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エッセイ # 21 / GLAYに想いを馳せて

なんでだろう。
なんでいきなり、BELOVEDが聴きたくなったのだろう。

さっきまで"シャイトープ"の「pink」を永遠と聞いていたのに。

こういう時って絶対に何か意味があって、せっかくだから
BELOVEDを聴きながらGLAYに想いを馳せてみた。

書き終えた頃には、何かにつがることを、少し期待して。

確か私が小学5年生くらいの時、母親の影響でGLAYの大ファンになった。
それまではKinkiの剛だ光一だってわーきゃーしていた私がGLAYという化粧をした色気のあるお兄さんにハマったことをきっかけに、一つ大人になったようなちょっと恥ずかしい自分を思い出す。

BELOVEDは確か何かのドラマの主題歌で、それをきっかけに母はボーカルのTERUが大好きになった。母親と名古屋のダイヤモンドホールに3回ライブにも行った。

ちなみに私はベースのジローちゃんが大好きで、寝ても冷めてもジローのことを考えていたし、ジローのプロマイドを美容院に持っていき同じ髪型にしてもらったりもした。

私は人を好きになるといつも、その人に可愛く思われたいとか、好かれたいよりも、その人になりたくなってしまうし、その人と同じ気持ちになりたくなってしまうんだ。それが現実であろうと、テレビの奥の届かない人であろうと。そのクセは今もまったく、変わらない。
3歳の頃からやっていたピアノもやめてギターに変えたくらいだ。

本当はジローと同じベースがよかったけど、通っていたピアノ教室では奥さんがピアノで旦那さんがギターを教えるスタイルだったのでとりあえずギターにした。

"ザ・テレビジョン"を買ってGLAYのテレビ番組は全て録画して、
とにかく学校以外の全ての時をGLAYにささげていた。
まあ、学校にいる時だってジローちゃんのことを考えていたけれど。


小学5年生の少女のお小遣いの使い道は、駄菓子代とGLAYを録画するための5本で1000円で売っていたビデオテープに消えていた。


毎晩、寝る前に布団に入って天井をぼーっと見ながら
GLAYが本当にどこかに存在するのかと信じられなような気持ちになる。
遠い遠い星の人という言葉は決して大袈裟ではなくて、
この人たちはちゃんと存在していて、この人達と仕事をする人がいて、
そんな彼らに関わっている人のことまでもGLAY同等に特別な星の人たちだと思っていた。

どこを自分の青春と呼ぶのかわからないけれど、
私の青春は確実にGLAYを好きだった頃のことだと思う。

GLAYと共にあった私の青春は小学5年生からたしか中学1年生の14歳
目前くらいまでだったと思う。なぜ覚えているのかというと、
中学2年生の頃にその当時「あの紙ヒコーキくもり空わって」で大人気となった、19(ジューク)をきっかけにGLAYを卒業し、エレキギターをアコギに変えて14(ジューシ)として文化祭のステージたったから。
それからは男子に、ジューシと呼ばれていた。

時はすぎ、

23歳になった私は名古屋から東京へ上京した。
練馬に1年すみ、その後はほぼ高円寺よりの中野に息子が幼稚園を卒業するまで住んでいた。

ある時instagaramを見ていたらHISASHIが高円寺で飲んでいる写真が
突如私のアカウントに流れてきた。忘れかけていた小学5年生の記憶が一気にブワーーーっと蘇り、夜な夜な天井を見ながら遠い星の人だと思っていた
GLAYのHISASHIがめちゃめちゃ近くにいるということになんとも言えないエモい気持ちになり、

「信じられないね、大人になるってすごいね」

そんなふうに心の中で5年生のえりなちゃんに話しかけたことを覚えている。

熱しやすく冷めやすいB型の私は、19を好きになって以降GLAYを聴いた記憶はない。でもなぜか大人になったある時からTAKUROを思うことがちょいちょいあった。

突然街でGLAYの曲が流れていたわけでもないし、テレビやSNSでGLAYを見かけたわけでもないのに、いきなりフワッと彼の顔が浮かぶ。

そしてなぜだか私は、自分が生きているうちにTAKUROと繋がれる日がくるような予感がしていて、それは私ではなく、夫の繋がりかもしれないし
私は真剣にそう思っている。
”そう思っているんだ。”と、以前私のお店で一緒に働いてくれていたアシスタントにも話したことがある。私がマジのテンションで言うものだから、彼女は返事に困っていた。

年を取ると不思議だ。
寝ても覚めても大好きすぎたのはジローちゃんだったのに、
今私がふとGLAYを思い出す時に思うことは
「TAKURO天才かよ。」だ。

小学5年生の少女にTAKUROの凄さわ分からないし、分かったらすごい。
TAKUROの本当の凄さは大人にしかわからない。
TAKUROが変わったわけではない、私が大人になっただけでトリックアートみたいだ。

GLAYはいつも突然私の中に現れる。

そして今日も、永遠にリピートしていた"シャイトープ"の「pink」にそろそろ聞き飽きて、音楽を止めて、薄暗い部屋でぼーっとしていた時に突然、
BELOVEDがフワッと現れた。

Youtubeで20数年ぶりにBELOVEDを聴いた。
いろんな思い出が蘇ったけれど、38歳の私が感じたことは当時とは全く違うものだった。

歌詞だ。


やがてくるそれぞれの交差点を
迷いの中立ち止まるけど
それでも人はまた歩き出す

巡り合う恋心 どんな時も
自分らしく生きていくのに
あなたがそばにいてくれたら
ああ 夢から覚めた今以上あなたを愛してる

"

今日のために小学5年生のえりなちゃんはGLAYを聴いていたのだろうか。

"自分らしく生きる"なんて考えたこともなかった、夢に満ち溢れた小学5年生のえりなちゃんは、大人になって"自分らしく生きる"ことができず、幸せなのに何をしても満たされない日々を過ごしていた。

"自分らしく生きる"ために、あなたにいてほしい。

これは今の私にとって子供のように叫びたいことだった。

誰に対してと言うわけではない。現実、SNS、私に関わる人全てにそんなわがままをわがままに、例え嫌われたってぶつけたかった。

今は、自分らしく生きるためにわがままだけどみんなに頼りたい。

でも、いつかは"自分らしく生きたい"という人の支えに私はなりたい。

さて、果たして私の未来にTAKUROと繋がるなんてことはあるのだろうか。未来は自分次第だ。


えりな


※当時の気持ちで書きたかったので呼び捨てですみません。


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