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アンソロジー2冊(読書記録)

 短編小説のアンソロジーをまとめて2冊、一気に読んだ。
 アンソロジーはお菓子の詰め合わせセットみたいなもんで、未読の作家の作風が手っ取り早く知れて、都合がいい。
 アメリカの短編小説文化と比較したときの、日本の短編小説についてはいろいろと思うところがあって、仮説の検証みたいな気持ちもある。
 ともあれそれぞれの作品は興味深く、自分の好みの境界も感じ取ることができた気がする。

『短篇集』 ヴィレッジブックス

 翻訳者の柴田元幸氏が作る雑誌『モンキービジネス』に掲載された短編小説と、寄稿した作家による書き下ろし作品のアンソロジー。
 日頃から翻訳することで欧米の短編小説に触れている柴田氏の目線で選ばれたのだとすれば、そういった作品群と似た佇まいや香りのするものが選ばれているのだろうと予想していた。
 それは半ば当たっていたし、半分は外れていた。
 日本の作家の書く短編小説らしさが随所にあって、正直に言ってしまうと読後感は良くなかった。
 そもそもはブックデザインがクラフト・エヴィング商會のものだったから読んでみた部分もかなりあるので、文句の言い所はない(クラフト・エヴィング商會も寄稿しているわけだし)。
 その何となく選んだ偶然から日米の短編小説を比較しながら考える(読む)ことに気づいたので、読んで損はなかった。

 収録作家は、小川洋子、円城塔、戌井昭人、柴崎友香、栗田有起、石川美南、Comes in a Box、クラフト・エヴィング商會、小池昌代の9氏。


『Voyage 想像見聞録』 講談社

 こちらは今年の6月に出版されたばかりの短編アンソロジー。
 初出はすべて今年発売の小説現代に掲載されたものだ。
 コロナウイルスの蔓延の最中に、小説家がどのような物語を描くのか。そこに興味が湧いた。
 同時代の実情に否応なく影響を受ける宿命の現代小説にあって、コロナウイルスの世界的な流行は避けて通れないものになった。
 マスク、外出の自粛、リモートワーク、すべてが人間同士の緩やかな分断に繋がる。人間同士の接触、接点、交歓によってフィクションである物語は読者にそれまで知り得なかった世界を提供するものなのに、今日的な世界を踏まえた上で小説は一体どうするんだろうと。
 このアンソロジーでは「旅」が通底するテーマになっている。
 国内、海外を問わず、旅に出ること自体がほぼ不可能になってしまったコロナの渦中にあって、「旅」をテーマにするのも挑戦的だ。
 作品は現実的な「旅」から発想を広げ、未来の宇宙を舞台にしたものから、天変地異に見舞われた未来を舞台にしたもの、パラレルワールド的にコロナなど世の中に起きていない体で登場人物の心の内を描いたものまで、様々だった。その様々な具合が逆に、いま小説を書くことの難しさ——その中で生きている人間を描かなければならないという二律背反を背負っている難しさとでも言うか——を表しているようにも思えて、作品そのものと同時に作家の迷いもかすかに嗅ぎとれたような気がした。

 収録作家は宮内悠介、藤井太洋、小川晢、深緑野分、森晶麿、石川宗生の6氏。
 恥ずかしながらどの作家も初めて読む方ばかりだったけれど、どの作品も印象的だった。
 好みとしては深緑野分さんの『水星号は移動する』に見える微かな希望がとても好ましく感じたけれど、小川哲さんの『ちょっとした奇跡』の予想通りの切なさも、石川宗生さんの『シャカシャカ』の不思議にねじれた感覚も印象的だった。

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