見出し画像

わたしは戦士

いつものように息子を寝かしつけていると、急に、今まで出会ってきた人たちの姿がばあああっと浮かんできました。

よくしてくれた人、そうでなかった人、悪意のあった人、自分をよく見せるために近寄ってきた人、掛け値なしで親切にしてくれた人……。

一瞬間しか触れ合わなかった多くのひとたち。
でも、本当にたくさんの人と出会い、そして別れてきたなぁとしみじみ思いました。

その一瞬一瞬の出会いの中にも、ゴタゴタがあったりきらめくような思い出があったり、思い返しても腹が立って眠れなくなるような悪意を向けられたり……。
なんだかわたしって、いままでの人生を戦い抜いてきたんだなぁ、と、ちょっとだけホロリ。


***

20代の頃は社会的にも精神的にも居場所が定まっておらず、色んな人と会い、別れ、という繰り返しだったので、人間関係においても激しい戦いが繰り広げられていました。

ところが、27歳で結婚し、30代の始まりとともに妊娠出産がやってきて、20代の頃からは考えられないような生活をしています。

これから先の人生を考えてみると、子どもの保育園入園やキャリアをどうするか、マイホーム購入、教育、夫婦の関係、2人目どうするか、この街でずっと暮らしていくための頼もしい仲間探し……などなど、生きていくための(そして大切な家族を守るための)戦いは一向に止む気配はありません。

きっと、戦場が変わるだけ。

20代の頃には苦しみながら、泣きながら戦っていた記憶があります。
本当は戦いたくないのに、もうこれ以上立ち上がれないのに、無理やりリングの上に戻されていた感じでした。

だけど、今の感覚はちょっと違っていて。
手持ちの武器の存在に気づき、どうやったらこれを効率的に使えるだろうか、と考え工夫しながら戦っている気がします。
しかも、夫と息子、そして友人たちという最強のセコンドを得て。

戦い方も変わりましたが、戦う目的も変わりました。
20代の頃は、襲ってくる色々なものから身を守るために「武装」していたような感じ。

だけど今は、自分の欲しいものを手に入れるため、そして先ほども述べたように家族や愛する人たちを守るために戦っています。

うん。わたしはたくさんの戦いを経て、戦士になったんだな。


***


そう言えば昨日、夫と「自分たちはどんな高齢者になるのかな?」という話になりました。

きっと夫は、今とそう変わらないスタンスで、セーターにスラックスなんか履いて、好好爺になっているのでしょう。
「定年退職したら、駅前の駐輪場を管理する仕事をやってみたい」とのことです。

そこでゲートボール仲間と出会うのかもしれないね、とおじいさんになった夫を想像して笑いました。

すると彼は「俺がどんなおじいさんになるかは想像できるけど、舞さんがどんなおばあさんになるかは想像できないんだよねぇ」と言いました。

そのときは「え〜、そうなんだ」と軽く答えましたが、この記事を書きながら「百戦錬磨の老戦士になるのも悪くないなぁ……」と思っています。




***



最後までお読みいただき、ありがとうございました!



この記事が参加している募集

#今日やったこと

31,220件

#今こんな気分

76,880件

いつもありがとうございます。 いただいたサポートは より上質な記事をお届けできるよう 大切に使わせていただきます♪ 新米母ちゃんを ぜひとも応援してください📣