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デザイン思考とはなにか――「IDEO デザイン・シンキング」

ハーバード・ビジネス・レビュー編集部『デザイン思考の教科書』に掲載されている論文を読みながら、デザイン思考とはいかなるものかについて考えていく連載企画第1弾です。10本の論文が掲載されているので第10弾まで続く予定です(予定です)。よろしくお願いします。

note新エディタベータ版を使ってみているのですが、改行と段落が区別されたのいいですね。引用する際には出所について書く欄も用意されたとのことなので、これから使っていきたいと思います。わくわく。

今日の論文

今日みていく論文は以下のものです。

ティム・ブラウン、2008、「IDEO デザイン・シンキング」ハーバード・ビジネス・レビュー編集部編『デザイン思考の教科書』ダイヤモンド社、P. 1-30。

ティム・ブラウン「IDEO:デザイン・シンキング――人間中心のイノベーションへ」

本論文ではデザイン思考の全体像と大事な点を押さえられればと思います。

デザイン思考のアプローチ

まず冒頭でデザイン思考とはなにかについて、そのアプローチを定義しています。

「人々が生活の中で何を欲し、何を必要とするか」「製造、包装、マーケティング、販売およびアフターサービスの方法について、人々が何を好み、何を嫌うのか」、これら2項目について、直接観察し、徹底的に理解し、それによってイノベーションに活力を与えること

『デザイン思考の教科書』、P. 2
  1. 人々のライフサイクルと製品・サービスのライフサイクルという2つのライフサイクルの交点ないし接点についてみていくこと

  2. その際、直接的な観察を通して深い理解を得ること

  3. そうしてイノベーションに活力を与えること

これがデザイン思考のアプローチであるとしています。つまり、思考すべきは製品・サービスそのもののアイデアだけではなく、それを使って構築されるシステム全体にまで及ぶということです。

これらを「デザイナーの感性と手法を用いて、人々のニーズと技術の力を取り持つこと」によって実現していくこと、また、「現実的な事業戦略にデザイナーの感性と手法を取り入れ、人々のニーズに合った顧客価値と市場機会を創出すること」がデザイン思考の専門領域であるとしています。(P. 3)

デザイン思考の3段階のプロセス

では、実際にどういったプロセスを経て実行されるのでしょうか。ここでは「スペース」という言葉によってそれが説明されています。

デザイン思考のプロセスは、一連の体系的なステップの連続であるというよりも、複数の「スペース」で構成されるシステムに例えるのが一番うまく説明できる。ここではスペースという言葉を、「イノベーションの連続体を形成する複数の関連活動を類型化するもの」という意味で用いる。

『デザイン思考の教科書』、P. 9
デザイン思考のプロセス

それぞれのプロセスは次のように定義されます。(P. 11-12)

着想 inspiration

解決策のあくなき探求を動機づける。その状況が問題であるか、チャンスであるか、あるいはその双方であるか、については問わない。

観念化 ideation

解決策につながりそうなアイデアを生み、発展させ、検証するプロセスである。

実現化 implementation

上市までのプロセスを決定する。

この説明を受けて、d.schoolによるデザイン思考の5つのフェーズがハニカム構造で描かれている理由が腑に落ちました。ひとつひとつのフェーズがデザイン思考というシステム全体にとって欠かせない要素であり、密接に作用する連続体である、ということを図化したということなのでしょう。

ヒット製品の条件としての経験

議論は見た目の部分にも及びます。

優れたデザインは、ニーズと欲求を同時に満足させる。製品への思い入れや心に思い浮かぶイメージによって、関心が湧いてくることが多い。ヒット製品は、必ずしも市場に一番乗りしたものではなく、感情と機能の両面に最初にアピールしたものである。我々はこのことを、何度も目の当たりにしてきた。言い換えれば、ヒット製品はやるべき仕事をやっているからこそ、人々に気に入られるのだ。

『デザイン思考の教科書』、P. 19

と思いきや、すぐに見た目に留まらない議論に戻ります。

基本的なニーズが満たされた現在、感情面での満足、しかるべき意味と洗練さを備えた経験への期待が高まっている。しかし製品だけでは、このような経験は生み出しえない。製品・サービス、そして場、情報などが複雑に組み合わさったものであるはずだ。

『デザイン思考の教科書』、P. 19

として、こういった「経験を思い描くと同時に、それらに望ましい形を与えるツールがデザイン思考である、としています。(P. 19)

