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『千夜千字物語』その5~出会いと別れ

「ねえ、おじさん。私といい事してみない?」
そう言いながら、突然目の前に女子高校生が飛び出してきた。
男は怪訝な顔でその脇を通り過ぎようとした。
「新手のパパ活かと思ってるんでしょ。違うから安心して」
そう言うと、いきなり男の腕に自らの腕を絡ませて、
まるでカップルのように歩き出した。
半ば強引に、彼女に引っ張られるように繁華街を抜けて駅へと向かった。
「変な男に着けられてるの。人助けだと思って…駅までだから」

何事もなく駅に着くと、
「ありがと。でも、若い娘とデートごっこできて楽しかったでしょ?」
そう言い残して改札へと消えて行った。

数日後、男が駅前のベンチでボーっとしていると、
「よっ、おじさん!」
と後ろから肩を叩かれた。
振り返ると、この前の女子高校生だった。
「悩みがあるなら聞くよ……なーっつって」
これ幸いと、男は悩みを話し始めた。
「冗談なんですけどー。ま、いっか」
近くのファミレスに場所を移して話を聞くことになった。

こうして、親子ほど年の離れた女子高校生と
中年サラリーマンの奇妙な関係が始まった。

二人が会うのはもっぱらファミレス。
互いに連絡先も知らなければ、素性もよくわからない。
話したいことがあれば駅前のベンチで相手を待った。
会えば愚痴や悩みをぶつけ合った。
相手のことを知らないからこそ、
家族や友達、同僚にも話せないことでも平気で話せた。
いわば、リアルSNSだった。

「前に話してた女性。親が倒れたとかで実家に帰らなくちゃならなくて、
 会社辞めちゃうんだ…」
「いい感じで会ってた人? いっそ告っちゃえば?」
「無理無理。玉砕が目に見えてるよ。
 万が一うまくいっても遠距離だし…
 もともと結ばれない運命…」
そう男が言い終わらないそばから、
「バッカじゃない!ただ逃げてるだけじゃん!!
 そもそも、私たちみんな流されてきたわけじゃない。
 自分の意志で選択を繰り返して、私たちだって出会ったんだよ。
 それを運命とか偶然なんて言葉で片付けてほしくない!
 今だって、“諦める”って選択してるじゃん」
そう女子高校生は吐き捨てた。
「これまでも運命という言葉に逃げて、
 それで後悔してきたんでしょ」

まさにその通りだった。

「わかったなら、さっさと電話でも何でもしてきなよ!」
男は小走りで店を出て、すぐに電話をかけた。
窓越しに必至な表情で電話しているおじさんを見ながら
「でも、その万が一になったら、もう会えなくなるのかぁ」
と寂しそうに呟いた。

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