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Tarte fine aux pommes 後編

日本のレストランで働いていると、スタッフが多かったり規模の大きなお店でもなければ、たいてい最初のポジションはデザートの担当になる。
ぼくの知る限りこれはフランスも同様で、お店を移るたびに早く料理のポジションに行きたいな、と思ったものだった 。
ところが最後に働いたこのオーベルジュでは、最初から料理のポジションに配置してもらうことができた。

ミシュラン1ツ星ではあったけれど、日々目にするデザートがあまりにも魅力的に映り、ぼくは料理よりもそちらが気になって仕方がなかった。
当時としては目新しいものを次々と作っていたし、どれも本当に美味しかった。
またデザート担当は、他にも常にプチフール(お茶菓子)を何種類も作っていただけでなくアミューズ(前菜の前に出す突き出し)まで担当していて、一口サイズの フォアグラのクロケット(コロッケ)とか、これがまたとても美味しい。

明らかにレベルが突出した印象のデザート部門だったけれど、何よりも一番の驚きは、担当がたった1人の若者だったこと。またそのシェフパティシエは、当時まだ23歳という若者だった。

どう考えても料理に配置されているスタッフ数、仕事量と比べてもおかしいし、ミシュラン1ツ星を取っているほどだからデザートも決して作り置きや簡単なものばかりでもない。
にわかには信じ難い仕事量を信じられない早さで彼がやっていたわけだけれど、それでも何か工夫がたくさんあるに違いないと思ったぼくは、料理のシェフにお願いをしてデザート担当へ移動させてもらった。

彼の仕事には圧倒されたし、毎日ずっと「vite!vite!vite!(急げ!急げ!急げ!)」と言われ続け、事あるごとに「Ce n'est pas la peine、nishi!(お前、もういらない!)」と何度も叱られた。
それでも彼の下で働くのは本当に学ぶこと、得るものが多くて楽しかった。
この時点では、日本へ帰って自分が何屋さんをするのかも決めていなかったけれど、仮に料理屋さんでなくテイクアウト業態(パン屋さんに限らず)になったとしても、タルトフィヌ・オ・ポムは必ず作ろうと決めた。

お店を辞めるとき、「日本に帰るときには、必ずこれを買って帰れ」と渡してくれたメモには、彼がお薦めする書籍のタイトルが書かれていた。

LA PÂTISSERIE DE Pierre Hermé
gaston LENOTRE DESSERTS TRADITIONNELS DE FRANCE
Les Pains et Viennoiseries de l'ECOLE LENÔTRE

教えてもらった通り、買って帰った。
そして、これらは店をやってからとても役に立った。

ピエール・エルメさんの 『LA PÂTISSERIE DE Pierre Hermé 』は、フォションのシェフを辞められるころに書かれたものだと思うけれど、この本でぼくは初めて PÂTE FEUILLETÉE INVERSÉE (逆さ折り込みパイ)なるものを知った。

当時は、まだ日本語訳されたエルメさんの書籍や記事もなく、フランス語辞典を片手に訳そうとしてかなり混乱した記憶がある。
そもそもパイ生地を作るのに「バターでデトランプを包む」という概念がまったくなかったぼくは、しばらく???だった。
ようやく理解し、それでも疑心暗鬼になりながら作ってみるとこれが軽くて香り良く、とても美味しかった。
このとき以来、ぼくはパイを作るときにはアンヴェルセ(逆さ折り込みのこと)にするようになった。

もちろん、タルトフィヌ・オ・ポムの生地もこれを使用している。
(いまも作り方を変えていなければ、だけれど)

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