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たい焼きを食べる、旅に出る【イワシとわたし 物語vol.17】

虫の居所が悪い休日。これではせっかくの休日がもったいないと、閃いたのはプチ旅行。「せっかくだから」を合言葉に二人は自分の機嫌を和らげていく。

何と理由はないけれど、どうも虫の居所が悪い。
せっかくの日曜日。せっかくの休日。
せっかくの時間を虫の居所に支配されたくはないので、ここはなんとしてでも機嫌をとりたい。

隣で読書に勤しむ彼女に目をやる。血のつながりなのか、彼女もどことなく表情が険しい気がする。

はて、どうしたものか。

少し首を捻って名案を思いつく。
隣の彼女をつついた。

「旅に出よう」

唐突な提案に一瞬きょとんとしてみせるが、「いいよ」と一つ返事で返してやる。

せっかくだから。

その言葉が左に海を眺めながら車を走らせた。

車を停めたのは鹿児島県阿久根市にあるイワシビル。
気になっていたものの住んでいる場所から離れていることもあって、また今度また今度と先延ばしになっていた場所だ。

店の前に佇むイワシの看板に出迎えられながら踏み入れた店内は、ふんわりと光が広がっていた。

迷いなくショップに併設された奥のテーブルへ二人隣り合って椅子に腰かける。

メニューを見ると大きく映るのは「たい焼き」の文字。

「イワシなのに、鯛なのか」

二人で首を傾げていると、「阿久根は鯛も有名なんですよ」と教えてくれた。
なるほど、納得である。

種類は「つぶあん」と「抹茶白玉」。
季節によっては、期間限定の味もあるらしい。

「何を食べる?」
「私はつぶあん」
「じゃあ私は抹茶白玉」

子供に戻った気分で二人でくすくす笑い合う。

たい焼きは小振りに見えて、思った以上に満足感のあるおやつだ。
小さな頃は一匹を食べきれなかったから、二人で半分こしていた。
どちらが頭側でどちらがしっぽ側かよく火花を散らしたものである。

注文してから焼かれるたい焼き。
次第に甘い香りが店内に漂い、鼻腔をくすぐられるたびに「まだかまだか」と口許くちもとが緩んでいく。

甘い香りと懐かしさを泳がせていると、ついに、たい焼きが一匹ずつ目の前に置かれる。

お皿に乗ったたい焼き。
食べ歩くのではなく、温かい店内でゆっくり座って食べるたい焼き。
つやりとした見た目にうっとりする。

たい焼きといえば、頭から食べるかしっぽから食べるか論争はお馴染みだ。
例に違わずこの二人も「どちらから食べるか?」とこそこそと話す。

「私は、頭。魚は頭からでしょう」
「私は、しっぽ。最後にあんこたっぷりな方がいいから」

さあ、まだほわりと温かさが残っているうちに、大きな一口。

一瞬サクッとしたかと思えば、もっちりとしたほんのり甘い米粉生地、口いっぱいに広がるあんこの優しい甘みに思わず口許が緩む。

「あんこたっぷりだあ」

一人は満足げ、一人は驚愕。
しっぽまでしっかりとあんこが入っているなんて。
嬉しい予想外にご満悦である。

「あっ、白玉出てきた!」

当たりでも引いた心地だ。

大人になれば食への余裕も違うのか、お互いに「一口どうぞ」とたい焼きを差し出す。
上手く分けれはしないから、そのまま口にたい焼きを運ぶ。

「美味しいね」
「そうでしょ」
「あんたが作ったんじゃないでしょ」

時折他愛もない話を交わしながらも、目の前のたい焼きに夢中になる。

ぴたりと手を止める。
お皿の真っ白なクリームに視線を落とす。

たい焼きに、クリーム。

たい焼きを焼いてくれた店員さんは「塩クリーム」だと言っていた。
甘いはずのクリームが塩味だなんて誰が思うだろうか。
しかし、好奇心には叶わない。

口許の笑みを抑えられないまま、たい焼きをそのままクリームへずぶり。

そして大きな口の中へぱくり。

クリームの塩味がじわりと広がったかと思えば、あんこの甘さがぶわりと襲う。
これはダメだ。
手が止まらなくなるやつだ。
時代は「スイカに塩」から「たい焼きに塩クリーム」へと移ろいでいく。
そんな平和な妄想が舌を包む。

気づけば、たい焼きも塩クリームもお皿から綺麗さっぱりなくなっていた。

「これはテイクアウトもするしかない」
「そうだね」

せっかくだから。

なんて魔法の言葉だろうかと思いながら、カウンターへ向かいたい焼き5個をテイクアウトボックスに詰めてもらった。

「帰ったら一緒に食べよう」

また子供に戻った気分で二人でくすくす笑い合った。

つぶあん3つに、抹茶白玉2つ。
家で待つ家族にお土産だと言っても、帰り道でさてどれだけ食べられずに生き残っているのか。

何個買ったかはここだけの秘密にしておこうと二人で悪戯に笑った。

「気分はどう?」
「うん、いい気分」
「よかったじゃない」
「そっちもね」
「このまま海にも行っちゃうか」
「いいね」

強張っていた眉間も和らいで、固く結ばれていた口許は緩んでいる。

せっかくだから。

軽くなった足取り。
二人の旅はもう少し続きそうだ。



Model 橋口悠花 Instagram(@yh_325no2)
      橋口彩花 Instagram(@3face_hariemon)

撮影 脇中 楓 Instagram(@maple_014_official)

撮影地 イワシビル Instagram(@iwashibldg)

文章 橋口 毬花 Instagram(@marika.writing)


イワシとわたしの物語

鹿児島の海沿いにある漁師町、阿久根と枕崎。
そんな場所でイワシビルと山猫瓶詰研究所というお店を開いている
下園薩男商店。
「イワシとわたし」では、このお店に関わる人と、
そこでうまれてくる商品を
かわいく、おかしく紹介します。

イワシとわたしvol.16 虜になって食べて知って
お目当てのおやつを買って、教えてもらった港まで足先を向ける。初めて出会ったあのときの衝撃から今、彼女は一つまた一つと見えてくる。

わたしと山猫 vol.1 少女が踏み入れた秘密の場所
枕崎の山奥へと進む少女はある店を探していた。
突如として現れるその店の不思議な雰囲気に少しの緊張を覚えながらも、ゆっくりと足を踏み入れる。

and more…

モデルインタビュー/オフショット

coming soon…

人気たい焼きを秘密

coming soon…


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