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KDDIがStarlinkを利用した携帯電話基地局の運用を開始

 2022年12月1日、KDDIは、SpaceXの低軌道衛星通信サービスStarlinkバックホール回線(基地局とコアネットワークをつなぐ中継回線)として利用した携帯電話基地局の運用を開始しました。
 この日、その第1号の基地局が静岡県熱海市の離島である初島で開局し、KDDIの高橋社長やSpaceXのホフェラー副社長も参加して、オープニングセレモニーが開催されました。
 KDDIでは、今後、全国約1,200か所にStarlink携帯電話基地局を設置していく予定とのことです。

オープニングセレモニーで、新しい基地局のスイッチ(地球儀型)を入れる
KDDIの高橋誠社長とSpaceXのジョナサン・ホフェラー副社長

1.KDDIがStarlinkを利用する理由

 KDDIの4G携帯電話の人口カバー率は、既に99.9%に達していますが、この数字は人の居住地域を前提としたものであり、人があまり住んでいない離島や山間部などでは、携帯電話の電波が十分に届かない地域がまだかなりあります。
 現在の携帯電話の基地局とコアネットワークをつなぐバックホール回線には、通常、光ファイバーが使用されています。しかし、こうした離島や山間部などでは、地理的な条件や採算性の観点から、光ファイバー回線の設置が難しいという課題があります。

初島の第1号Starlink携帯電話基地局

 光ファイバー回線の代替手段として、衛星通信を利用する方法がありますが、従来の衛星通信では、地上からの距離が遠いために、どうしてもレイテンシー(遅延)が大きくなり、通信速度が遅くなってしまうという問題がありました。
 これに対し、低軌道衛星通信サービスのStarlinkでは、地上からの高度が36,000kmもある静止衛星に対して、高度約550kmと地上から近いため、レイテンシーを抑え、高速通信が可能です。
 低軌道衛星は、1基の人工衛星がカバーできる範囲が狭く、高速で移動してしまうため、沢山の人工衛星を次々と切り替えて地上との通信を実現する衛星コンステレーションという仕組みが必要ですが、SpaceXは、Falcon 9と呼ばれる自社製ロケットを利用して、既に3,000基以上の人工衛星を打ち上げて、このサービスを実現しています。
 こうした理由で、KDDIは、SpaceXの提供するStarlinkを採用したものと考えられます。

衛星コンステレーションを利用した携帯電話サービスの仕組み

 なお、2023年1月現在、45か国で100万人以上の加入者がStarlinkを利用しており、日本でも今年10月にアジアで初めて個人向けのサービスを開始して、現在は日本全域で利用が可能になっています。

 KDDIは、2021年9月に、Starlinkをバックホール回線に利用する契約をSpaceXと締結しており、これまで技術検証を続けてきました。

初島の第1号Starlink携帯電話基地局

 Starlink携帯電話基地局の形状は、山間部などで見られる従来の小規模基地局とあまり変わりませんが、トップにStarlink用の衛星アンテナが設置されています。また、ポールには、ロケット風の塗装がされています。


2.初島にStarlink携帯基地局が設置された理由

 初島は、静岡県熱海市本土の南東約10kmに位置する人口200人弱の離島です。初島は、複数のリゾート施設、民宿、温水プールなどがあるリゾート地ですが、地形の影響で島の一部に電波の届きにくい場所がありました。

初島の位置

 島内には、マイクロ波を利用したauの携帯電話基地局が既に設置されていましたが、それでも、KDDIが提携しているキャンピング施設のPICA初島の一部などがau携帯電話の圏外となっていました。
 そこで、今回、KDDIは、PICA初島の敷地内にStarlink携帯電話基地局を設置し、安定して高速な通信を行えるようにしたのです。
 実際に、基地局の運用開始前は、下り4.01Mbps、上り0.94Mbpsだった通信速度が、運用開始後は、下り25.8Mbps、上り6.65Mbpsと6倍以上改善したとの報告もあります。

新基地局運用開始後のスピードテスト

3.KDDIとStarlinkの連携サービスの提供

 KDDIは、新海誠監督の最新アニメ映画すずめの戸締まりに特別協賛しており、すずめの戸締まりとのコラボレーションCMも放映しています。このCMの中には、Starlink携帯電話基地局も登場し、KDDIのStarlink基地局プロジェクトに対する力の入れようが分かります。

 KDDIは、2022年10月に、認定Starlinkインテグレーターとして、日本国内の法人や自治体向けにStarlinkの衛星通信サービスを提供する契約をSpaceXと締結しました。
 これと関連して、同年12月から清水建設の工事現場である北海道新幹線の渡島トンネル工区で、Starlinkをバックホール回線として利用したau基地局サービスを提供する「Satellite Mobile Link」の運用を開始することが決まっています。
 山間部の建設現場では、光ファイバーを敷設して通信環境を整備することが困難な場合が多いのですが、Satellite Mobile Linkを利用することによって、安定かつ高速な通信が可能になります。

北海道新幹線 渡島トンネル上二股工区 工事現場

 また、KDDIは、Starlinkの法人向けWi-Fiアクセスポイントサービスの「Starlink Business」の提供も勧めていくこととしています。Starlink BusinessはSpaceXのサービスですが、KDDIがSpaceX社との契約に基づき、サービスの設置・導入支援、総合的な通信システムの提案、カスタマーサポートなどを行います。

