ゼロとイチのこれから
移動は人を成長させる。
真剣に武器を操り敵を打ち倒していくうちにふと気づいた。
タイミングをはかり、距離をとり、冷静に適切なボタンを渾身の力をこめて、押す。
「ちょっと何で!?」
「押した!押したよ!ちゃんと〇ボタン押したのにあーもう!」
残酷にもゲームオーバーを告げる画面に向かって叫ぶこともある。一昨年だったか、一度だけあまりにもできないものだからコントローラーを投げたことさえあったものだ。
これが四十二歳(同時)の姿か、と理性がただただ呆れはてるけれども、私の手は気がつけばまたスタートボタンを探っている。
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私はゲームがそこそこ好きだ。
恐らくゲーマーと呼ぶにふさわしい条件は取りそろえていない。称号などデジタルによる評価に過ぎない。ひとの肉体がちょうど魂の容れものでしかないように。
どちらかというとおとなになってからゲームをはじめた類だからか、「ゲームは一時間」の制約を課されることもなく、翌日が試験だろうが仕事だろうが深夜までゲームに興じたりもしてきた。
ずっとモニターの前に陣どってゲームプレイ。
まったく移動してないじゃないか、と思われるかもしれないが、そんなことはない。
ゲームの中で私は各地を駆けめぐって幾度となく世界を救い、行った先ざきで仲間と出会いそしてまた別れ、戻れない家路を惜しみつつ新たな地に根をおろそうとし、配達の苦難にもめげず雪山にのぼりさえした。
私が選ぶゲームはだいたいが主人公の旅だちからはじまる。
さいしょはとなり街ていどだが、だんだん遠くなり、地図の網目は細かくなっていく。
主人公、すなわち私はどこまででも移動していく。成長はその産物だ。
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そもそも移動をしないゲームってあまりないんじゃ、と思ったら結構あった。
昨年の春から大人気の「あつまれどうぶつの森」はほぼ移動をしない定住型だろう。
大好きな「ドラゴンクエストビルダーズ2」も本編をクリアしてからが本番という面があるが(よく言われることには本編がまるごとチュートリアル)、島をつくっていくために大きく移動をする必要はなくなる。
島づくり自体、コアなプレイヤーはともかくとして別にしなくても良い。移動や探索をしょっちゅうしないと進まない本編だけでも充分に楽しめるつくりだからだ。
ただ凝りだすとクリア後に素材あつめでよその島に狩りに行ったり別の島を持つことはある。
が、そのもう範囲は限られてくるため、いわゆる冒険のような移動には当てはまらないと言える。レベルアップはするけど新しいことができるようになるにはレベルはもう関係しない。
ほかには「逆転裁判」もそんなに移動しない……かと言うと微妙なところで、証言を得るためにあっちに行ったりこっちに行ったり意外と忙しい。
このゲームに限っては主人公ではなく、サブキャラクターが自分を立て直すべく日本を去るなどの展開があった。ただそれはゲーム内で細かく描写はされない。
そしてサブキャラクターが海外へ移動したその後、主人公は日本にいたままで成長していないかというとそんなことは決してない。
移動ということに焦点を置くとこのゲームはちょっとおいしいとこどりが上手なシナリオなのだと思う。
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上に上げたように例外も多々あるものの、たいていのゲームの主人公は、何だかんだと移動するものではないだろうか。
まず家から出て、街を後にし、他国へ赴く。宇宙に飛ぶことだってある。
移動する距離とストーリーの展開には密接な関係があるが、移動距離とプレイ時間とレベルアップは必ずしも比例しない。
たとえば、いま私が遊んでいるとあるゲームは「二十時間ぐらいでクリアできてしまう、全体のボリュームが少ない」と評されているようだが、私は既に四十時間はプレイしている。
何故か?
ちゃんと〇ボタンを押したはずなのにどういうわけか負けるからです。
私自身のゲームスキルはなかなか向上しないが、幾度も敗北と再挑戦を繰り返していけば必ず乗り越えられる。
上手な人だったらたった一回で勝ち、主人公のレベルをまた一つ上げられてやれるのだとしても、私はそうではない。
それでもしつこくねばっていればちゃんとレベルアップのファンファーレは流れてくれる。
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我がゲーム哲学といったら「すべてのゲームはクリアできるように設計されている」、これに尽きる。
〇ボタン押したはずなのにコントローラーめ、と怒り心頭に達しても、諦めず挑みつづけるなら先へ進める。物語のおわりに到達できる。
それまではひたすらゲームに適した操作の精度を高めていくしかない。主人公を移動させ最終地点まで導くために。
移動は人を成長させる、とはそういう意味だ。
正直なところ、私はゲームスキルよりもゲームセンスのほうを信じているので、ゲームがうまくなりたいと思ったことがない。下手の横好きを体現している自覚がある。
楽しめれば良いじゃないか。
コントローラーを投げる私の手も痛んでいるのだ。しかしほどなくしてその手でまたコントローラーを握りゲームをはじめる、そのくりかえし。
見た目での私は鎮座したまま、まったく移動していないが、内部では、だったらあそこでああして〇ボタンを確実に押せばいけるんじゃないか、と思考を巡らせている。
それでまた負けてしまったら、別の方法を模索するだけだ。
攻略サイトに頼るなどゲーマーの名がすたるというもの。
私はゲーマーではないがゲームをしているあいだだけその矜持を胸に秘めていたい。
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まあ何が言いたいかというと、移動することの辛苦に今は良い意味を持たせておきたいのと、そろそろクライマックスのゲームをなるべく低ストレスでクリアしたいのと、引っ越したらネット環境が整うまでゲームできないのがさみしいなということ。
そのぶん現実での移動が私を待っている。
引っ越しもそうだし、その地を知っていくにはうろつきまわらないといけない。まずは駅までの道をしっかり把握しなければ。
もしかしたら、外でさまようことが楽しくてしかたなくて、ゲームにいっさいの興味を失うかもしれない。一時的に。
それはそれで想像以上の発見がきっとたくさんあるだろうから、楽しみではある。
そうやって取り入れていったものが私をつくり、成長とまではいかなくても着実に何かに向かわせるのだと、そう信じておきたい。
引っ越しが確定した直後は舞い上がっていたのが、今はちょっと地面すれすれで倒れないようにしている状態だから、こうして文字にして自分をだましておかなければと思う。
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かっこよく言うと、これからっていうゲームの主人公は私です。
移動するほど成長していくシステムです。
引っ越し作業で一気にレベル3まで駆け上がります。
それ以後のこともそれ以上のこともはまだどこにも公開されていません。
ネットで調べても何も出てきません。
開発者の名さえ誰も知りません。
たまにコントローラーを投げもするだろうけどどうせあなたは拾う羽目になります。絶対に。
移動の必須アイテムだからどんどん汚れていきます。
しかしあまりに頑丈すぎて怖そうったってそうそう壊れはしません。ご安心を。
そういうゲームあったら面白そうじゃないか。
是非ともやりたいじゃないか。
と、ゲームプレイ中に培った謎の力で描けるだけの良いイメージのデラックスエディションを自分に押し売りしながら今日をどうにかしのいでいる。
サポートして頂いたぶん紅茶を買って淹れて、飲みながら書き続けていきます。