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EP019. 娘さんはもちろん、あなたも頑張っていますよ

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「お母さん、今日も無理だよ。」

「学校に行けば友だちもたくさん待ってるよ。」

「でも今日も本当に無理。」

「今日も痛むの?」

「うん、痛いの。」

私の娘は生まれた時から股関節に問題がある。
学校に行けなくなるほど酷く痛むことがあって週の半分は学校を休んでいる。以前は週に一日休む程度だったのに、少しづつ歩けない日が増えて来た。
主治医の話によると、股関節の骨を削る手術が必要らしい。この手術は切開部が大きく出血も多くなるので、娘に十分な体力がつくまで成長するのを待つ、それまでは「無理をさせずに、そして焦らずに長期的に考えて」と言うが、この調子で症状が重くなったらどうなるかと考えると眠れなくなる。

娘は学校が大好き。
学校へ行くことが楽しみで友だちに会いたくて仕方がない。
その娘が学校へ行きたくないと言うくらい足が痛いのだ。
小さなカラダで痛みと戦っている娘を見ると辛くなる。でも、一番辛いのは娘だと自分に言い聞かせて、また娘と向き合う。

「そっかぁ、それじゃ仕方ないね。今日はお母さんと勉強しよっか。」

今はまだ小学校の低学年なので私が教えていてもなんとか学力は補えているが、この先いつまで私が教え続けられるかは分からない。

勉強がひと段落ついたところで娘に聞いてみた。

「ねぇ、足が良くなったら何をしたい?」

「うーん、私はお絵描きをしたいな。」

「お絵描き好きだもんねー。」

「お山とか、海に行ってお絵描きしたい。木に登ったり、岩に登ったり、いいところを探すの。だから早く足が痛くならないようにしたいんだ。」

健気な娘の言葉に心が痛む。少しでも痛む頻度を減らしてあげたい。今すぐにどこへでも行けるようにしてあげたい。

「お母さん、少しキッチンで用事をしてくるね。」

「うん、じゃぁ私、絵を描いててもいい?」

「もちろん。すぐ戻るからいい子でお絵描きしててね。」

そう言って、私はキッチンへ向かった。

「さて、どんな絵が描けたかな?」

しばらくして娘の部屋へと向かった。
ドアを開けると様子がおかしい。

「んー、んー…。」

「どうしたの!?」

「痛い、痛い…、痛……。」

「足が痛むの?」

「痛い…、お母さん、お母さ…。」

娘が気を失った。

今までこんなことはなかった。
どうすれば良いかが分からない。
大パニックだ。

とにかく救急車を手配して、すぐに主治医の病院へ連絡した。

救急車に乗せられて病院へ着くや否や、娘はレントゲン室へ運ばれた。

「もう少し体力をつけてからと思っていましたが、前倒しですぐに手術をしましょう。」

レントゲンを見ながら主治医が言う。

私はどうすることもできず娘を主治医に預けることしかできなかった。
娘がストレッチャーで運ばれていく。
元気な顔をこちらに向けて楽しそうに学校へ向かう娘の顔が頭を過る。
私はへなへなと手術室前のベンチに座り込んだ。

いつから悪化したんだろう。
どれほどの痛みに耐えていたんだろう。

「私が無理をさせちゃったんだ…。」

突然のことでどうすることもできなかったけど、どうすることもできない自分に腹が立ち、その腹立ちのやり場がなくて、自分を責めるしかなかった。
涙が溢れてきた。

私は、足が痛くて学校にいけない娘の気持ちを考えていた。
絵を描きに海や山へ行きたくても足が痛くて行けない娘の気持ちを考えていた。

無事手術が終わって傷が癒えたら、娘が生きたいように生きさせてあげよう。何でも好きなようにさせてあげよう。私が娘の足代わりになって、行きたい所へ連れて行って、やりたいことをやらせてあげよう。そう決めていた。
どれくらい時間が経っただろう。時計を見るともう3時間ほど経っている。
ほどなく手術中のサインが消えて手術室の中から主治医が出てきた。

「手術は上手くいきましたよ。安心してください。数日ICUで様子は見ますが、これで症状は安定するでしょう。後は時間薬。しっかりリハビリに付き合ってあげてくださいね。」

「先生、私が無理させたばっかりに…。ちゃんとしていなかったばっかりに…。」

「何言ってるんですか。」

「でも、でも…。」

「しっかりしてください!娘さんはもちろん、あなたも頑張っていますよ!」

主治医は一喝した。

「お母さん、自信を持って。あなたが無理をさせた訳じゃない。それは十分に分かっています。落ち着いて。娘さんは大丈夫ですから。」

「先生…。」

自分が頑張っているなんて考えてもみなかった。
娘の事ばかり考えていて自分のことは見えていなかった。
自分を責めることはあっても、自分を労うことはなかった。

「私も頑張っているんだ…。」

何も恥じることはない。
ちゃんと母親をやれている。

「後悔のないようにあの子をしっかり育てよう。」

主治医の言葉で力が湧いてきた。
勇気が湧いてきた。
自信が漲ってきた。

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