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北伊豆古道を歩く〜日金山ー熱海編〜

2022年11月10日。本日は伊豆半島一周の古道踏査ラストとなる日金山から岩戸山を経由して伊豆山、走り湯まで約10kmを歩く。山頂から海を目指す、はじめての山登りではなく、山下りコースだ。

9時 伊豆山の走り湯にて待ち合わせ。今日は ATAMI ART EXPO2022で走湯山俯瞰図を発表した清水玲さん、ASH DA HEROサトくんと踏査する。一台は走り湯に駐車して、スタート地点の十国峠へ移動する。

山を越え、海を眺め、人と出会い、歴史や文化を味わう。150年の時を経て、いよいよ伊豆半島を一周する令和の修験道が繋がる。

前回の道はこちら↓


十国峠

10時 森の駅 箱根十国峠の駐車場に到着。2022年11月5日にリニューアルしたばかりの伊豆・熱海と箱根を結ぶ、標高666mに位置する「森の駅」だ。

2Fフロアのケーブルカー乗り場へ。15分間隔で1便出ているので、待ち時間もなく乗車することができる。今日は暖かくお天気にも恵まれ、多くの乗客で賑わっている。

地上と山頂を結ぶ全長316mのケーブルカー。乗ってしまえば、3分で標高765mの十国峠展望台に到着する。

つるべ式(交走式)で動くレトロなケーブルカー。昇降の途中ですれ違う下り車両と手を振り合う。

【十国峠パノラマケーブルカー営業情報】
・営業時間 8:50~16:50(毎時5分、20分、35分、50分)
・所要時間 片道3分
・乗車料金 大人往復730円、小人往復370円、ペット200円
・アクセス 車/熱海駅から9km(平常時25分)、小田原から箱根新道経由25km(平常時40分)、電車/JR熱海駅から伊豆箱根バスで約40分
・お問合せ十国峠株式会社 静岡県田方郡函南町桑原1400-20
TEL:0557-83-6211 http://www.jukkoku-cable.jp/

2022年11月4日富士急行プレスリリースより

十国峠展望台に到着。今日の山頂は風が強く、思ったよりも風が冷たかったので準備していた防寒を着重ねる。

十国峠は、古くから眺望の良いことで知られており、伊豆、駿河、遠江、甲斐、信濃、相模、武蔵、上総、下総、安房の「十の国」が見渡せたことに由来する。

その名の通り360度の絶景。晴れた日には、富士山や南アルプス、駿河湾はもとより房総半島や三浦半島、さらには東京スカイツリーまで望める絶景スポットだ。

11月に入って雪化粧していた富士山だけど、しばらく暖かい日が続いたので、すっかり融雪してしまった。

十国峠展望台から東へ道なりに下りていく。

現在工事中のグランピング施設を通り過ぎた頃に、鎌倉幕府三代将軍・源実朝が詠んだ歌碑がある。源実朝が22歳の時、箱根神社から伊豆山神社への二所詣の折に、眼下に広がる大海原に浮かぶ初島に想いを寄せて詠んだと云われている。

今も伊豆の海には「沖の小島」がある。時代を超えて尚、同じ景色があり、同じ感動を味わうことができる歴史と文化は感慨深い。

箱根路を わが越えくれば 伊豆の海や 沖の小島に 波の寄る見ゆ

鎌倉右大臣歌

日金山東光寺

熱海日金山霊園へ尾根を下って歩く。園内はご厚意により行楽での立入許可されているので、くれぐれもお墓参りに来られている方へ迷惑のないように。そのまま直進して下っていくのが岩戸山ハイキングコースであり、伊豆峯次第の古道だ。

伊豆峯次第の259番目のチェックポイント・日金山東光寺に到着。

東光寺の境内に入ると、日金山は死者の霊が集まる霊山であることに気づく。本堂の左手には裁きを行う閻魔王が待ち受けている。

本堂を守るように右手には、三途の川の渡し賃を持たない亡者の衣服を剥ぎ取る役目の奪衣婆が待ち受けている。閻魔王と奪衣婆が向き合う間を通るのは、いつ来ても緊張してしまう。

