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【ツイスター】の日本語字幕がひどかった【岡枝慎二?】

アマゾンプライムビデオで視聴。その日本語字幕が目に余るレベルで酷かったので詳しく考察しておきたい。

『ツイスター』の字幕は、意訳と誤訳のオンパレードで、正直かなり見づらかった。

アマプラでは翻訳者の表記はなかったが、画面イメージに焼き付け済みで、最新AIによる自動生成ではなかったので、おそらく1996年の岡枝慎二氏による字幕がそのまま採用されたのだと思われる。

もう亡くなった人物の批判を書くのはいささか忍びない気もするが、あくまで翻訳字幕もまた作品であると考えて、このnoteはその作品の批評を目指すものであることを強調しておきたい。

▼翻訳事例:

いくつか具体的な翻訳事例を使って説明する。

●指示語がわかりにくい

竜巻が過ぎ去った後のメリッサとベルツァーの会話。

原文)
Melissa: Is that what it was like up on that hill?
Beltzer: That? No. We were lucky. Those were just down drafts and microbursts. Tornado just side swept us.

直訳)
メリッサ:あれはあの丘の上と同じような感じですか?
ベルツァー:あれが?いやいや。僕たちは幸運だった。ただの下降気流とマイクロバースト。竜巻が横をすり抜けただけだよ。

これに対して字幕は…

字幕)
メリッサ:さっきも今みたい?
ベルツァー:さっきとは大違いさ。今のはただの突風だ。かすめてっただけさ。

特にメリッサの台詞が、字幕では完全に意味不明でしょ!(笑)

この場面は夜にメリッサとベルツァーが竜巻の恐怖を経験した直後のセリフで、メリッサはその日の昼に丘の上でビルとジョーが巨大竜巻の中心に近づくのを遠目に見ていたので、それと比較して同じなのか質問している。なのでThatは「あれ=つい先ほど経験した竜巻」で、Up on that hillは「あの丘の上=竜巻の中心」という意味になる。わかりやすく書くと「先程ここを襲った竜巻と、昼に見た丘の上の竜巻の中心は、同じですか?」と聞いている。だから「アレは丘の上と同じですか?」という原語セリフになる。

しかし、字幕ではThatを「今」、そしてUp on that hillを「さっき」と翻訳して、さらに順番を入れ替えて「さっきと今は同じですか?」と聞いている。しかし、夜から見た昼の出来事は時間的にかなり離れているので、《さっき》という語句で表現するのは日本語としてかなり不自然である。英語でもthatは心理的距離がある言葉なのに、日本語だけ《今》を使うのは不自然である。

おそらく普通の日本人なら「さっき」と言われて数時間前の竜巻のことだとはピンと来ないだろう。しかもこの場面では夜に新たな竜巻が来てそれが去って安堵している状態なので「さっき」と言ったら、たった今過ぎ去った竜巻のことを指しているように解釈するのが普通だと思われる。だから「さっきも今みたい?」という字幕はかなり難解である。

さらに、ベルツァーのdown drafts and microburstsを「突風」という日本語に置き換えたのも良くない。ここは竜巻に素人のメリッサが質問したら、科学者のベルツァーが早口の専門用語(ダウンドラフトとマイクロバースト)で捲し立てて答えて、しかしそれではメリッサに伝わらなかったのを察して、後から簡単に言い直したのがミソなので、もう少し小難しい単語にするべきである。

また、ベルツァーが下降気流と言ってるのは、竜巻の中心に入った自動車や牛や家屋や主人公達が上昇気流に飲み込まれることとの対比にもなっている。下降気流であるうちはまだ中心ではないという説明は映画の演出の中でも非常に重要な情報なので、日本語字幕にも載せるべきである。

なので字数も考慮して字幕の改善案を出すならば、こうなる:

◆字幕改善案)
メリッサ:さっきのが竜巻の中心?
ベルツァー:全然ちがうよ。下降気流だったろ。横をかすめただけさ。

●根拠がわかりにくい

竜巻が迫り来る場面での、ビルの台詞。

原文)
Bill: Here! These pipes go down at least 30 feet. We anchor to 'em, we might have a chance!

直訳)
ビル:ここだ!このパイプは地下30フィート以上まで伸びてる。ここに僕たちを縛りつければ、僕たちにチャンスがあるかも!

これに対して字幕は…

字幕)
ビル:体を縛り付ければ助かるかも

一見悪くないのだが、ここは家やら車やらが容赦なく吹き飛んでる竜巻の中心部で、《どうしてこのパイプなら大丈夫なのか》という疑問を頭が良い人なら不思議に思う部分である。原語ではビルはパイプの構造をチラ見しただけで地下30フィート(約10メートル)以上続いてることを見抜いてるからこそ、このパイプを選んだのであって、彼が科学者らしく観察と考察に基づいて行動を選択していることがわかる。しかし字幕ではそうしたビルの頭の良さは消えてしまい、とりあえずイチかバチかで体を縛りつけたバカキャラのようにも見えてしまう。

なので字数も考慮して字幕の改善案を出すならば、こうなる:

◆字幕改善案)
ビル:地下まで伸びてる!ここに縛ろう!

