「お互いに理解しようとする前提のない場所での言葉は、どんな意味を持つのだろうか」
今日で水星逆行が終わる。
水星はメッセンジャーの星と言われていて、コミュニケーションとか情報、交通といった、誰かと誰か、何かと何かを繋ぐ役割をする。
その水星が逆行するときには、一般的にコミュニケーションのトラブル、例えば、自分はこう伝えたつもりだったのに相手は違う理解をしていた、とか曖昧な部分のかけ違いが多く生じたり、メールなどのやりとりでのミスが起きやすいし、大事な決め事も後からひっくり変えることも多い。また、交通も乱れやすかったりするので、水星逆行=物事がうまくいかない時期、と思う人も多いかもしれない。
でも、水星逆行の本当の役割は「やり残したことをやり直すチャンスが与えられる」ということなのだと思う。
逆行とは名前の通り、逆に行くこと。つまり、前に進んでいたものが、くるりと方向を変えて今来た道を戻ることである。
もし、自分が「行ってきまーす」と、朝に家を出て駅へと向かって歩いているときにくるりと踵を返すとしたら、何か忘れ物をしたときとか、出掛ける間際に喧嘩をしたことが気になってやっぱり謝ろうかな、なんてときだと思う。
水星逆行も同じ。
あのとき言えなかった言葉や伝えられなかった気持ちを、再び伝えるチャンスがやってくるのだ。でも、それは簡単に「ハロー!」と明るく手を振れるようなものではなく、今までとは違うやり方が必要だったり、見て見ぬ振りをしていたことを見つめ直すとか、多少なりともしんどい作業と引き換えに受け取れる、再チケットのようなものだと思う。
この一ヶ月で、自分と誰かを繋ぐ再チケットをうまく使えた人はいますか?
我が家は私と夫が双子座。水星は双子座の守護星なので、多分、他の星座の人よりも水星逆行の影響が大きいと思う。
以前、このタイミングで旅行に出掛けたとき、事前に送っていた荷物は届いていないし、新幹線や急行電車が乱れに乱れまくり、3回もチケット書い直す(乗り損ねた)はめになった。
でも、こういうトラブルが起きたときに「水星逆行中だからね」と心の中で呟けば、原因も責任も全て水星に放たれるので、すーっと心が穏やかになる。なんだか自分の器が神様のように大きくなったと勘違いするくらいに。
年に一度するかしないかの喧嘩も、大概この水星逆行のタイミングでやってくる。
私と夫はこの水星逆行中に小さな喧嘩をした。その日はちょうど愛を司る金星も双子座で逆行はじめた日で、星的な流れからすると必然的な出来事だったのかもしれない。
それは我が家の洗面所で、いつもなら飲み込んでしまう言わなくていい言葉を、言ったら喧嘩になるとわかっている言ってはならない言葉を、私が口にしたことからはじまった。
基本的に口喧嘩はしないようにしている。もちろん、手や足を出す喧嘩もしないけれど。
喧嘩をしているときの私の言葉は、何ひとつうまくいかない気がする。口にすればするほどに自分の伝えたい気持ちと離れていくし、相手の心にも届かない言葉は行き場をなくして、ぽとんと目の前の床に落ちていく。自分の言葉なのに、自分とも相手とも何ひとつ通じ合わない。言いたくもないのに、言っても何ひとついいことはないのに、お互いに理解しようとする前提のない場所での言葉は、どんな意味を持つのだろうか。
喧嘩の後にいつも思う。
正しさの刃はとても鋭い。簡単に相手を傷つけ、何も言えなくなるさせることができる。だからこそ、本当は正しさよりも、誰かの「でもね」の後に続くものを受け止められることの方が尊いし、それが愛情だったり優しさだったりする。日常の中では分かっているのに、コントロールできなくなるのは、自分や誰かや何かが悪いわけではない。多分、疲れちゃったり、ちょっと寂しくなっただけなのだ。分かっている。分かっている。だから、相手を言い負かすことが終着点だと思わないし、一瞬でも正義を振りかざした自分の不甲斐なさに悲しくなるのだ。
喧嘩をしているときの言葉は、いつでも過去に何があったかで今を語る。でも、本当は、未来に思い描くより良いことと今を繋ぎたい。そして、相手に投げかけた言葉は全て自分にも当てはまることを、あなたは既に知っているよね、と自分に問いかけるのだ。
水星逆行中のコミュニケーションについて、色々と考えていたときに、ふと、吉野弘さんの結婚をお祝いする詩を思い出した。
改めて読んでみると、本当に大切なことが詰まっている。 「自分ばっかり」とか「私だって」という言葉が浮かんできたときに、自分と合わせ鏡のような存在である相手の中に、きちんと自分を映し出すことができるかはとても大切だなと思う。
祝婚歌 吉野弘
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2人が睦まじくいるためには
愚かでいるほうがいい
立派すぎないほうがいい
立派すぎることは
長持ちしないことだと
気づいているほうがいい
完璧をめざさないほうがいい
完璧なんて不自然なことだと
うそぶいているほうがいい
2人のうちどちらかが
ふざけているほうがいい
ずっこけているほうがいい
互いに非難することがあっても
非難できる資格が
自分にあったかどうか
あとで 疑わしくなるほうがいい
正しいことを言うときは
少しひかえめにするほうがいい
正しいことを言うときは
相手を傷つけやすいものだと
気づいているほうがいい
立派でありたいとか
正しくありたいとかいう
無理な緊張には 色目をつかわず
ゆったり ゆたかに
光を浴びているほうがいい
健康で 風に吹かれながら
生きていることのなつかしさに
ふと 胸が熱くなる そんな日があってもいい
そして なぜ胸が熱くなるのか
黙っていても
2人にはわかるのであってほしい