地蔵菩薩は、自らを地獄に身を置いて、地獄で苦しむ者を救ってくれる仏なのだという。つまり日金山は地獄の入り口、人は肉体から離れると必ず裁きがある。

鎌倉幕府を開いた源頼朝は、この東光寺に厚い信仰を寄せていた。本尊として祀られている「延命地蔵菩薩像」は、頼朝公が建立したと伝えられている。前回来た時は開帳されていたが、今回の東光寺はクローズしていたので、本尊との対面は次の機会に。

患難の時代に、全ての人が心身健やかであるように。祈りを捧げる。

岩戸山ハイキングコースを下っていく。

500mほど歩くと湯河原に通じる古い参道の分岐、直進するのが伊豆峯次第の古道だ。路傍には多くの石仏が立ち並ぶ、まさに信仰の道である。

1丁(約109m)ごとに建てられた道しるべの石標があり、古くから人の往来があった道であることがわかる。

平安時代後期の修行僧・末代上人の宝筐印塔(ほうきょういんとう)に到着。末代上人は伊豆山で修行し、富士山を開いた修験者だ。伊豆修験が富士山まで繋がっていく祈りの道である所以の一つが、この末代上人の存在だ。

末代上人の宝筐塔は2012年に発見され、熱海市の文化財に指定されている。

岩戸山

一気に視界は開け、広い道に出た。直進すると土沢・熱海市内、笹の広場へと繋がっている。

直進せずに左折。岩戸山・伊豆山・七尾方面へ歩く。

修験道は神仏習合の信仰である。森羅万象に神の霊を感じ、神奈備(かむなび)や磐座(いわくら)、つまりピラミッドのような山、大きな岩穴などを信仰の対象とする山岳信仰と、神道、仏教が習合し、更に密教などの要素も加味されて確立した信仰だ。

ここ伊豆山は横穴から湧き出る温泉が信仰の対象となり、仮の姿で現れた神として権現化されている。

ここまでずっと下って来たが、今回のコース初めての登り道を歩く。

神仏習合の信仰である修験道。その始まりは飛鳥時代の呪術者・役小角(えんのおづぬ)が開祖だと云われ、その終わりは明治元年(1868)の神仏分離令。更に、明治5年(1872)の修験禁止令によって修験道は禁止された。少なくとも約1300年は続いていただろうと云われている。なぜ長い年月続いて来たのか。

それは日本人が古来から大切にしてきた価値観がベースにあるからだと考える。ここでは縄文の価値観はさておきながら、少なくとも聖徳太子が十七条憲法の冒頭に「和をもって尊しとなす」と書いた時代から、日本人は「和」の本質を考えて生きているのではないだろうか。

一般には「仲良くするのは尊い」という意味だと思うが、あらゆる概念を超えた和合の精神を説いたものではないだろうか。

仏教の伝来は、日本書紀によると欽明天皇13年(552)とあるが、これは天皇が認めたという公式的な伝来の記録であって、人はすでに往来していたと考えるのが自然である。人の往来があれば、物や技術や信仰などが往来するのも自然な事。

その頃から対立ではない受け入れる模索がはじまり、和の心によって神仏習合が完成したのだと想像する。

鉄塔の脇を歩く。日金山には鉄塔が張り巡らせれている。

岩戸観音

直進は危険。歩けるのか。

しばらくして草木に覆われた脇道にロープが張られた崖があった。一見するとわからないが、一年前に一度来たことがあるサトくんが「ここだ」と言う。岩戸観音を目指し、ロープを使って急斜面を下りていく。

崖にそびえる巨石群はまさに修験の山岳信仰そのもの。圧倒される。

崖を降りると岩肌が露出した巨大な一枚岩に石窟の祠があった。

観音が祀られている。岩に霊が宿るという磐座信仰そのものだ。

岩戸観音から続いている登山道を下山していく。

コンパクトだけど、とても分かりやすい岩戸山略図を発見。今まで歩いてきた道のおさらいが出来る。岩戸観音へのロープ道以外は、とても歩きやすいおすすめコースだ。

「歩く」という字は「少し」「止まる」と書く。時々、立ち止まり景色を見渡してみると良い。今まで見えてなかった新しい発見があったり、新しい景色に出会う。

人生の道のりも同じ。天気のように晴れもあれば雨もある。どちらも恩恵なんだけど、いつも前向いて歩ける訳ではない。そんな時は少し立ち止まれば景色が見えてきて、やがて自分自身の点検をする事ができる。少しではなく、何度止まっても良い。また歩き出せば良いのだ。

