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それ面白いねそれ辛いね

私は、英字の封筒を両手でしっかりと掴むと、ただいまも言わずに自分の部屋へと走って戸をバタンと閉めた。

走る鼓動と汗ばむ指。
カバンも降ろさずに封を開けたこと。
勢い余って少しピリッと破いてしまったこと。

よく覚えている。

封筒の丸みがかったアルファベット。

アメリカの16歳の女の子からだった。

エイプリルという名前だった。

私はそのたった2枚の手紙を、夜中までかかって訳した。
分厚い英和辞書はどんどんカラフルになっていった。

         ∇∇∇

エイプリルは、4月生まれだった。

あぁ、だからエイプリルという名前なのか、と読み進めると、次にはこう書かれてあった。

『私の名前がエイプリルなのは、4月生まれだからというわけじゃないの。お父さんが高校生の時にとても可愛い女の子がいたらしくて。その子の名前から取ったんだって。』

そんな名付け方。
エイプリルのお母さんはどう思ったんだろう、
それとも、その名前の由来はお母さんには内緒なのかな、
などと、子供ながらに気を揉んだりした。

行ったことも見たこともないパラレルワールドに住むエイプリル一家の事情を勝手に想像しながら、私は思った。

国や人種が違えど、人間の考えることは似ているのかもしれないと。

初恋の人を忘れられなかったり、
憧れ続けたり、
諦めたり、
嫉妬したりということが、あるのかも知れない。

向こうの世界に住んでいるのは、私と何ら変わりのない『普通の人間』なのかもしれないと。

         ∇∇∇

『私の名前なんてね、8歳の兄が当時ハマってたマンガ本の主人公の名前から取ったらしいよ。信じられないでしょ。』

どこまでちゃんと訳せていたかは不明だが、私はそんなことを返事に書いた気がする。
次に届いたエイプリルの返事には、
『それはとってもユニークな名付け方だね!』と、ニコちゃんマークが書かれていた。

間違いない。

空の向こう、海の果てに住んでいるのは、私と何も変わらない『人間』だ。

英語を介せば、心が繋がり、それおもしろいねと笑い合えたり、それ辛いねと慰め合ったり出来る。

そんなことに気づけたことが、13歳の私にはとても価値のあることだった。

ぇえ…! 最後まで読んでくれたんですか! あれまぁ! ありがとうございます!