見出し画像

衛星コンステレーションによる通信サービスの最新動向

 スターリンクの衛星通信サービスが昨年(2022年)10月から日本でも利用できるようになり、iPhone14に衛星通信を用いた緊急通報機能が搭載されるなど、低軌道衛星による衛星コンステレーションを利用した通信サービスが身近なものになってきました。
 今回は、衛星コンステレーションによる通信サービスの概要と最新動向日本の携帯電話事業者の対応などについて解説します。


1.衛星コンステレーションとは

 衛星放送や国際衛星電話では、主に赤道上空の高度約36,000kmの軌道上を周回する静止衛星が使われています。静止衛星は、地球の周りを回る速度を約24時間で一周する地球の自転速度と合わせることによって、地上からは止まっているように見えます。

 人工衛星が一定の軌道から外れずに周回するのは、地球の周りを高速で回ることによってかかる遠心力と地球の引力が釣り合っているからです。
 したがって、人工衛星の回転速度を決めると遠心力が決まり、遠心力が決まると、地球の引力と釣り合う高度が決まるので、静止衛星の高度は約36,000kmと決まっています。

出典:TD衛星通信ブログ

 これに対して、地球表面から高度2,000~36,000 kmの軌道を中軌道、高度500km~2,000kmの軌道を低軌道と言います。
 低軌道衛星は、静止衛星などと比べて地上からの距離が近いため、通信の遅延が少なく、打上げ費用も少なくて済みます。また、送信出力も小さくて済むので消費電力が少なく、人工衛星の小型化が可能です。

 低軌道衛星は、地球からの強い引力と釣り合う強い遠心力を生み出すために、静止衛星よりも高速で地球の上空を周回しており、すぐに電波の届かない地球の裏側に回ってしまいます。
 したがって、通信衛星として利用するために、複数の低軌道衛星を次々と切り替えて運用する衛星コンステレーションという仕組みが採用されています。
 特に、高速で低遅延の通信を目指した高度の低い低軌道衛星の場合は、衛星コンステレーションを構成する人工衛星の数が数百から数千という極めて多数にのぼる場合があります。

出典:TD衛星通信ブログ

 近年、衛星コンステレーションが実現できるようになった理由としては、以下のようなことが挙げられます。

  • SpaceXなどの衛星打上げベンチャーの参入により人工衛星の打上げコストが低下した。

  • 人工衛星の設計がモジュール化されて、大量の人工衛星を短時間に低コストで製造できるようになった。

  • 通信環境が整備されていない途上国やへき地でも高速なインターネットサービスを利用したいというニーズが高まっている。


2.スターリンク

 低軌道衛星通信サービスで世界の先頭を走っているのが、イーロン・マスク氏がCEOを務める宇宙開発ベンチャーのSpaceXです。
 同社は、高度550kmの多数の低軌道衛星で構成された大規模な衛星コンステレーションを利用して、スターリンクと呼ばれる高速インターネットサービスを提供しています。
 SpaceXは、最大4万2,000基の人工衛星を打ち上げる予定であり、2019年5月から打上げを開始して、2023年2月現在、3,485基が稼働中です。同社は、現在、45か国で100万人以上の加入者にスターリンクを提供しています。

 SpaceXは、昨年(2022年)10月に、アジアで初めて日本でスターリンクを開始し、現在は、日本全域で利用可能です。日本でのサービス料金は月額6,600円で、電子フェーズドアレイ方式のアンテナやWi-Fiルーターなどが入った3万6,500円(期間限定)のスターターキットが最初に必要です。

 スターリンクの最大の課題は採算制で、ウクライナでの無償提供で数百万ドルの損失が出ているほか、加入者の多いアメリカ国内でも赤字だと言われています。黒字化するには、人工衛星の製造・打上げ費用や受信機器の製造コストの削減も必要ですが、加入者を増やして継続的に入ってくる利用料収入を増やすことが最も重要です。
 しかし、アメリカとの安全保障上の対立などから、面積が広くて人口が多く、大きなニーズが見込めるロシアと中国でサービスが提供できておらず、SpaceXにとっては大きな痛手です。

明るい青色がサービス提供地域、暗い青色が提供予定地域など、ロシアと中国は入っていない。

 加入者を大幅に増やす手段の一つとして、スマホで直接、衛星通信サービスを利用できるようにするという方法があります。
 SpaceXも、こうしたサービスの実現を目指しており、アメリカ第2位の携帯電話事業者のT-Mobileと提携して、スマホから直接、スターリンクを利用できるようにするCoverage Above and Beyond計画を昨年(2022年)8月に発表しました。
 同計画では、現在打上げを進めている大型の第2世代スターリンク衛星を利用して、今年(2023年)末までにSMSなどのテキスト通信ができる試験サービスの開始を目指しています。


