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【連載小説】少年時代#27

「母ちゃん!僕サッカー部に入ることにしたわ」

「はー?野球のユニフォーム買ってあげたばっかりじゃない!#&@!?,./.、」

「行って来まーす!もう決めたからー」

ポンタはヒステリックに何やら言ってる母を無視してランドセルを背負って家を飛び出した。


はざま君が家に二個あるからとポンタにサッカーボールを貸してくれた。

ポンタは『はざま』と書いてある擦り切れたサッカーボールで毎日家の前の道路で玉突きの練習をした。
そして毎日はざま君と松林公園でパスの練習をした。

一か月もすると玉突きは十回以上出来るようになり、野木先生がいつも土に指で書くパスや動きの練習も何とか付いて行けるようになった。


土曜日の練習、

「今日はコーナーキックの練習をする。俺が蹴るからヘディングで合わせろ!ゴールに入ったヤツから抜けていい」

と野木先生が言った。


コーナーから先生が蹴るボールは小学生相手でも容赦ないスピードだ。
野木先生は相手が子供だからと手を抜く様な事は一切しない。いつも真剣勝負で向かって来る。

ドスッ!

先生がコーナーから蹴ったボールはカーブしながら風切り音を立てて飛んで来る。

チームのエースの古賀君はボールに向かって頭から突っ込んだ。
古賀君のヘッドに当たりボールはゴールの上隅に飛び込んだ。

"あんな速いボールに頭から行くなんて、、怖い、、"

ポンタはビビっていた。

いよいよポンタの番が来た。

ドガッ!シュルシュルシュルー!』

「うわーッ!」

ポンタは頭から行くどころか目をつぶって避けてしまった。


部員達は次々とヘッドでゴールを決めて抜けて行く、、

五人、四人、三人、と減って行き、とうとう残り二人となった。

残った二人はポンタと身体の一番小さい松本君だった。

野木先生はサッカーを始めて間もないポンタと小さい松本君に対してもキックを緩める事はなかった。


ドスッ!

ドガッ!

ポンタは頭で合わせようとするがボールはすり抜けて行くばかり、野木先生の速いボールへの恐怖心にどうしても目を閉じてしまう。

ゴールを決めた部員達は周りで残った二人を黙って見ている。

もう何十球目だろうか、日が傾き始め校庭が薄暗くなって来た。

"そろそろ終わりにしてくれるだろう"

ポンタは思っていた。

でも先生は黙々と蹴り続ける。

"もういいやろ!終わりにしてや!"

ポンタは涙が出そうだった。そしてもう一人残っている松本君を見た。

松本君は泣いてなかった。
先生の蹴るボールを見つめて小さい身体で思い切りジャンプする、でもあと少し届かない。低いボールに身体を投げ出すがあと一歩間に合わない。
顔も身体も砂まみれになりながら必死に頑張っていた。

そして遂に野木先生の低い高速ボールに顔面から飛び込んで松本君が決めた。


残ったのはポンタただ一人。
ポンタは泣きながら『もう終わりにして』と黙々と蹴り続ける野木先生を見つめて懇願した。

でも先生は全く蹴る事をやめない。

すると、

ポンター!がんばれー!

黙って見ていたはざま君が叫んだ。


『がんばれ!』

『絶対できるぞ!』

他の仲間達も次々にポンタに声を掛け始めた。

辺りはすっかり日も落ち暗くなっていた。

ポンタは暗さと涙でボールがほとんど見えなかった。

『決めろー!』

『諦めるなー!』

みんなの声援は一段と大きくなった。


"早く決めた古賀君やはざま君達は僕のせいで長い時間待っている。なのにみんな僕を応援してくれている。
野木先生は何本も何本も僕だけの為にボールを蹴ってくれている。
よし!勇気を持って飛び込もう!"

ポンタは覚悟を決めた。


ドゴッ!シュルシュルシュル!

野木先生の蹴ったボールは火の球の様にポンタに襲い掛かって来る。

"ボールが頭に当たるまで絶対に目をつぶらないぞ!"

ポンタはしっかりと目を見開きボールに突っ込んだ。


ゴンッ!

ポンタの広いオデコにボールが当たった。


ドサッ!!

そして反動で背中から地面に落ちた。

仰向けに寝転がっているポンタにボールの行方はわからなかった。


ポンタのオデコに当たったボールはゴールネットに突き刺さり、所々空いていた穴から外に転がり落ちた。


「やったー!!ポンター!!!」

はざま君や仲間達が叫びながらポンタの周りに駆け寄って来た。


「ポンタ!大丈夫か?」

ポンタを上から覗き込みながらはざま君が言った。


「よくがんばったぞ!」

野木先生は仰向けに寝ているポンタに手を差し出した。そして暗闇でもわかる真っ白い歯でニヤリと笑った。


首を少し左に向けると夕闇の中に三上山の頂が見える。

"やればできるんだ"

ポンタは思っていた。


つづく

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