●ナンセンスな意訳

原文)
Bill: Wow, look at that. It didn't take the house.
Jo: We did it.
Bill: Yeah, we did. Dorothy really flew.
Jo: It was a good idea.
直訳)
ビル:おお、あれを見て。竜巻は家を飛ばさなかった。
ジョー:私達は上手くやった。
ビル:はい、私達は上手くやった。ドロシーは本当に飛んだ。
ジョー:それは名案だった。
字幕)
ビル:見ろよ。家は無事だ。
ジョー:やったわね。
ビル:ああ。ドロシーが飛んだ。
ジョー:大成功よ。

ジョーは最初に「やったわね=成功したわね」と言ってるので、もう一度「大成功よ」と言う意味がほとんど無い。ビルのgood ideaのおかげで成功したことを言ってるのでそちらに言及すべきである。ちなみに成功したのはドロシーが飛んだことだけに限らず、パイプに体を縛り付けて飛ばされるのを防いだこともまとめて言ってるのかもしれない。

◆字幕改善案)
ビル:家は飛ばされずか。
ジョー:やったわね。
ビル:ああ。ドロシーは飛んだ。
ジョー:アイデアの勝利ね。

●キバの抜かれた意訳

原文)
Melissa: {Into Phone}I know it feels unnatural but with Donald's motility, you're not gonna have this baby the old-fashioned way. Even if you stand on your head.
Bill: She's a, reproductive therapist.
直訳)
メリッサ:《電話に向かって》不自然な感じがするのはわかります、しかしドナルドさんの生殖能力では、あなた達が普通のやり方で妊娠するのは難しいでしょう。たとえあなたが逆立ちしたってね。
ビル:彼女は生殖心理カウンセラーなんだよ。
字幕)
メリッサ:そういう生活だと子供は普通の状態で生まれないわ
ビル:生活指導もする

3人で車に乗って竜巻を追いかけている時に医者のメリッサが患者からの電話に対応しているセリフ。メリッサが始めた話に驚いたジョーにビルが説明する。

メリッサは患者の夫に問題があって普通にセックスを続けても子供は《できない》から不妊治療(人工授精)に切り替えろ、という説得をしているのだが、字幕では子供が《生まれない》と言ってるので判りにくい。そして何よりも電話でエグい話をしてるからジョーがドン引きしていることが伝わらない。字幕で「普通の状態で生まれない」と書かれていたので、私は最初は逆子か何かのことを言ってるのかと思った。

そしてそれに続くビルのreproductive therapistもなかなか刺激的なワード。日本でも同じような職種で生殖心理カウンセラーという語句があり、要するに不妊治療のお医者さんのことであるが、1996年という時代背景も考慮するとそれだけでエキセントリックなニュアンスを持つし、英語のニュアンスを直訳すれば《子作りセラピスト》という感じであり、これもまた日常生活で唐突に使うには過激な言葉である。

岡枝氏の日本語字幕でここは「夜の生活指導もする」と下ネタのジョークにしたかったが、おそらく字数削減のために「夜の」を省略したのだろうと思われる。しかし、直前のメリッサのセリフの字幕から子作りの話をしているとは判りにくいので、せっかくのちょっと気が利いた感じのフレーズが活かされない。字幕だけでははっきり言って意味不明である。

◆字幕改善案)
メリッサ:あなたの夫は自然妊娠の見込みが低いの。よく考えて。
ビル:不妊治療もやってる。

念のために、ここでメリッサを擁護する説明をしておきたい。今彼ら三人は竜巻を目指して爆走する自動車の中に居るので、気分がハイになってセンシティブなことをオブラートに包まず言ってしまっている描写だったとも思われる。

●親切すぎる先回り?

原文)
Jo:It's a very pretty truck.
Melissa: Thank you.
Bill: Don't even think about it. No way.
直訳)
ジョー:素敵なトラック。
メリッサ:ありがとう。
ビル:そんなこと考えもしない。ありえない。
字幕)
ジョー:いい車ね。
メリッサ:どうも。
ビル:貸さないぞ。絶対に。

車が大破したジョーがビルとメリッサの車を借りたくて遠回しにおねだりしている場面。字幕では親切に先回りして説明している。個人的にこの字幕はどちらでも良いと思うけど、言語と文字が大きく離れているのでちゃんとリスニングしてるとノイズになる人が多いだろう。

▼翻訳者・岡枝慎二:

ここまで映画『ツイスター』の良くないと感じた字幕をいくつか見てきた。

故人に対する批判はあまり気持ち良いものではないが、客観的事実として知っておいて損はないと思うので、もう少し岡枝慎二の仕事と人物像について考察を進める。

Wikipediaを参照すると岡枝慎二氏は自身を「クセを出さないスタイル」だと標榜していたらしい。

字幕翻訳家のスタイルを癖のない「水派」と独自色を出そうとする「蜜派」に分類し、自らは「水派」を標榜していた。

*ミヅとミツで駄洒落に興じていたつもりだったのかしら?