3.その他の衛星コンステレーション事業者

(1) グローバルスター

 グローバルスターは、高度1,414kmの24基の低軌道衛星で構成された衛星コンステレーションを利用して、衛星電話とデータ通信サービスを提供するアメリカの衛星通信事業者です。
 なお、昨年(2022年)6月に、追加で予備衛星1基を打ち上げています。
 昨年、Appleと提携して、iPhoneから直接、衛星通信を利用できるサービスを実現したことで有名になりました。
 昨年9月にAppleがiPhone14に衛星通信を利用した緊急通報機能を搭載すると発表し、同年11月からグローバルスターの衛星コンステレーションを利用してアメリカとカナダで緊急通報サービス開始しました。Appleは、これに伴い、4.5億ドルを出資して、グローバルスターの地上局の拡張と強化などのインフラ整備を行う予定です。
 現在は、イギリス、フランス、ドイツ、アイルランドでも同様の緊急通報サービスが提供されています。

 このサービスを利用することにより、携帯電話の電波が届かないエリアでも、人工衛星経由で緊急SOS発信ができるようになります。
 iPhone14本体に内蔵された小型の衛星通信用アンテナを利用して通信するため、送受信容量が小さく、緊急通報のみ利用可能です。発信する際には、iPhoneのガイド表示機能を利用して、人工衛星の方角にiPhone本体をかざす仕組みです。
 位置情報も同時に送信され、通報した内容はアプリを通じて、Appleが運営する中継センターに伝達され、そこから警察や消防などの通報先に代理で電話連絡されます。

 グローバルスターの低軌道衛星の高度は1,414kmと、高度550kmのスターリンク衛星よりもかなり高い位置にあるため、少ない数の人工衛星で広い地域をカバーすることができてコストを削減できる一方、地上からの距離が遠いため、レイテンシー(遅延時間)が大きくなります。
 また、現在のグロバルスターの人工衛星とスマホの直接通信では通信容量が限定されるため、スターリンクが計画しているような画像を含めたデータ通信や通話を可能にするためには、大きなアンテナなどを備えた大型の人工衛星を打ち上げることなどが必要になります。

グローバルスターの低軌道衛星

(2) Amazon

 宇宙開発ビジネスにおけるSpaceXの一番のライバルと言われているのがAmazonです。
 2021年7月には、Amazon子会社のBlue Originが同社で開発した再使用可能ロケットのニューシェパードで初の有人宇宙飛行を成功させ、創業者のジェフ・ベゾス氏自身も初フライトに同乗しました。

Blue Originの有人ロケットのニューシェパード

 Amazonも、低軌道衛星通信サービスに着目し、高度約600kmに3,236機の低軌道衛星を打ち上げて、全世界に衛星コンステレーションによる高速インターネットサービスを提供するカイパー計画を進めています。
 Amazonは、アメリカ連邦通信委員会の認可条件により、2026年7月までに半数の1,618基の低軌道衛星を打ち上げ、2029年までに残りを打ち上げることが義務付けられていますが、現在のところ、実際に打ち上げられた人工衛星はありません
 Amazonは、今年(2023年)第1四半期に、ユナイテッド・ローンチ・アライアンス社のロケットで2基の試験衛星を打ち上げる予定です。

(3) ASTスペースモバイル

 日本の楽天モバイルやイギリスのVodafoneグループと提携したアメリカの衛星通信事業者のASTスペースモバイルも、スマホと低軌道衛星を直接通信できるようにするスペースモバイル計画を進めています。
 この計画も、スターリンクがT-Mobileと共同で進める計画と同様に、既存の携帯電話用の周波数を利用する予定です。

 ASTスペースモバイルは、昨年(2022年)9月にSpaceXのロケットFalcon 9を利用して、世界最大の重量1,500kgの商用通信衛星のBlueWalker 3の打上げに成功しました。同社は、今後、この試験衛星を利用して、楽天モバイルやVodafoneなどの提携通信事業者と共同で通信実験を行い、2024年末から2025年に実際のサービスを開始することを目指しています。

巨大アンテナを開いたBlueWalker 3のイメージ

 BlueWalker 3では、地上の携帯端末からの微弱な電波を受信するため、64平方メートルにも及ぶ巨大な太陽光発電アレイとアンテナを搭載して、人工衛星を高度の高い携帯電話基地局のように機能させる予定であり、最終的には、試験衛星よりさらに大きな太陽光発電アレイが搭載された人工衛星を高度730kmに168基打ち上げる予定だといいます。
 これが成功すれば、iPhoneの緊急通報用の衛星通信サービスと比べて、はるかに高速大容量の通信が可能となるはずであり、BlueWalker 3の通信実験の結果が注目されるところです。

