本のフォントが気になったので、徹底的に調べてみたら、意外な事実が判明した。|後日談追記
2020.1.14. 一番下に後日談追記。
「読みたいことを、書けばいい。」という本を買った。
noteをはじめたことで、そもそも文章ってどう書くのかとか、わかりやすい文章ってどういうことなのかが気になっていたから。
学びたい欲求が出たときはすぐに行動に移すと吸収が違う。
だから買ったのに。
まず表紙からそうはさせてくれないのである。
なんだこのフォントは。
思わず読もうとする手をとめた。
まず、この「を」に注目してほしい。
タイトルの文字「読みたいこと」と「書けばいい。」と比較して、太さ(以下:ウエイト)は同じに見えるが、文字の雰囲気が異なっていることが分かる。
くるっとなってるこの部分。
ここだけ筆の流れを感じさせるような繋がりがある。
もし他の文字と同じルールで作るのであれば、こうするのが自然だ。
デザイナーさんがニュアンスを加える為に、アレンジして作った文字なのだろうか。「A1ゴシック」にも似てるけど「を」の形が明らかに違う。
というか並べてみると、他もかなり違う。
「た」
・表紙フォントの「た」は反時計回りに5°ほど傾いている。
・A1ゴシックの4画目が緩やかなカーブを描いているのに対して、表紙フォントはもう少しストレート。
・1,2画目の始筆部分の形状は表紙フォントの方がシャープ。
「け」
・表紙フォントの1画目の始筆が、外から内側に入るカーブではじまり、ハネはシャープで短い。
・表紙フォントの方が2画目の始筆部分と3画目の終筆部分がシャープ。
「こ」
・A1ゴシックの2画目がカーブを描いているのに対して、表紙フォントはもう少しストレート。
また「け」と「ば」を比較してみると、同じフォントでありながら1画目のウエイトと形が異なっている。ここまで異なるのも珍しい。
はて、一体このフォントはなんだろう?
上記の特徴のある文字を元に、画像検索にかけて調べてみたところ「NPGクナド」や「KOはるか」というフォントに行き着いた。
とても似ている。
惜しい。近づいてる気はする。
さらに惜しい。
ただ近いけど、まだ違う。
さらに調べる為に背景を探る
形を元にして調べるのは行き詰まってしまったので、次はこれらの文字の背景からみていくことにしたい。
「NPGクナド」は、石井茂吉の作った「石井ゴシック体」をベースに開発された書体ということが公式HPに書かれている。
石井茂吉といえば森澤信夫(モリサワの創業者)と共に写植機を発明し、写研を作った人物として有名だ。書体デザインにおける歴史を作った。
石井ゴシック体(1932年):写真植字の歴史の中で最も古いゴシック体。写植文字盤の特性を生かすように設計されている。筆で書いたような強弱を持つ柔らかい輪郭が特徴。 (参照:亮月製作所 書体のはなし)
一方「KOはるか」は「五號ゴシック体」から復刻した和字ゴシック体とある。
五號ゴシック体(1914年):東京築地活版製造所が製作を重ねた書体「築地体」のひとつで、日本で現在使われている印刷文字の源流となっている。
(参照:活字書体をつむぐ 『活字と機械』)
ということは金属活字から写植の時代をベースにした書体を調べていくと良さそうだ。
すると、関連して「太ゴシックB1」という名前を見つけた。
だが、名前は出てきても書体見本が一向に出てこない。
理由を知って驚いた。
「太ゴシックB1」は写植時代のモリサワの書体で、まだデジタル化されていない とのこと。
・・・
ん? デジタル化されていない!?
どうりで出てこないわけだ。
仕方がないので、写植時代の書体見本帳を手がかりに、探してみることにする。高解像度のものが手元になかったため、比較する「太ゴシックB1」のエッジが一部荒くなってしまっているが、試しに比べてみよう。
きた。完全に一致した。
他の文字も同様に比較する。
重ね合わせの一致具合からみて表紙のフォントは概ね「太ゴシックB1」で間違いなさそうだ。
ベースを「太ゴシックB1」で組み、一部のエレメント(要素)に拡大や回転の補正を加えて仕上げたものと思われる。(なぜ「た」のエレメントを回転させたのかはよく分からない。)
つまり、この本のデザイナーさんは「太ゴシックB1」を写植時代の書体見本を元に、アウトライン化して使っているのだ。(写植書体のアウトライン化サービスを使ってる?)