これが事実なら、言ってることとやってることの落差に正直辟易する。

岡枝慎二氏が『ツイスター』の字幕を担当した時点で氏の年齢は67歳。有名な字幕翻訳者では戸田奈津子氏もキャリア後半になるほど乱暴や傲慢を感じさせる意訳や誤訳が目立つようになるが、やはり加齢には勝てないということだろうか。

【戸田奈津子】アバター第1作の日本語字幕が残念な件【そりゃコトだ】

岡枝氏のパーソナルを示唆するエピソードとしてスターウォーズの件も無視できない。

『スター・ウォーズ』に登場する概念、フォースを「理力」と訳した事が有名である。当時から賛否両論あったが、論争に加わるのは野暮だと考え沈黙を通したという。

岡枝氏はフォースを「理力」と翻訳した際に「論争に加わるのは野暮だと考え沈黙を通した」と一見もっともな理由を付けているが、実際は議論から逃げていただけの身勝手なエピソードのようにも見える。このあたりからも戸田氏が『ロードオブザリング』で監督からNGを貰うほどに大量のファンから批判が来たにもかかわらず、聞く耳を持たずに的外れな反論だけして退けたのと似た臭いを感じる。

要するに岡枝氏は、良く言えば「信念を持っている人」であり、悪く言えば「頑固なクソ野郎」である。大体、本当にクセを出さない水のような翻訳者を目指すような人なら「自分は水派である」なんて厚顔無恥な発言はできないものだ。

あるいは岡枝氏も若い時は自身の作品(翻訳)を客観的に律することが実践できていたのかもしれないが、60歳を過ぎたキャリア晩年では老害に成り下がってしまったという可能性も考えられる。他人がやるのはNGで自分がやるのはOKというダブルスタンダードは、典型的な老害しぐさである。

岡枝慎二は竹中平蔵と同類だと言えるかも。(笑)
【切腹論】成田悠輔「引退を呼びかけて」竹中平蔵「たくさん老害を見てきた」引き際は?中高年の転職(ABEMA Prime)

岡枝慎二(おかえだ しんじ、1929年3月31日 - 2005年5月23日)は日本の字幕翻訳家。東京生まれ。映画翻訳家協会会員。英、独、仏、伊、西、露、スウェーデン語の7か国語に精通し、2,000本以上の映画の字幕翻訳を行った。簡潔で透明な翻訳を特徴とする。言葉を分かる人が少なかったヨーロッパ映画の字幕を手がけたことにより、字幕界に入る。代表作は英語映画では『エイリアン』シリーズ、『ブレードランナー』、『スター・ウォーズ』シリーズ、『ダイ・ハード』シリーズ、『リーサル・ウェポン』シリーズ、『遠すぎた橋』に加え、フランス映画の『エマニエル夫人』シリーズ、ドイツ映画の『アギーレ・神の怒り』、イタリア映画の『揺れる大地』、スペイン映画の『エル・ドラド』、ソ連(ロシア)映画の『惑星ソラリス』、スウェーデン映画の『愛の風景』など。
字幕翻訳家のスタイルを癖のない「水派」と独自色を出そうとする「蜜派」に分類し、自らは「水派」を標榜していた。そのため台詞として効果的なら決まり文句(クリシエ)の多用も推奨していた。同じ語尾を繰り返さない、「を止め」(「彼の名を?」など)をできるだけ避ける、などを信条とした。また、敬語がうまく使えないようでは翻訳はできないとも語っている。「字幕は翻訳ではない」と主張する清水俊二や戸田奈津子と異なり、「字幕はあくまでも翻訳」だと考えていた。そのため、多くの翻訳者がクレジットを「字幕」「日本語版字幕」などとするのに対し、岡枝は「翻訳」とし続けた。
『スター・ウォーズ』に登場する概念、フォースを「理力」と訳した事が有名である。当時から賛否両論あったが、論争に加わるのは野暮だと考え沈黙を通したという。
テレビなどの吹き替えの放送に字幕翻訳者として危機感を抱き、吹き替え翻訳も手がけたことがある。

映画COMを見ても1996年は翻訳家キャリア最晩年だったらしい。

映画『ツイスター』は30年前の作品である。このため、当時は英語を聞き取れる日本人が少なかったので、まあ仕方ないような気はするが、今だったらたぶんこんな翻訳はしないという意訳のオンパレードなので、気になる人は全編視聴してみることをオススメする。今ならアマゾンプライムビデオにある。

(了)

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