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コヒマルの風

朝早くから
国道沿いの堤防で
昼下がりには
玄関先の椅子で
黄昏時には
公園のベンチで
もの思いにふけっているひとたちが
必ずいる

チェ・ゲバラの霊廟は
あまりに静かで
何が埋まっているのかさえ
分からなかった
装甲列車襲撃跡の周りには
物乞いの老婆が二人も
我々を見張っていたというのに

オレたちは
顔で笑っている時は
心で泣いているのさ
ハバナの店先で
若い男がインタビューに答えていた
日本を出る前にみたテレビの中で

ヘミングウェイの銅像がある
コヒマルの海岸に
犬を連れて釣りに来ていた男は
機嫌が良かった
写真を撮らせてくれと頼んだら
ペットボトルを片手に持って
右手の親指をたてて
笑ってみせてくれた
自転車の籠には
釣り道具一式が収まっていた
八月最初の月曜日だった

日の当たる場所は
太陽の高さで変わるのだと
初めて分かった
大人になってもう
何十年もたつというのに
私はいったい今まで何をしてきたのだろう

観光用のクラシックカーは
どれも一九五二年製だった
牛も馬も犬も
猫さえも痩せていた
牛肉はあまり食べることがなかった
キューバコーヒーは甘くて
砂糖がいらなかった
スコールが去った後の空は
写真にとることが出来ないほど
青かった

物思いにふけっている
堤防の人よ
心にからまったものは
少しはほぐれただろうか
顔で笑って心で泣いている
ハバナの人よ
残っているラム酒で
カクテルでもつくってはくれまいか
ライムの汁で濡らしたグラスの縁に
塩をまぶしてくれたら
最高だ

 (詩集『フンボルトペンギンの決意』第2章「風と光」より)


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