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一息つきたいそんな日に【わたしと山猫 物語 vol.2】

どう足掻いても行き詰まるそんな日。
2時間車を走らせて辿り着いた場所で一息つく。
行き詰まるときにこそ、休んでもいいじゃない。

頭の中が煩雑としている。

あれもして、これもして。
あれもしたい、これもしたい。
あれはどうだったか、これはどうだったか。

体は一つでも、あらゆる情報は容赦なく頭の中で飛び交っている。
そんなぐちゃぐちゃ具合でも、一つだけ、今日は決まっていることがある。

目の前に佇む真っ白な建物。石柱には〈山猫瓶詰研究所〉と彫られている。本日のお目当ての場所だ。
外壁に反射した陽の光が背筋を伸ばした。深呼吸をして店の扉に手をかける。

扉を開けると視界に飛び込んでくる色鮮やかな瓶詰に雑貨。
しかし、今日は目移りなどしないで、奥へと続く段差に足をかける。
コーヒーの香りとチェロの音色。少しほの暗いカフェの空間。

「一人なんですけど」

顔の隣で人差し指を立てる。カウンターの小窓から顔を覗かせる店員は、ふんわりと光が差し込む窓際のテーブルを勧めた。

四人席の広いテーブルを独り占めする。なんだか特別な気分だ。
もう一度深く息を吸う。珈琲の香りを肺いっぱいに入れてから、メニューを開く。

規則正しく並んで写る色とりどりのマフィンたち。期間限定の季節のマフィンなんてものもある。
どれも美味しそうだ。いや、しかし。今日は頼むものをもう決めてある。
テーブルの上のベルをリン、と鳴らす。

「PoTaLaとホットコーヒーをお願いします」

PoTaLaポタラ。米粉とサツマイモのカタラーナ。
カタラーナがいったいどんなものかと言われると、正直知らない。

ここのカタラーナは冷たいスイートポテトのような、あるいは濃厚なお芋のアイスプリンのような。
一言に形容しがたいスイーツ。しかしこれを求めて2時間かけて来たのだ。

ここで、このスイーツと一緒に、一息つくために。

依然として頭の中は、情報が散乱してぼやぼやとしている。
あっちやこっちや動き回る思考。でも、肝心なところは詰まって微動だにしてくれない。

好きなことが圧倒的に得意なことで、行き詰まることなく進められたら、どれだけよかったか。
現実、好きなことは思っている以上に行き詰まる。むしろ、どうでもいいと思っているものより行き詰まる。世知辛いものである。

がむしゃらに、やけくそに、突き進むこともできるのだろうけど。根性でなんとかすることもできなくはないんだろうけど。どうやら自分にはそういうのは合ってないらしい。

行き詰まったらどんなに焦っても、ぴくりとも動いてくれないのだ。

そこで辿り着いたのが、休むことだった。

お待たせしましたと目の前に置かれるPoTaLa。
ホットコーヒーの香りが鼻腔をくすぐる。
下がっていた口角が自然と上がっていくのが分かる。

そう。これを求めていたのだ。

ぼやぼやした情報を一度雑に箱にしまって、お目当てに集中する。

今すぐPoTaLaにフォークを入れたい気持ちをぐっと堪えて、まずはコーヒーに口をつける。
苦みよりも先に広がるのはフルーティーな香り。舌の奥で紳士の顔した苦みがそっと寄り添うようにゆっくり滲んでいく。

喉を通っていく音が休息の始まりを告げる。

そうそう。この時間を求めていたのだ。

繊細な飴細工にサブレ。崩すのがもったいないもののそんなことは言ってられないので、フォークで突いて少しずつ崩していく。

飾りだといって先に全部を食べもしない。後回しにもしない。ショートケーキの苺は最初か最後に決めても、こればっかりは一緒に食べるのが個人的正解である。

それぞれを少しずつのせて口の中へ運ぶ。

とろりと口の中で溶け、優しく広がる濃厚なサツマイモ。サクリとした香ばしいサブレの食感。パリッと甘い飴細工。サツマイモの甘さを引き立たせる塩味の効いたクリーム。

平常を保とうとする間もなく、表情筋が緩んでいく。

間に挟むコーヒー。そして、またPoTaLa。
口の中でサツマイモの甘さが一口目以上にぶわりと広がる。

たまらない時間がチェロの音色と共にゆっくりと流れていく。

まだこれといって打開の光が見えたわけでもない。
行き詰まった中に小さな隙間を見つけたわけでもない。

今こそ探すときだろう。そんなときこそ、休んでやる。
自分にちょっと待ったと言ってやる。
私とお茶しない?と誘ってやる。

どんなに闇雲に探しても見つからないものは見つからないのだ。
それなら、一度休んだっていいじゃないか。

早めの一休み。
張りつめていたものを解してもう一度向き合う準備運動。

自分なりの急がば回れというやつだ。

一度、溶けてしまえばいいのだ。
悩みも焦りも全部。
そう、このPoTaLaのように。

なんて。

とろりと溶けて、滑らかに広がって、消えていく。
優しくて甘い香りとふわふわとした幸福感だけ残して。

気づけばプレートの上は綺麗さっぱり、すべて胃の中へ運びきってしまったらしい。
満たされている感覚と少しの名残惜しさが顔を出してくる。
壁に掛かった時計に目をやると、針は思った以上に進んでいた。

残っているコーヒーを飲み干して、深く息をする。

休息が終わる。

席に着く前とは打って変わって、すっきりとした頭の中。
雑にしまった情報たちを一つ一つ引き出していこう。
今ならきっと大丈夫。

店のドアベルを鳴らす。
最後にもう一度深く吸って、沈むように息を吐く。

今度ここに来るときは、打開できたご褒美かな。
長期戦になったら、もう一度、一息つきに来ようかな。
チェロの音色が心地よく耳に残る。



Model 栗野果林 Instagram(@maroooooonn)

撮影 脇中 楓 Instagram(@maple_014_official)

撮影地 山猫瓶詰研究所 lnstagram(@yamaneko_bin)
文章 橋口 毬花 Instagram(@marika.writing)


イワシとわたしの物語

鹿児島の海沿いにある漁師町、阿久根と枕崎。
そんな場所でイワシビルと山猫瓶詰研究所というお店を開いている
下園薩男商店。
「イワシとわたし」では、このお店に関わる人と、
そこでうまれてくる商品を
かわいく、おかしく紹介します。

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虫の居所が悪い休日。これではせっかくの休日がもったいないと、閃いたのはプチ旅行。「せっかくだから」を合言葉に二人は自分の機嫌を和らげていく。

イワシとわたしvol.16 虜になって食べて知って
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coming soon…

PoTaLaの魅惑の正体

coming soon…


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