(4) OneWeb

OneWebは、「全世界の発展途上国に通信衛星経由でインターネットアクセスを提供してデジタルデバイドを解消する」という目的で設立された衛星通信会社で、現在はロンドンに本社を置いています。
 同社は、高度1,200kmの648基の低軌道衛星で構成される衛星コンステレーションによって、全世界に高速インターネットサービスを展開する計画を進めています。

 OneWebは、ソフトバンクグループが筆頭株主として計画を進めていましたが、資金調達の失敗などにより、2020年3月に会社更生手続きを申請しました。しかし、その後、2020年7月にイギリス政府とインドのBharti Globalが主導するコンソーシアムによって買収され、経営再建が行われました。さらに、昨年(2022年)7月には、フランスのユーテルサットとの合併も発表されました。

 OneWebは、2020年12月から人工衛星の打上げを再開し、2023年1月現在までに542基の人工衛星を打ち上げており、2023年度中のサービス開始を目指しています。
 OneWebの低軌道衛星の高度は1,200kmと、スターリンクやAmazonよりは、高い位置の人工衛星を利用しています。そのため、グローバルスターと同様、少ない数の人工衛星で広い地域をカバーすることができてコストを削減できるメリットがある一方、地上からの距離が遠いため、レイテンシー(遅延時間)が大きくなるという欠点があります。

OneWebの通信衛星のイメージ

(5) 衛星コンステレーション事業者の比較

 衛星コンステレーションを利用した通信サービスを提供する事業者の打上げ衛星数や人工衛星の高度を比較した表は以下のとおりです。

 この中で、既に3,000基以上の低軌道衛星を打ち上げて、多くの国でサービス提供を開始しているスターリンクには、先行者利益があり、これから他の事業者が追い付いていくのは、なかなか大変でしょう。

 グローバルスターにも、Appleと組んでサービス提供を開始し、スマホから直接の衛星通信利用を実現しているという強みがありますが、人工衛星の高度が高く、数も少ないことから、現在の緊急通報以上に通信サービスを拡大していくには、更なる人工衛星の打上げが必要になります。

 Amazonもスターリンクと同様に、3,000基以上の低軌道衛星を打ち上げて高速インターネットサービスを提供する計画を持っていますが、未だ打ち上げられた人工衛星はなく、かなり後れを取っています。しかし、多数の人工衛星打上げ契約を確保しており、今後の巻き返しが期待されます。

 ASTスペースモバイルは、巨大な低軌道衛星を打ち上げて、スマホから直接の衛星通信利用で、通話やデータ通信などのサービスを実現しようとしています。未だ技術的なハードルは残っていますが、これが実現すれば、圏外を意識せずに、どこでもスマホで通信を行うことができるようになり、非常に大きな優位性が期待できます。
 スターリンクも、スマホから直接の衛星通信利用を目指しており、大型の第2世代スターリンク衛星の打上げを進めています。

 OneWebは、スターリンクに次ぐ500基以上の低軌道衛星を打上済みであり、近い内に、どのようなサービスが提供されるのか注目されています。ただし、OneWebの低軌道衛星も1,200kmと高度が高いので、スターリンクなどと比べてレイテンシーは大きくなります。


4.日本の携帯電話事業者の動向

(1) NTT(ドコモ)

 NTTは、昨年(2022年)7月にスカパーJSATと組んで、宇宙統合コンピューティング・ネットワーク計画を推進する共同出資会社のSpace Compassを設立しました。
 計画では、成層圏を飛ぶ飛行船や無人飛行機などの成層圏プラットフォーム(HAPS)上に基地局を設置して低遅延のモバイル通信サービスを提供する宇宙RAN事業や、低軌道の観測衛星などによって収集したデータを静止衛星経由で地上へ高速伝送する宇宙データセンター事業などを行うことを予定しています。
 宇宙RAN事業では、HAPSからスマホへの直接通信も可能となっており、災害時の通信船舶、航空機などへの大容量通信離島やへき地への通信サービスの提供を想定しています。HAPSを用いた低遅延通信サービスは、2025年度の開始を目指しています
 NTTの計画では、低軌道のリモートセンシング衛星なども活用する予定ですが、低軌道衛星コンステレーションによる通信サービスよりも、HAPSに力を注いでいるようです。

