しいところがあると、その相手ごと全否定して拒絶する動きが増えつつあります。
映画『サウンド・オブ・フリーダム』は、まさにこうしたキャンセルカルチャーの餌食になったと言えるでしょう。
特にアメリカでは民主党と共和党で世論が二つに分断しており、かつハリウッドなどエンタメ業界は圧倒的に民主党支持派が優勢です。日本でも反トランプのニュースばかり流れくるのはこの為なのですが、同じく、民主党を攻撃しているQアノンが支持していて、さらにQアノンを支持している俳優の主演映画『サウンド・オブ・フリーダム』は、陰謀論まがいのトンデモ映画としてエンタメ界隈から完全無視される事態に発展しました。
「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」とはよく言ったものですが、Qアノンが憎いからQアノンが支持してる映画まで(観る前から)憎むのですか?
まあ、実際問題、トランプ大統領が人身売買について政府として手厚く対応していた実績があることが判ってしまいますから、トランプを悪魔的人物として扱いたい民主党支持者としてはこの映画について詳しく語るのは都合が悪いんでしょうね。
流石に「大物政治家が主導している」と言われるのは眉唾もの(言いがかりレベル)ですが、民主党政権の対処に目立つ業績が無かったのは「手を出さないで見てるだけの人もイジメてる人と同罪です」という理屈には当てはまってしまいます。特に人道派リベラルを政治信条に掲げている民主党としては、痛い所なのでしょう。
しかし、自分で観た人には共感してもらえると思いますが、本作はいわゆる陰謀論とはちゃんと距離も置いてます。
むしろ映画の中で特定の政党や政治家の名前を挙げることは一切なく、誰かを間違って攻撃することがないように細心の注意を払っているように見えます。
2019年に映画公開が延期されてからのアメリカ世論や、俳優の個人的な政治活動までもが、映画の作品内容と結びつけられているのは不当な評価、または思い込み、もしくは政治的ポジショントークですね。
まったく大手メディアから無視されたのに、本作が全米年間興行収入で10位に入ったのは、まさに映画を観た人達による草の根運動的な人気に支えられた結果でした。
要するに、陰謀論というレッテルに負けず、《クチコミだけでここまで伸びた実力派映画》ということです。
▼映画の最後に寄付金を募る特別映像あり:
では、映画には一切問題が無いか?
…と問うと、一つ気になる部分があります。
それは、この映画はエンドクレジットに合わせて特別映像をつけてあり、そこで主演俳優ジム・カヴィーゼルが「この映画を観たくてもお金を払えない人達がいるから」と寄付を呼びかけて、ウェブサイトへのQRコードを提示してるんですよねー。
本作はエンドクレジット中だけはスマホを操作してもOKです、とアナウンスされますので、私もとりあえず読み込んで、覗いてみました。他にもスマホを操作している人が居ました。
こちらが、実際にそのQRコードにアクセスした際に表示される画面です。「あなたが100ドル払ってくれたら70人をこの映画に無料招待します」と書いてあります。最初に70を選択済みになっていますが、席数はオプションで自由に選べます。
いやー、これは商法的にグレーゾーンというか、限りなく黒に近いグレーだと私は思います。(笑)
人の感情を大いに刺激する映画を2時間観せて、その勢いのままお金を払わせるというのは、詐欺グループが人を集めてやってる講演会と実質変わらないんですよねー。
このウェブサイトに寄付すると、そのお金を使って誰かのチケット代を肩代わりするという説明になっていました。だから金額と用途は決まっているので、いわゆるネットワークビジネスとか情報商材の類の詐欺グループとは一線を画するとは思うのですが、ちょっと胡散臭い雰囲気は出ちゃいますよね。
そもそもキリスト教と資本主義の考えにガッツリ染まって社会格差が開いてるぶん、お金が余ってる人は積極的にチャリティ(募金)する習慣があるアメリカだと、また違った印象に見えるのかもしれません。
例えば、欧米は無料で入場できる博物館の中にクレジットカードでタッチ決済できる端末が何箇所も置いてあって、「この博物館に意義があると合意してくれる人はサポートしてね」と数ドル程度を選択して募金できるようにしていますから、そういう感覚なのかなと思います。
でも、社会インフラがしっかりしてボトムアップが出来ている(そのぶん上に伸びるのは難しいからお金持ちも生まれにくい)日本では少し難しいだろうなと感じました。
そもそも英語のみ対応だったから読めない日本人も多そうですし!(苦笑)
こういう話題に尾鰭がついてきな臭い陰謀論になってしまうのかな、と危惧します。
そういう場外乱闘とは切り離して、純粋に映画の内容だけで批評し、それぞれの責任とそれぞれの出費の範囲内で消費することを通じて、この映画がもっと流行れば良いのに、と私は感じました。
▼追記:
この映画のネタバレあり感想も書きました。
よろしければそちらもどうぞ。
(了)