デザインするときにオリジナルの文字やロゴを作ったりはよくあるが、昔の書体をアウトライン化して使うのは、また違った凄さがある。
フォントへのこだわりをひしひしと感じる。
半端ない。
シンプルな装丁の中に、隠れた凄さを見つけてしまった。
太ゴシックB1 : 太明朝体A1と同じ頃に製作された角ゴシックのオールドスタイルである。横線の左右をワイドに広げ、たて棒もあたまを強く、下を広くした漢字と打ち込みの強いかなを揃えたこの角ゴシック体は、A1と共に写植書体の代表として一時期を風靡したことがある。(参照:MORISAWA80 写真植字書体総合見本帳)
今回、漢字書体見本は見つけられなかったため「読」と「書」は比較ができなかったが、同じく「太ゴシックB1」を使っているとされる以下の広告と比較してみると、文字のエレメントがよく似ている。
恐らく同じものだろうと推測できる。
今後詳しい資料を手に入れて調べてみたい。
少しすっきりした。
これでやっと読むことができる。
先へ進もう。
そう思った矢先、ゴリラにやられてしまう
ページをめくるとゴリラである。
意外すぎて言葉も出ない。
こんな問いから始まる本はみたことがない。
なぜこういう始まりなのかは、ぜひ読んで確かめて欲しいが、ここで使われているフォントも面白い。
「な」は反時計回りに少し傾き、「た」は少し右下がりで、1画目と3画目はくっつきそうな位置にある。本文中の強調表示の箇所は全てこのフォントだが、読んでいると不思議な違和感があって、目に留まる。
調べると、これは活字を元に作られた写植書体「かな民友ゴシック」か、字游工房の「游築初号ゴシックかな W6」だと思われる。
“かな”のみの書体のため、漢字が必要なページでは以下のように「ヒラギノ角ゴシック体 W6」との混植にしている。
「ヒラギノ角ゴシック」はとてもオーソドックスな書体だが、特徴的な“かな”と組み合わせることで、文章の印象が大きく変わるのは面白い。
混植:和文と欧文、あるいは二つ以上の書体が混ざった版を組むこと。和文と欧文を混在させる組版を、特に、和欧混植と呼ぶ。
・・・と書いたが、実は上記の組み合わせが一つになった「ヒラギノ角ゴオールド」という書体も存在するのだ。
この似たもの同士書体の系譜が複雑だったので簡単にまとめてみた。
「かな民友ゴシック」は民友社の活字書体を写研が写植化したもの。
「ヒラギノ角ゴオールド」は「ヒラギノ角ゴシック」と「游築初号ゴシックかな」を組み合わせたもの。さらにそれらに似たものとして「游ゴシック体初号かな」と「游ゴシック体」の混植もある。
というのが僕の認識である。
なぜこういうことが起こるかというと、元を辿っていくと、東京築地活版製造所の活字母型を民友社、藤田活版製造所が継承しているからのようだ。
活字母型:活字を作る際の元となる型のこと。
そして扉を開くとそこには
大きく章のタイトルや重要な言葉が書かれているが、ここは本文の強調で使っているフォントとは異なる。
「た」の3画目は1画目とくっつきそうな位置にあり、「め」の1画目終筆は2画目を貫通せずに止まっているなどの特徴がある。
これらは表紙フォントの比較で登場した「NPGクナド」の特徴と一致する。
組み合わせている漢字は「游ゴシック E」である。
「游ゴシック」は縦棒の始筆は少し斜めに始まり、うろこが弱く、横棒の抑揚はほとんどない特徴を持つ。
角にごく小さな丸みがあるので、柔らかで穏やかな表情を持つ角ゴシック体だ。
ちなみに本文は
漢字が「リュウミン L KL」で、かなが「リュウミン L KO」である。
「を」「れ」「も」などの形状が特徴的だ。
かなにオールド系の書体をいれることで他の書体との共通性を持たせ、全体としてまとまりを作ろうとしている。
使用フォントのまとめ
まとめると調べた結果は以下の通りである。
■表紙タイトル
太ゴシックB1
「た」「ば」「句読点」のエレメントを微調整?
■本文 強調部分
漢字部分:ヒラギノ角ゴシック体 W6
かな部分:かな民友ゴシック
もしくは
漢字部分:ヒラギノ角ゴシック体 W6
かな部分:游築初号ゴシックかな W6
もしくは
ヒラギノ角ゴオールド W6
■扉ページ
漢字部分:游ゴシック E
かな部分:NPG クナド W550 ss02: Popularly
■本文
漢字部分:リュウミン L KL
かな部分:リュウミン L KO
文章を学ぼうと思って買った本で、フォントを学ぶことになってしまった。
フォントの魅力は恐ろしい。
本の感想は多くの人が書いているのであえて書かないが、僕は楽しんで読めた。内容気になる方、フォントをじっくり見てみたい方は買って読んでみてほしい。
-----2020.1.14 19:30 追記ここから
僕のフォント愛とそのど変態ぶりを世間にさらけだした訳だが、予想以上の反響をいただき驚いている。
多くの方に伝わっているようで本当に嬉しい。
実はこの記事を書くと同時に、この本をデザインされたブックデザイナー 杉山健太郎さんにメールを送っていた。
ふぉんとはどうだったのかを知りたかったからだ。
先ほど連絡がついたので、内容を一部ご紹介したい。(ご本人に確認済み)
(メールより抜粋)
さて、書体ですがnoteに書いて頂いた通りで間違いありません。
ちなみにモリサワB1ゴシックは、アウトラインサービスを使っています。
「た」は下に下がる形より、横に広がっていくような形が今回はバランスが良いと判断し、少し触りました。
(中面も含めて、本全体が中央の重心を意識しているのです)
とのこと。
間違いの無いようにできる限りちゃんと調べたつもりではあったが、実際に全てのフォントが当たっていると聞くと驚く。そして嬉しい。
しかも「た」の触った箇所まで当たっていたとは。
「表紙、中面含めて中央の重心を意識したレイアウトのため、バランスを考え、「た」のエレメントを調整した」というのは杉山さんから聞いて納得。
デザインする時にそういう視点で物事を見て、アウトプットするのかと勉強になった。
今回、この記事を書いたことで著者の田中泰延さんや、編集の今野良介さんにも取り上げていただいた。
知的好奇心を刺激する良い本を出していただき、ここに感謝をお伝えしたい。
-----追記ここまで
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