舗装道路に出ると現状の道であれば左折なのだけど「本宮までの道があるはずだ。」と右折。日金山を何度も歩いている清水さんがいてくれるので、とても心強い。

躊躇なく「この先通り抜けできません→」を入っていく。

立入禁止のフェンスがあったが、網が破られているので先へ進む。

再び、舗装道路に出る。今は利用されていないのだろう。割れた舗装道路の隙間から草木が大きく育っている。

本日は良いお天気。初島、大島、利島、新島、三浦半島、房総半島まで見える。

再び立入禁止だけど、今度は下のフェンスがないので潜り抜ける。

もはや荒れた山林だけど確かに道はある。わずかな踏み跡を頼りに藪漕ぎをする。

やがて道なりに舗装道路へ繋がった。

しばらく歩くと、以前に訪れた事がある伊豆山・七尾地区の公道に繋がる。

一旦、古道から外れ寄り道へ。


伊豆山 土石流災害のこと

2021年6月12日 初めて伊豆の修験道を知ったその翌日、さっそく伊豆半島を一周する伊豆辺路(いずへじ)の起点、走り湯から伊豆山神社 本宮までをサトくんと歩いた。

2021年6月12日 伊豆山神社奥にある山道を登る

それから丁度3週間後にあたる2021年7月3日10時半頃、伊豆山を襲った大規模な土石流災害が発生。

2021年7月4日伊豆新聞より

静岡県内では各地で土砂崩れが相次ぎ、新東名高速道は全面通行止め。JRの伊豆多賀~網代間では線路の盛り土が流出し、熱海と伊東をむすぶ伊東線が終日運休になっていた。

私は当時、2日は大雨の熱海で過ごし、3日は河津の宿坊・禅の湯に滞在していた。河津梨本では、崩土のため国道414号線が通行止めになるくらい土砂降りの雨だった。

まもなくニュースで熱海の出来事を知り、強烈なショックを受けたと同時に、もう一方のベクトルを受け取った。まるで破壊と創造は一つであるような感覚だ。

伊豆半島は3つのプレートが集まった世界のどこを探しても例を見ない、類稀なる地球の中でも特別な場所だからなのか。

受け取ったベクトルの壮大なスケール感に畏怖さえ感じ、観念して自分の計画や想いは一切を手放した。これからはじまる宇宙規模の出来事を認めることにしたのだ。そして、自分でもよくわからないまま、伊豆半島を一周する古道の踏査がはじまった。

出典:伊豆半島ジオパーク

土砂崩落の起点にやって来た。発災から1年4か月が経ち、山肌剥き出しだった赤井谷は、草花が生い茂り姿を変えていた。大袈裟かもしれないけど、地球の息吹を感じる。

残ったままの盛り土を撤去するため、行政代執行が2022年10月11日から始まった。土砂や被害にあった家屋は片付けや解体作業が進行している。県は行政代執行を2023年5月末までに終える予定だ。

遭難された方々のご冥福と、1日も早い伊豆山の復興を祈念する次第である。

本宮社

起点から下り、伊豆峯次第の261番目のチェックポイント・伊豆山神社 本宮社に到着。

本宮社の隣に今までなかった水神社が建立されていた。日付を見ると令和4年(2022)3月吉日と書かれている。今年の話だ。

昔、この地には水神社(奈良県吉野村の丹生川上神社)が祀られていたが、行方不明になっていたという。再び、土石流の水害が起こることないよう「水神宮の建立を」という新聞の記事を取っておいた事を思い出した。

境内を見回してみると参道も整備されている。お披露目はいつだろうか。つい一年前はお世辞にも人が来るような雰囲気ではなかったが、現在は人の手が入り地域の愛着を感じる。伊豆半島一周して気づいた事「神社は地域の鏡」である。

もう一つ気づいた事。伊豆山の由来を記した「走湯山縁起」には伊豆山と富士山が、それぞれ両界曼荼羅の入口と出口に当たるという記述もある。これを体現するように本宮社の背後には富士山があり、結ぶ線上には伊豆山神社の本殿が位置している。その角度は310°、明らかに有意な配置であることがわかる。

