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台所が砂に埋まることもある

アスファルトの舗道に落ちた椎の実は
芽をふくことがない
鉢植えのセントポーリアに
週にいちどの割で水をやる
食卓に植木鉢を並べる
ステンレスの清潔な流し台で
白菜が腹を割られて息絶えている
台所は夢の調理場
寒い夜は水炊にかぎる
ぶつ切りにした夢を煮立て
豆腐と白菜を入れる

若鶏かしわを煮るのを忘れた
日帰り出張旅費を清算するのを忘れていた
悲しみのさなかにも私は
旅費の精算にこだわる
いやらしい生きものなのだ
アフリカの父親たち
飢餓を唯一の糧とする父親たち
私たちもずい分と悲惨なのだ
憩いの食卓は乾いた砂漠に埋まる
蛍光燈の光の輪をライオンがくぐり抜ける
砂を踏みしめ直立歩行の猿が歯がみする
一方通行の標識に隠れて
時間の舌がもつれる
アフリカの父親たち
飢餓を唯一の糧とする父親たち
私たちの通信は届かないにせよ
週にいちどは夢に水をやっても
いいだろう

 (詩集『夕陽と少年と樹木の挿話』第5章「秋の瞳」より)


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