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読書記録『欧米探偵小説のナラトロジー』前田彰一

 ドイツ・オーストリア文学と文学理論を専門とする著者が、推理・探偵小説を題材に探偵小説の創出期から発展を俯瞰しつつ、一般文芸との違いや一致点を考察した研究書。
 ナラトロジーというのは「物語論」のことだそうで、序文によれば物語の表層構造(テクスト)から深層構造(主題や意味)を解釈する学問上のツールなんだそうだ。

 内容はE・A・ポーから始まった推理小説がコナン・ドイルに継承され、クリスティやチェスタトン等の作家によって本格化して行く中で、物語の構造がどう変化していったか、というようなものになっている。
 この本には「ジャンルの成立と「語り」の構造」という副題がついているのだが、これは最後の章で「ハードボイルド」を取り上げるに当たって、それまでの物語の構造とは大きく違うものに変化したハードボイルド小説のために付けられたのではないかと思う(個人的にはこの最終章が読みたくてこの本を手にとった)。

 文学理論の研究書などというと、それだけで何やら面倒さそう、難しそうで、読むのを避けがちになるわけだが、この手合いの本というのは基礎知識があると思ったより面白いものになる。要は探偵小説ファンで、それなりに読んで楽しんできた人が読むと、「なるほど!」と感じるところも多いということだ。
 僕は十代の頃に散々読み漁ってきたので、それぞれの比較が面白くて、勉強になった。

 残念ながら日本の作家の作品は対象になっていないのだが、例えば日本の推理小説と欧米の探偵小説との変遷の差異とか、同時代の日米純文学作品の比較と推理小説作品の比較とを比べて、差異を測ってみるなども面白そうだ。
ハードボイルド以降にあっては、日本のハードボイルド小説がどう影響を受けたかを踏まえた上で、文化的土壌による差異が発生しているかどうかなども研究したら面白そうではある。
 僕としては研究者が散々苦労を重ねた結果、手にした果実の美味しいところだけをちょろっと齧ることができればもう満足だから、あとは研究者に頑張ってもらう他はない。

 それにしてもチャンドラーやハメットが、彼ら以前の叙述モノにこんなにも批判的だったとは思いもしなかった。
 確かに「君たちはどこからどうやって出てきたの?」というくらい、それまでとはバッサリ分断されているような感じがあって、以前から不思議には思っていた。
 ともあれ少し賢くなった気分で、非常によろしい。


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