本宮社から熱海駅までのバスの運賃は310円。奇妙な数字の一致に敏感になる。

本宮社から下り、ラストスパートだ。

結明神(むすぶみょうじん)に到着。この神社は、男女の縁結びのパワースポットと評判らしく、確かに下山途中は女性やカップルとすれ違う場面もあった。

白山神社

椎や樫などの照葉樹の森を抜けると、巨石群の中に祀られている社が見えてきた。

伊豆峯次第の263番目のチェックポイント・白山神社に到着。巨石を背負った姿が神秘的であり、修験の磐座信仰を感じる場所だ。

社殿の裏の急こう配を登ると、「白山大権現」と彫られた小さな石造りの祠。巨岩に隠れるように鎮座している。実はこちらが元々の白山神社だ。

白山神社を下っていくと修験者の行場跡がある。修験道の開祖とされる役小角や末代上人、弘法大師こと空海も、この伊豆山で峰入修行を積んだと伝えられている。

歩きやすい道を下っていく。

伊豆山神社本宮

伊豆山神社本宮に到着。

境内には、源頼朝と北条政子が愛を語らったと云われる「頼朝・政子腰掛け石」、政子が手鏡の下に敷いたという御神木の「梛(なぎ)の木」、触ったり座ったり出来る「光石」、正しい道を示し導く「道祖神」など、多くの見どころがあり、縁結びの神様として人気が高い。

伊豆山神社と言えば赤白二龍の手水舎だ。

伊豆山の地下に赤白二龍交和して臥す。その尾を箱根の芦ノ湖に付け、その頭は伊豆山の地底にあり、温泉の湧く所はこの龍の両眼二耳鼻穴口中なり。

出典:走湯山縁起

走湯山縁起によると富士箱根伊豆は龍脈だと言っている。赤い龍は火、白い龍は水。2つの力が和合して温泉を生み出す火水(ひみつ)の奥義を現している。

本殿前から837段の階段を下る。

階段の途中にある、右手に錫杖(しゃくじょう)、左手に経巻(きょうかん)を持ち、岩に腰掛けた修験の開祖・役小角像。元々は伊豆峯次第の3番目のチェックポイント・行者堂に祀られていたと云われている。

明治以降、現在の社務所下に移され「足立(あしだて)権現」と改めた。健脚のご利益があるという。伊豆半島及び富士山周辺には、役小角の伝説が多く点在している。

お顔が怖い

180段下りて、残り657段。

東海岸の古道・東浦路(ひがしうらじ)沿い、鳥居横にある印象的な赤白二龍。

残り173段。走り湯の源泉を引いた源泉掛け流しの「走り湯浜浴場」は後のお楽しみ。地元は150円、地域の共同湯ながら350円で旅人も入浴可能だ。

伊豆山温泉 走り湯浜浴場
住所   静岡県熱海市伊豆山579-37
営業時間 14:00-20:00
定休日  木曜日
泉質   カルシウム ナトリウム 塩化物泉

海岸線まで目前だ。

走り湯の手前にある走湯神社に到着。

走り湯

走り湯は、今から約1300年前に発見されたという全国でも珍しい横穴式の源泉だ。発見したのは文武3年(699)伊豆大島に島流しにあった修験者・役小角。ある日、伊豆山海岸から五色の湯煙が上がっているのを見つけたと云われている。

山腹から湧き出た湯が海岸へと飛ぶように走り流れるさまから「走り湯」と名付けられた。

自然への畏怖・恩恵が信仰を生成し、その信仰によって自然の保全がされる。信仰は文化・社会環境を生成し、文化・歴史に触れる事によって自然に向き合うことになる。つまり、人の営みはジオパークと言える。

修験道(古道)を歩いていると己に縛られず、周囲(自然)のことを考えるようになる。ひとりで歩いても同行者がいるような。修験道を歩いて辿り着いた一つの答えだ。

伊豆半島一周する令和の伊豆峯次第、無事に完歩。抖擻(とそう)といえるのか、お陰様でこの一年で器を作り変えられたように感じる。まだ始まったばかり、次のフェーズがはじまる。

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