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スマホから直接、Starlinkの衛星通信が可能に。SpaceXがT-Mobileと提携

 今年(2022年)8月25日、イーロン・マスク氏が率いるSpaceXと米国第2位の携帯電話事業者のT-Mobileは、スマホから直接、SpaceXの衛星通信サービスStarlinkを利用できるようにするCoverage Above and Beyond計画を発表しました。

計画を発表するT-Mobileのマイク・シーベルトCEO(左)とSpaceXのイーロン・マスクCEO(右)

 Coverage Above and Beyond計画は、これまで携帯の電波が届かなかった地域を含む全米のほとんどのエリアをカバーし、さらにサービスをグローバルに展開するために、海外の通信事業者にも参加を呼び掛けています。
 今回は、この計画について解説します。


1.Starlinkの概要

 低軌道衛星通信サービスで世界の先頭を走っている事業者は、イーロン・マスク氏が率いるSpaceX(Space Exploration Technologies Corp.)です。
 このSpaceXが進めている衛星メガコンステレーション(地球の上空を高速で周回する多数の低軌道衛星(LEO)を次々と切り替えて地上との通信を実現する仕組み)を利用した高速インターネットアクセス提供サービスがStarlinkです。

衛星コンステレーションの仕組み

 Starlinkの計画では、最大4万2,000基の人工衛星を打ち上げる予定であり、2019年5月からStarlink衛星の打上げを開始し、今年8月末現在、3,208基が打ち上げられています。
 Starlinkは、今年8月現在、既に39か国で50万人以上の加入者にインターネットアクセスを提供しています。また、ダウンロードの平均通信速度は約90Mbpsで、料金は標準コースで月額110ドル、アンテナなどの接続キットの初期費用が599ドルとなっています。

Starlink受信用のフラットパネルアンテナとWiFiルーター

2.Coverage Above and Beyond計画

(1) 計画の概要

 今年8月25日、SpaceXとT-Mobileは、スマホから直接、Starlinkを利用できるようにするCoverage Above and Beyond計画を発表しました。
 この計画では、これまで携帯電波の圏外だった全米領土の約2割の地域と領海を含む全米のほとんどのエリアをカバーできます。例えば、現在は圏外の山岳地帯での遭難時や自然災害での通信障害時の連絡にも利用できるといったメリットがあります。
 また、T-Mobileユーザーは、特別な装置を追加しなくても、一般のスマホでそのまま、このサービスを使えるようになる予定です。
 発表の中で、マスク氏は、「第2世代のStarlink衛星は、スマホと直接通信できるようになる。帯域はそれほど広くないが、テキストメッセージや写真のほか、セルゾーンにそれほど人がいない場合は動画を送受信できる可能性がある。何よりも携帯電話の圏外を無くせることが重要だ。人々の命を助けられる。」と語りました。
 
 SpaceXは、現在、打上げを計画している第2世代Starlink衛星に衛星携帯電話サービス用のアンテナを搭載し、T-Mobileが所有する既存のミッドバンド周波数(デジタル携帯電話用1.9GHz帯)を利用して、既存のスマホと直接通信ができるようにする予定です。
 第2世代Starlink衛星の打上げ後、2023年末までSMS(ショートメッセージサービス)、MMS(マルチメディアメッセージングサービス)、一部のメッセージングアプリなどを利用できる試験サービスを一部地域で開始し、その後、音声通話やデータ通信にも対応する見込みです。

 さらに、両社は、この衛星通信サービスをグローバルに展開するために、海外の通信事業者に参加を呼びかけ、T-Mobileは、協力する通信事業者に対して、相互ローミングを提供する予定です。

60基のStarlink衛星の打上げ

(2) 技術的な課題など

 通常の衛星通信は、衛星通信専用の周波数を使用して通信を行い、現在のStarlinkも衛星通信専用のKaバンドやKuバンドを使用していますが、今回の計画では、携帯電話用の周波数(1.9GHz帯)を使用します。
 今回の計画では、地上の携帯基地局の代わりに、低軌道衛星を携帯基地局として通信を行うイメージです。

 その場合に、大きな技術的課題が2点あります。
 1点目は、地上のスマホからの微弱な電波を遠く離れた人工衛星(Starlinkの場合、高度約550km)で確実に受信できるのかという点で、Starlinkは、人工衛星に5~6メートルの大きなアンテナを搭載することで対応しようとしています。
 2点目は、電波を発信する側と受信する側の速度差によって周波数が変化するドップラーシフトの問題で、周波数を補正する技術が必要になります。
 これらは、従来より携帯端末と人工衛星の間で直接通信をする場合の困難な課題として挙げられていたもので、サービスの実現には、これらの技術的問題をクリヤーする必要があります。

 また、1基の人工衛星が携帯基地局としてカバーできるセル範囲を広げるために、通信速度は、セル範囲全体で2~4Mbpsにとどまる見込みです。そのため、当面のサービスは、テキストメッセージなどの通信容量の小さいものに限定されます。

