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【悪人の瞳は、あんな色をしていない】(feedbacksaunaさんの企画に参加しました)


20年以上経った今でも忘れられない瞳がある。
その時私は、瞳の色には黒や青以外にも色があることを知った。
複雑に混ざり合ったようで完璧な1色のようなあの色。
あの色。
その人はなぜか空き缶を一本持って立っていた。

[サンフランシスコ・ノンフィクション──中学時代の海外研修より]



よく晴れて賑やかなサンフランシスコの街。当時中学生の私達は、市の海外派遣プログラムでこの街に来ていた。
多くの観光客が行き交う交差点付近で、空き缶片手に棒立ちの彼は、遠く離れた地点からでも私の目を引いた。

50代だろうか、白人男性だった。
細身の長身、白いシャツにジーンズで『普通の人』な彼だからこそ、直立不動の佇まいが得体の知れない違和感を放っていた。

交差点を渡ろうと近づきながらも、私はその男性から目が離せなかった。

パチっと目が合うと、彼は前からの知り合いかのように人懐っこく笑った。


        ∇∇∇


中学生のたどたどしい英語ではあったが、気さくな彼の雰囲気が私達を喋らせた。
何の流れでそうなったのか、日本から持ってきたトッポという菓子をあげたのを覚えている。

『うわ、美味しい!それに細長くてヘルシーだね!』
サクサク食べながら、トッポ、トッポとおどけて繰り返す彼に私達は笑った。


次の瞬間。
私達は、半ば体当たりのように強く体を横から押され、掴まれた腕をギリギリと引かれて道の端まで押しやられた。


日本から一緒に来た引率コンダクターだった。
彼女は無言でギリッと強く男性を睨みつけると、私達の手を引っ張り早足でその場を離れた。



コンダクターに睨まれた時の彼の顔。

今でも覚えている。

彼は動揺の素振りなど微塵も見せず、とても落ち着いていたので驚いた。

一方の私は、彼に対する同情と申し訳なさが混ざって困惑の表情をしていたと思う。

彼の目は、コンダクターを通り越して、真っ直ぐ私だけを見て穏やかだった。
微笑んでいたようだった。
大丈夫だよ、よく解ってるよ、そう彼の目が言っていた。


早足で腕を引かれながら、私は少し泣きそうになった。

『あれは乞食なの!缶の中にお金が入ってたでしょう!あんな人に話しかけないで!分かった?』

泣きそうになったのは、強く叱られたからではない。
コンダクターの女性が、異国の地で私達子供を守ろうと必死だったのもよく分かった。

ただ、彼を拒絶した形になってしまったことが悲しかった。


頭の左側から激しく飛んでくる言葉の羅列の中で、私はチラリと友人の顔を見た。
彼女はよそ見する余裕もなく、うなだれて早足のコンダクターについていくのに必死だった。

私は独りだ。
そう気づくとあの穏やかな瞳がじんわりと思い出された。
あれは乞食なの、と甲高い声が脳の中で繰り返された。
        
         ∇∇∇



大人になった私はたまに、曖昧な記憶の輪郭をハッキリさせたくなる。

あの人は本当に悪人だったのだろうか。

あの笑顔の裏には黒い渦が広がっていたんだろうか。

私達を利用しようとしていたんだろうか。

何十年経ってもそこをぐるぐると行き来するだけで彼を悪人と決めつけられないのは、最後に私を真っ直ぐ見つめて微笑んだその目の中に、諦めと優しさと聡明さを見たからだ。

だからどうしても、何度考え直してみても、彼が汚らわしさや卑しさと繋がらないのだった。

何があって、彼が空き缶を手に立ち尽くすだけの人生を生きることになったのかは分からない。

そんなことは分かるはずもないから、私は私に見えたものだけを信じることにした。私が確かに見たものだけが、確かな気がした。

未熟で柔らかな心臓まで確かに届いたあの視線。

私には想像も出来ない光景をとっくに見てきたような、人間の全てを見透かしたような、理解したような、まだ真白な子供の胸を守ろうとするようなあの瞳。

あの色を一体何色と呼べばいいのか突き詰めてみたくなる夜もあるけれど、きっと一生行き着くことはないと解っている。


そして、あれから年齢と人間観察を重ねてきた私に解るもうひとつのこと。それは、悪人の瞳はあんな色には成り得ないということだ。

私は納得して、独りうつむく14歳の少女にそっと言い聞かせて、今夜もお気に入りのブランケットを顔まで被る。

有名noteクリエイターからフィードバックをもらおう企画 Vol. 1 by feedback sauna|itaru @itarumusic #note https://note.com/itarumusic/n/n938c03116568

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feedback saunaさんの企画に参加しました!
感覚だけ、思いつきだけで書いてしまう私の下書きに、プロの皆さんが感想を下さる。恐縮。
貴重な経験、の一言です。岩代さん、みくりやさん、ひさとみさん、feedback saunaさん、どうもありがとうございました。

ぇえ…! 最後まで読んでくれたんですか! あれまぁ! ありがとうございます!