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終戦記念日によせて

 ゴオォ、と音がした。出勤前、歩いていると上空に飛行機が飛んでいた。思ったよりも近い場所を飛ぶ飛行機を見て、こうして空を自由に飛べるのは平和なんだろうと思った。お盆の真っ只中、電車はいつもより空いている気がする。いつもと変わらない日常。

 今日は終戦記念日。なんだか文章が書きたくて、noteを開いた。

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 帰省したとき、両親の結婚式や兄の生まれた頃のアルバムを見せてもらった。フィルム写真は保存の仕方がいいのか、ほとんど色褪せずに残っている。

 ふと、一枚の写真に目が止まった。いい写真だね、と思わずつぶやいた。ひいおじいちゃんが笑いながら、ひ孫である兄を抱いている写真だった。兄は今でこそ随分と成長したが、小さい頃はとても可愛らしく、妹の私からみても愛らしかった。そんなひ孫にデレデレな、ひいおじいちゃんの笑顔である。

 曾祖父母たちは戦中、満州に行っていたと父から聞いた。満州、という歴史の教科書で習った地名が、こんなにも身近に存在することに驚いた。彼らは戦争が終わり、日本に戻ってからは新たに土地を開墾し、農家として生きていった。

 平和を目指していく世界の中で、彼らは命をつないでひ孫を抱きしめた。その揺るぎない事実が、あの写真には込められている。

 私が小学生のころは、高学年になると仙台の歴史を学ぶといって仙台大空襲を調べた。子どもながらに戦争の恐ろしさを学んだ。原爆関係や戦争の様子など、今でも資料を見ることはできない。様々な気持ちに押し潰されそうになるからだ。

 今はそれが東日本大震災に置き換わっているという。小学生の間に、戦争のことを学ぶのは歴史の教科書のページをめくったときだけかもしれないと思うと、なんだか勝手に心配になってしまう。

 今ある平和が当たり前ではないこと、きっと誰もが知っている。それでも、自分のことで精一杯で、ニュースを見る余裕もなくて、いつの間にか変わっていく世界の様相から目をそらして生きている。

 今も争いは絶えない。私はそれを直視しないように、そんな時間ないんだよと言い訳をして目を背ける。それが、戦争へと続く道であることも、もうわかっている。声をあげることは自分にはハードルが高くて、沈黙する賛同者のように取られるのではないかとも怯えながら、現実逃避するように今を生きている。

 私が知らないうちに、知ろうとしないうちに世界は動いていく。あり得ないスピードでジェンガは崩れてしまう。じゃあ、私はどうしたらいいのか。ただの一般人は、どうしたらいいのか。

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 それでも、一般人にしか知り得ない平和を知っている。それは、あの写真だ。ひいおじいちゃんと兄の写真。大切な人がいる。守りたい人がいる。誰にでもそういう人がいる。だから私は戦争はしたくない。

 私の大切な人を守りたい。そして、大切な人の大切な人だって。そうやってつなぐ輪の中に弾かれる人はいないはずだ。自分の近くの人を守ろうとして、自分の遠くの人に目を向けず、大切な誰かを傷つける行為が戦争なのではないか。戦争はどんな理由であれ、自分の大切な人を傷つける行為だと思う。

恒久的な平和なんて歴史にはなかった。
だが何十年かの平和で豊かな時代は存在した。
要するに私の希望は、たかだかこの先数十年の平和なんだ。
だがそれでも、
その十分ノ一の期間の戦乱に勝ること幾万倍だと思う。

田中芳樹『銀河英雄伝説』より

 恒久的な平和を維持しようなんて心持ちはできないけれど、近くにいる人を笑顔にすることはできる。誰かを大切にすること、それはその誰かに関わる人たちを大切にすることだと思う。

 つらいときに声をかけあったり、思い出話を聞いて笑いあったり、そういうのが平和に繋がるんだと信じたい。

 大切な人がいること、その"大切さ"はどう守れるのか考え、行動すること。それが、私にできる精一杯の平和への一歩だ。

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