占い師が観た膝枕 〜宅配の男編〜
※こちらは、脚本家 今井雅子さんが書いた【膝枕】のストーリーから生まれたスピンオフ 下間都代子さん作「ナレーターが見た膝枕〜運ぶ男編〜」を元にした二次創作ストーリーです。
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出てくる登場人物がどう表現されるのかも興味がありますので、気軽に朗読にお使いください☺️
できれば、Twitterなどに読む(読んだ)事をお知らせいただけると嬉しいです❗️(タイミングが合えば聴きたいので💓)
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サトウ純子作「占い師が観た膝枕 〜宅配の男編〜」
「あれ。また雨が降り出していたのか」
外に出た占い師は、手を額の前に掲げて空を見上げた。
夜更けの商店街。
いつもなら、半ば消えかかった商店街の灯りの中で、酒の匂いと笑い声が道を蛇行して渡る、気だるい空気感となっているのだが、雨はそれを静かに隠してくれる。
ぽつり、ぽつりと咲いている花のような傘の間を縫って、店の前に一台の自転車が急ブレーキをかけて止まった。
「あのぉ、すみません。少しだけ相談に乗ってもらえませんか?」
聞き覚えのある声だった。
段ボール箱を抱えている姿を見て、いつも荷物を届けに来る宅配の人だと気付いた。
制服でないと全くわからない。
かき上げた髪の先からポタポタと雫が落ちる。宅配の男はびしょ濡れだ。占い師は慌てて扉を開けると、側にあったハンドタオルを渡しながら中に通した。
雨というのはいろいろなものを運んでくる。
おまけに突然降り始める雨というのは、招かざるものを連れてくることがあるので特に注意が必要だ。
占い師は冷たい水をひとつ…少し首を傾げてもうひとつ、トレーの上に乗せて、テーブルへ運んだ。
「本当にすみません。こいつが元の場所に連れて行けって言うもんだから」
こいつ、というのは、隣に座っている、いや、バスタオルの上で正座して座っている、女の腰から下しかない、おもちゃのようなモノのことだ。正座した足をもじもじと動かしている。
占い師は、それが「膝枕」であることを知っていた。しかし、実物を見るのは初めてだ。
(随分傷だらけだけど、カタログで見た写真より、色白なんだな)
占い師がまじまじと見つめていると、膝枕は膝頭を微妙に内側に向け、恥じらった、ように見えた。見た目や仕草は生身の膝、そっくりだ。
「こいつ、捨てられてたんですよ。箱の中で膝をにじらせて、こんなに傷だらけになって。びしょ濡れの箱の中で転がってたんです」
こんな雨の夜に、女の子が一人で、ですよ?信じられない。おまけに箱に閉じ込めるなんて。車にひかれたらどうするんだ。
男は、目の前にあった水をグイと喉に流し込んだ。
「まったく普通の人がやる事じゃない。頭がイカれてる。わかるか?アイツはそういうヤツなんだよ」
左右の膝をかわるがわる椅子に打ちつけ、膝枕が抗議をする。
「それなのに『あそこに連れて行け』と、暴れて、飛び跳ねて…」
女心って本当にわからなくて。男は、哀れみとも愛ともつかぬ目をして膝枕を見つめた。
「もし…もしもですよ?プログラミングで戻るように仕向けられているとしたら、こいつの本当の意志ではないじゃないですか」
何を言っているんだ?と、占い師は目を丸くして男を見た。しかし、前のめりになって話している男の目は真剣そのものだ。
「製造元に連絡したら、契約上、購入者の元にまた配送するって言うから、結局俺がまた、運ぶことになるし」
だったら、こいつの為にも、このまま俺が連れて帰った方がいいのかと…。と、言いかけたところで、男のスマートフォンが鳴った。男は慌ててスマートフォンを耳にあてると、占い師に軽く頭を下げ、後ろを向いて話しはじめた。
空気の入れ替えをしようと、占い師は近くにあった窓を少しあけた。雨はまだ降っている。ただ、嫌な感じの雨ではない。歌うようなリズムを弾き出しながら何かを浄化しているような、そんな柔らかい優しさを感じる。
電話対応に夢中になっている男の横で、静かにその様子を見ていた膝枕が突然、二つの膝頭をパチパチと合わせはじめた。占い師に何かを訴えてるようだ。膝頭をしきりに左に向けている。
占い師がカードをシャッフルしながら視界の左の方に意識を向けると、そこにある黒鏡(ブラックミラー)には膝枕が映っていた。
いや、正確に言うと、その場にいる膝枕が映っているのではなく、同じ白いレースをあしらったスカートを履いている「箱入り娘の姿」でボンヤリと映っていたのだ。
モ、ド、シ、テ
口がそう言っている。
占い師は視線を合わせないようにそのまま前を向きながらカードをめくる。
「製造元から、そのまま購入者のところに持って行くように頼まれました」
男はスマートフォンをズボンのポケットに押し込むと、ガックリと肩を落とし、ぼんやりとカードの並びを眺ながめはじめた。
「それで、カードはどう出てますか?」
「痴話喧嘩って出てます。一回、購入者のところに届けてみてはいかがでしょう?」
膝枕相手に喧嘩、というのもおかしな話しだが、カードの流れではその表現がしっくり来るように占い師は感じた。横で膝枕が大きく弾む。同意してくれているらしい。
「それでまた、捨てに行くようでしたら、その時こそ連れて帰るとか」
膝枕が膝頭をパチパチと合わせながら更に大きく弾む。
「お前もそうしたいのか?」
男に向かって「お願い」と手を合わせるように、膝枕は左右の膝頭をぎゅっと合わせた。
「そうか。それもアリか」
男は、乗り出していた体を背もたれに戻し、大きなため息をひとつつくと、膝枕用に出してあったもうひとつの水をいっきに飲み干した。
「幸せになれよ。幸せにならなかったら、許さないからな」
『元彼か!』占い師は心の中で軽く突っ込んだ。
その横でまた、大きく膝枕が弾んだ。
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7/26 徳田さんが【朗読練習王国】で膝開きをしてくださいました‼️ いつもありがとうございます😭
8/26 小羽さんが下間都代子さん作「ナレーターが見た膝枕〜運ぶ男編〜」と続けて読んでくださいました❗️
9/2 Comariさん、水野智苗さん、小羽さんによる三膝突き合わせての膝枕リレーで「ヒサコ編」と「宅配便の男編」を読んでくださいました❗️
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