見た目が重要なことはもちろんであるけれども、そこから得られる感情面や機能面に関わる経験、そしてそこで与える意味づけこそが大切になってくる。それらを全体的に捉えるツールにデザイン思考が最適である、ということなのでしょう。

この文脈からもやはり、デザインとは意味なのだ、ということが読み取れるような気がします。

デザインとは何か(意味を見る)
http://www.ashida.info/blog/2007/04/post_201.html

BLOG「芦田の毎日」

ちなみに、ニーズと欲求の違いについてはこの記事の解説がわかりやすいです。

ニーズとは何か。ニーズとウォンツの違い
https://cyber-synapse.com/dictionary/ja-na/needs_and_wants.html

株式会社シナプス

人間中心であるということ

後半では問題解決におけるイノベーションの重要性とそこでこそデザイン思考が活きることについて議論が展開されます。

現在は「どこを見ても、イノベーションなくしては解決できない問題が山積している」として、

これらの問題すべてに共通しているのは、その中心にいるのは人間であるということだ。したがって、最善のアイデアと究極の解決策を見出すには、人間中心で、創造的で、しつこく繰り返す、実用的なアプローチが必要である。そのようなアプローチこそ、イノベーションにデザイン思考を活かすことにほかならない。

『デザイン思考の教科書』、P. 21

と結びます。例として挙げられる問題は、

  • 経済的に手が届かない、あるいは技術的に難しい医療サービス

  • 一日にわずか数ドルで生活しようとしている何十億人もの貧困層

  • 地球の限界を超えるエネルギー使用

  • 授業についていけない人たちをいまだたくさん生み出している教育システム

  • 新技術または人口移動によって崩壊した市場に直面する企業

なのですが、これらはこの論考が発表されてから10年以上が過ぎた今も変わっていないように思います。むしろ、コロナ禍にあっては、現在の方がより強く「変化の必要性」があるかもしれません。

デザイン思考を身に付ける

それではこのデザイン思考を身に付けるためにはどうすればよいのでしょうか。『デザイン思考の教科書』にはこの論考から10年経ってから書かれた文章「デザイン思考を振り返る」も掲載されていて、その中にこの問いへのヒントがあります。

デザイン思考に必要なスキル、フレームワーク、手順は複雑で、最初から効果的に実際の現場で活かせることはほとんどない。たとえば、楽器の演奏や他者と深く強固な関係を築くといったような、人間にとって最も意義のある能力と同様、デザイン思考に習熟するには、時間もかかるし相当な努力をしなければならない。

『デザイン思考の教科書』、P. 29

身も蓋もない物言いに聞こえてきますが、これこそが長年にわたり続けてきたからこそ言える真理なのでしょう。励ましの言葉ももちろんかけてくれています。

専門知識を身につけるということは、それ自体でも得るものが多いが、筆者は環境問題や医療や教育格差など、現代の最も重要な課題にデザイン思考を適用する時、比喩的な意味でも、文字通りの意味でも、「汗をかくこと」を強く勧める。そうすれば、デザイン思考の達人になれるだけでなく、同時に、次代によりよい世界を遺すという二重の充実を味わうことができるだろう。

『デザイン思考の教科書』、P. 30

物事をより大きな部分に係留して捉える、俯瞰して眺めることが大事になるのかもしれません。

アジャイルとデザイン思考

リーン・スタートアップでも使われるアジャイルの考え方についても触れられていたので最後に見ておきたいと思います。

アジャイルとデザイン思考が似ていることは、よく議論になる。たしかに影響し合って発展してきたが、両者は相互補完的であり、区別を曖昧なままにしておくことは混乱のもとであり、それぞれをきっちり再定義する必要がある。アジャイルはできるだけ速く、効果的に、とにかくアイデアを実装することだけに焦点を当てているのに対し、デザイン思考はアイデアの探求や実装をやりやすくするのが目的である。

『デザイン思考の教科書』、P. 27

相互補完的という意味でリーン・スタートアップとデザイン思考は相性がいいのだと思いますが、この2つの違いは現場レベルで明確に共有されていないと痛い目を見ることになります(実体験)。

すでに見たようにデザイン思考は「容易ではない」(P. 29)ため、採用する際には辛抱強くことを進める必要があります。「意味のあるインパクトを生み出すレベルに到達する前に諦めてしまう」(P. 29)ことがないように。


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