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江戸っ娘の銀幕アルバム vol.2: 花様年華

『花様年華』(2000年)

あちこちでいい映画だといわれていたのでずっと見たかったのですが、待てど暮らせどAmazon Primeでは無料にならず、まちくたびれていた今日この頃・・・
ウォン・カーウァイ監督作品がリバイバル上映されると聞き、時間を調べ、早速見に行ってきました!
Primeで見るのと比べると、よく考えれば費用的には高くつきましたが、それでも映画館で見られてよかったと思える作品でした。
ファンの多い監督の作品でもあるせいか、座席も近年の上映作品の中ではかなり埋まっていました。

上映が始まりまず驚いたことは、1960年代の香港が舞台なのですが、当時はまだチャイナドレスを多くの人が着ていたということ。日本の場合、高度経済成長期の画像などを見ても、すでにブラウスにスカート姿の人が多いのに、イギリス統治下であっても文化が大事に守られていたことに感銘を受けました。
だからと言って普段私たちが中華料理屋さんで目にするようなチャイナドレスではなく、モダンな柄・生地のチャイナドレスがファッションショーのように次から次へと出てくる。これを見ているだけでもとても楽しかったです。
また、これまではあまり真剣にチャイナドレスの作りを観察したことはありませんでしたが、よくよく見るとカラー部分がすっと立っていて、首が細く長く見えるような作りになっているんですね。こういう些細なところも民俗的な文化、何を美とするかという考え方が見えて勉強になります。
これはハイヒールと合わせてスタイルを良く見せられる点とも相乗効果を発揮しているように思いました。着物の場合はブーツは履けても、ハイヒールと合わせるのはなかなか難しいことを考えると興味深いです。

とはいえ、女性目線でうらやましく思うのは、ワンピース仕様なので、明日どれを着るか悩むことはあっても、トータルコーディネートとして組み合わせで悩むことがないのはいいなぁ、と思ってみていました(笑
意外とこれって、食事の献立と同じく、毎日のこととなると面倒なんですよね・・・
なので、現代女性でもワンピースは重宝します。

ファッションにずいぶん文字数を割いてしまいましたが、次に印象に残ったのが広東語の柔らかい音韻です。日本語もそうですが、九州や沖縄の方言は柔らかい音が多い気がします。これは南の方の言語に共通することなのでしょうか?
それはさておき、中国語というと S や C の音が強いイメージですが、広東語にはとがった音が少なく、これがまた映画全体の情緒と相まって、大人の男女の穏やかに移ろいゆく心情といい雰囲気を醸し出してました。
それと同時に、言葉にならない心情の部分をオーケストラの挿入曲やスペイン語の挿入歌を流すことにより、大人の本音と建て前がうまく表現されているなぁと思いました。
大人と言えども人間。心はありますし、理屈で割り切れないことも多い、でも一方で社会的な制約もある・・・そんなものを広東語の語調と音楽の間で感じました。

そして興味深かったのはカットです。長回しも長台詞もありません。淡々とピンポイントで二人の関係を表すところだけを切り取ってつなぎ合わせてある。でも、観ている側には二人の状況も周囲の変化もわかる。
カット割りもセリフの作りもとてもよくできていると思いました。
近年の映画やドラマでは長回し+長台詞で状況説明をすることで、観ている側が理解できるように制作する傾向にあるように思いますが、この常識をひっくり返されたような気がします。
一つには映される顔の数が少ないせいもあるかもしれません。主人公二人以外では、トニー・レオン演じるチョウの友人ピン、アパートの管理人・隣人くらいしか顔は出てこず、肝心の二人の伴侶は後ろ姿しか出てきません。これにより、一層主人公二人に意識が集中するように仕向けられているように感じます。
映画として何にフォーカスを当てるかという点に関わってくるのかもしれませんが、豪華キャストを並べられるよりもストーリーに集中できるという点でとても工夫が凝らされていると感じました。

また忘れてならないのが、二人の主役のうちの片方であるトニー・レオン。
実は一目見た時からずっと「見たことある感じがする」と思ってスクリーンを見ていたのですが、途中で気づきました。ファンの方にはご納得いただけないかもしれませんが、ジャニーズの錦戸亮さんとガレッジセールのゴリさんでした。お二人にも共通する優しげな雰囲気、錦戸さんがもつ母性をくすぐる繊細さ、そしてトニー・レオン本人がもつ色気、そういうものが全て混ざって、思わずスクリーンの前でドキッとしてしまうような演技が生まれているのだと感じました。
特に後半、「君はどうせ旦那と離婚しないんだ」と悲しげに話すシーンなどキュウッと胸が締め付けられてしまいます。個人的には全ての物語はこの一言のために作られたのではないかと思うくらい印象的なシーンです。
恐らく、男性が大切な女性が泣き出すと戸惑ってしまうのと同じように、女性は男性の心細げな雰囲気には弱いのではないかと思います。

最後に、語り継がれる「映画全体の美しさ」についてです。
実は鑑賞している間は上述しているようにファッションやカットなどに目が行っていたため、「前評判ほどじゃないかなぁ」と思ってました・・・。
でも、そんな自分を鑑賞後の今は説教したい気分です。
そうなんです、鑑賞後の余韻が半端ないんです!
別れた後にそれぞれが過去を振り返るシーン、男が全てを思い出として封印するシーンを経てエンディングを迎えるため、そのノスタルジーが観客にも伝播するのかもしれません。それでも、鑑賞後に主人公と同じようにストーリーを振り返ると本当に「素敵な時間を過ごした」と思うのです。
もちろん、一線を越えることなく、他人には言えない二人だけが知っている秘密の心の支えとして相手がいる、というシチュエーションによるところも大きいと思います。ただ、そこには乗り越えがたい感情の揺れが確かにあり、お互いにお互いを必要としていた時間が確かにあった、そういうものがこの映画を本当に美しいものにしているような気がします。

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