宇宙統合コンピューティング・ネットワーク計画の概要

(2) KDDI

 KDDIは、2021年9月に、山間部や離島などの携帯電波の届きにくい地域でも高速通信を提供できるように、スターリンクをバックホール回線(auの基地局とバックボーン回線をつなぐ中継回線)に利用する契約をSpaceXと締結しました。
 そして、昨年(2022年)12月に静岡県熱海市の初島に第1号スターリンク携帯電話基地局を設置して、サービスの提供を開始しました。今後、山間部や島しょ地域など全国約1,200か所でスターリンクのバックホール回線を利用できる基地局を整備し、携帯電話の繋がりにくい不感地域などを解消していく予定です。

初島の第1号スターリンク携帯電話基地局

 さらに、KDDIは、日本国内の法人や自治体向けにスターリンクの衛星通信サービスを提供する契約を昨年10月にSpaceXと締結し、スターリンクをバックホール回線として利用する専用網の基地局サービスを提供したり、スターリンクの法人向けWi-Fiアクセスポイントサービスの提供をサポートしたりするなど、SpaceXとの連携を深めています。

 低軌道衛星の利用による不感地域の解消という点で、実際にサービスを開始したKDDIは、国内のライバル事業者に先行しています。他の携帯電話事業者のスマホが使えない場所でも、auのスマホだけが繋がることになれば、競争上、非常に有利になるため、KDDIは、スターリンクのバックホール回線を利用した基地局を積極的に整備していくようです。
 将来的には、SpaceXがスマホから直接、衛星通信を利用できるサービスを開始した場合にも、KDDIとの優先的な連携が続いていくのかというのが注目されるポイントです。

(3) ソフトバンク

 ソフトバンクは、親会社のソフトバンクグループが出資を継続しているOneWebの低軌道衛星コンステレーションを活用する予定であり、2023年度中のサービス開始を目指しています。

 一方で、ソフトバンクは、同社の子会社であるHAPSモバイルが提供する成層圏プラットフォーム(HAPS)を利用して、日本全域でモバイル通信を提供する計画を進めており、スマホから直接の衛星通信利用は、HAPSを通じて行うことを目指しているようです。
 HAPSを利用した商用インターネットサービスは、2027年の提供開始を目指しています。
 また、ソフトバンクは、気球利用のHAPSを計画していたGoogle傘下のLoon社から、2021年9月にHAPSに関する特許200件を取得しています。

ソフトバンクのNTN(非地上系ネットワーク)構想

(4) 楽天モバイル

 楽天モバイルは、アメリカのAST スペースモバイルが打ち上げた低軌道衛星を利用して、スマホと人工衛星を直接通信できるようにするスペースモバイル計画を進めています。現在、他のライバル事業者より基地局の整備が遅れている楽天モバイルは、この計画により、携帯電話の国土カバー率100%を目指して、一発逆転を狙っているようです。

 昨年(2022年)9月に、巨大な太陽光発電アレイとアンテナを搭載した試験用低軌道衛星BlueWalker 3の打上げに成功し、現在は、Vodafoneなどの提携通信事業者と共同で通信実験を進めているところです。2024年末から2025年にサービスを実現することを目指しています。

スペースモバイル計画の概要

(5) 各携帯電話事業者の対応の比較

 KDDIは、既にスターリンクをバックホール回線として利用しており、他の携帯電話事業者の衛星通信利用やHAPS利用が実験中や計画中であるのに対して、SpaceXとの連携により一歩進んだ動きを見せています。このまま、KDDIのみが携帯電波の不感地域の解消を進めていけば、競争上のメリットは大きいでしょう。

 楽天モバイルスペースモバイル計画は、まだ技術的なハードルが残っていますが、実現すれば、一気に基地局整備の遅れを取り戻し、競争上、大きな効果を上げる可能性があります。赤字続きで苦しんでいる楽天モバイルにとって、救世主となり得る計画です。

 ソフトバンクは、OneWebの低軌道衛星コンステレーションの活用も考えていますが、どちらかと言うと、現在はHAPSの方に力を注いでいるように見えます。しかし、HAPSによる直接スマホとの通信についても、未だ技術的な課題とコスト的な課題が残っており、計画どおりサービスを開始できるかどうかは、未だ不明確なところがあります。

 NTTもHAPSの開発を進めていますが、未だはっきりとした方向性を打ち出していないように見えます。低軌道衛星やHAPSを天秤に掛けて、将来的にどのサービスが伸びていくのか見極めようとしているのでしょうか。他の事業者に先行を許しても、後から追いつけるだけの底力があると考えているのかもしれません。

 いずれにせよ、スマホから直接の衛星通信利用やHAPSの利用が本格的に開始すれば、SpaceXなどの海外の会社の直接参入も含めて、日本のモバイルサービスも大きく変わる可能性があり、目が離せません。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?