 なお、今秋売り出される予定のiPhone14シリーズに、携帯電波が届かない場合などに利用できる緊急時の衛星通信機能が搭載されるとの予想が広がっており、実現すれば、今後、スマホからの衛星通信利用が急速に普及する可能性があります。

今秋発売予定のiPhone14(イメージ)

 現在は、技術的制約があって、スマホから直接、衛星通信を利用すると、通信速度が抑えられてしまいますが、将来的に高周波などを利用して高速インターネットなどが使えるようになると、既存の携帯電話事業者を脅かす存在になる可能性があります。極論すれば、Starlinkだけで、世界中の携帯電話サービスを提供できるようになります。

 また、現在、日本では、専用のアンテナや送受信機を使った標準サービスも含めてStarlinkの衛星通信サービスの利用ができませんが、今後、低軌道衛星通信ビジネスがどのように発展していくのか、非常に注目されるところです。


3.SpaceXのライバルたちの動向

(1) AST SpaceMobile

 SpaceX以外にも、米国の新興衛星通信事業者のAST SpaceMobile楽天モバイルや英国のVodafoneグループと提携して、スマホと低軌道衛星を直接通信できるようにするスペースモバイル計画を進めています。この計画も、Starlinkと同様に、既存の携帯電話用の周波数を利用する予定です。
 今年9月末に試験衛星のBlueWalker 3を打ち上げて、楽天モバイルやVodafoneなどの提携通信事業者と共同で実験を開始する予定となっています。

 スペースモバイル計画で使用する人工衛星は、高度730kmとなっており、高度550kmのStarlinkよりもさらに高い高度に打ち上げられる予定で、それだけ、地上の携帯端末からの微弱な電波を受信するのが難しくなります。そのため、この計画では、直径24mの折り畳み式の巨大なアンテナを人工衛星に搭載する予定です。

スペースモバイル計画の仕組み

 新規参入の楽天モバイルは、他の国内携帯3社と比べて、エリア整備の面で不利な要素が多いため、スペースモバイル計画で一気にカバーエリアを広げて、その状況を逆転しようと考えているようです。
 ただし、Starlinkの当面のサービスがテキストメッセージに限定されているように、1基の人工衛星で広い範囲をカバーするために、通信速度が低速になってしまうという課題があり、すぐに地上携帯基地局を代替することは難しそうです。

 他方、NTTドコモとソフトバンクは、高度約20kmの成層圏を飛行する無人飛行機のHAPS(High Altitude Platform Station)を利用する技術の開発に力を入れています。
 この方式だと、地上から近い分、高速大容量通信が容易になりますが、風の影響で機体の向きが安定しない、全国をカバーするには、多数の機体を飛ばす必要があり、多大なコストがかかるなどの課題があり、実現には、まだ時間がかかりそうです。

HAPSのイメージ

(2) Amazon

 宇宙開発ビジネスにおけるSpaceXの一番のライバルと言われているのがAmazonです。
 2021年7月には、Amazon子会社のBlue Originが同社で開発した再使用可能ロケットのニューシェパードで初の有人宇宙飛行を成功させ、創業者のジェフ・ベゾス氏自身も初フライトに同乗しました。

Blue Originの有人ロケットのニューシェパード

 Amazonも、低軌道衛星通信サービスに着目し、高度約600k mに3,236機の低軌道衛星を打ち上げて、全世界に衛星メガコンステレーションによる高速インターネットアクセスを提供するKuiper計画を進めています。
 Amazonは、今年中に2基の試験用人工衛星を打ち上げる予定ですが、現在のところ、まだ実際に打ち上げた人工衛星はありません。

 SpaceXは、現在すでに3000基以上の人工衛星を打ち上げて、世界的に通信サービスの提供を開始しているため、先行者利益は大きく、今後、Amazonがどのように追撃していくのかが見ものです。


4.Starlinkに関する最近の動き

 ウクライナの要望に対するマスク氏の即決により、今年2月から、5,000台以上のStarlink端末がウクライナに送られ、ロシアに破壊されたウクライナ国内のインターネットサービスの維持に貢献したと評価されています。
 Starlinkは、ウクライナ軍のミサイルやドローン攻撃の誘導にも利用されているそうです。
 また、今年8月、在欧アメリカ空軍がドイツのラムシュタイン空軍基地の部隊を支援するために、Starlinkサービスの利用契約を締結したと発表しました。

 日本の防衛省も、来年度(2023年度)からStarlinkを導入することを検討しています。これは、将来の軍事利用のための布石でしょうか。

 日本では、2021年9月にKDDIが、山間部や離島でも高速通信を提供できるように、Starlinkをバックホール回線(auの基地局とバックボーン回線をつなぐ中継回線)に利用する契約をSpaceXと締結しました。KDDIは、年内のサービス開始に向けて準備しているとのことです。
 現在、国内携帯4社の中では、KDDIが最もSpaceXとの関係が近いので、今回の計画が上手くいけば、スマホから直接の衛星通信に発展していくかもしれません。

出典:Interop Tokyo 2022におけるKDDI講演資料

 また、アジアで初めて、フィリピンで今年中にStarlinkの提供を開始することが、今年7月に発表されました。


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