 離島、山間部の住民の生活インフラや観光目的のために、広い範囲で通話やデータ通信を行うニーズがある場合は、Starlink携帯電話基地局を整備し、工事事務所や寄宿舎などのように局所的なデータ通信のニーズがある場所では、Starlink Businessを勧めていく方針だとのことです。

Starlink Businessのサービス概要

4.他の携帯電話会社の動向

 衛星通信を利用した通信エリアの拡大には、他の携帯電話会社も積極的に取り組んでいます。

 楽天モバイルは、米国のAST SpaceMobileが打ち上げた低軌道衛星を利用して、スマホと人工衛星を直接通信できるようにするスペースモバイル計画を進めています。楽天モバイルは、この計画により、携帯電話の国土カバー率100%を目指しています。
 2022年9月には、SpaceXのロケットFalcon 9を利用して、試験衛星BlueWalker 3の打上げに成功し、今後は、Vodafoneなどの提携通信事業者と共同で通信実験を行っていく予定です。

スペースモバイル計画の概要

 また、ソフトバンクは、英国政府やソフトバンクグループなどが出資する衛星通信会社のOneWebを活用する予定です。なお、OneWebは、2022年の7月にフランスのユーテルサットとの合併を発表しています。
 OneWebは648基の低軌道衛星からなる衛星コンステレーションを計画し、これまでに502基の人工衛星を打ち上げており、2023年度中のサービス開始を目指しています

 NTTは、2022年7月にスカパーJSATと組んで、宇宙統合コンピューティング・ネットワーク計画を推進する共同出資会社のSpace Compassを設立しています。
 計画では、成層圏を飛ぶ飛行船や無人飛行機などの成層圏プラットフォーム(HAPS)上に基地局を設置して低遅延のモバイル通信サービスを提供する宇宙RAN事業や、低軌道の観測衛星などによって収集したデータを静止衛星経由で地上へ高速伝送する宇宙データセンタ事業などを行うことを予定しています。
 宇宙RAN事業では、HAPSからスマホへの直接通信も可能となっており、災害時の通信船舶、航空機などへの大容量通信離島や僻地への通信サービスの提供を想定しています。HAPSを用いた低遅延通信サービスは、2025年度の開始を目指しています

宇宙統合コンピューティング・ネットワーク計画の概要

5.まとめ

(1) KDDIのStarlink利用のメリットと課題

 KDDIのStarlink利用の強みは、既にサービス提供を実現できていることです。他社の衛星通信サービスは、いずれも計画中又は実験中であり、今後、予定通りにサービスを提供できるのかが重要なポイントです。
 例えば、楽天モバイルが計画している人工衛星とスマホの直接通信では、スマホから人工衛星への上り通信を実現するのが難しいなどの技術的な課題が残されており、現時点では、基地局を介してスマホと接続する方が現実的だと言えます。

 もちろん、Starlink基地局にも課題があります。
 人工衛星と地上間の通信には、通常、Ku/Kaバンドなどの高い周波数が使用されており、高い周波数ほど雲や雨、雪などの天候の影響を受けることになります。したがって、天気の悪い日には、衛星通信が十分に利用できない場合があります。
 また、建物が密集した地域など遮蔽物の多い場合も通信が困難になります。
 さらに、帯域幅の問題があり、同じ基地局に多数の端末が接続すると、十分な速度が確保できなくなる可能性があります。
 こうした理由により、Starlinkによるバックホール回線が完全に光ファイバー回線を代替することは難しく、現状では、Starlink基地局は、光ファイバー回線の設置が難しい地域への補完的な役割に留まります。

 それでも、KDDIが他社に先駆けてStarlink基地局の運用を開始した意義は大きく、他社のスマホが繋がりにくい地域でauのみが繋がる場合があるなど、全体的な通信サービス品質(つながりやすさ)の向上に貢献することになります。また、光ファイバーの敷設にコストが掛かる地域の基地局をStarlink基地局に置き換えれば、コストの削減にも繋がります。
 そうなれば、競争上、他社も早急な対応が求められることになるでしょう。

60基のStarlink衛星の打上げ

(2) 人工衛星とスマホの直接通信の可能性

 現時点では、Starlink基地局の整備には大きなメリットがあると考えられますが、基地局の設置自体にも結構なコストが掛かること、利用者が普段少ない地域にまで基地局を整備するのは難しいことなどを考えれば、将来的には、人工衛星とスマホの直接通信も検討するべきでしょう。
 現状では、スマホから人工衛星への上り通信が難しいなどの技術的課題があって、直接通信ではテキストメッセージ程度の通信しかできませんが、いずれアンテナ技術の改良などにより、音声や画像データの送受信も可能になるはずです。

 実際に、最新のiPhone14シリーズは、衛星通信機能を搭載しており、2022年11月には、米国とカナダで、Globalstar社が提供する衛星通信サービスを利用して、iPhone14から緊急SOS発信ができる機能の提供が始まっています。
 また、SpaceXT-Mobileと提携して、スマホから直接、Starlinkを利用できるようにするCoverage Above and Beyond計画を2022年8月に発表しています。
 KDDIの高橋社長も、「今回、Starlinkとはいい関係ができたので、その延長線上で(衛星とスマートフォンの直接通信を)実現できればいいと思っている。」と語り、将来の直接通信の可能性を否定していません

 現在、災害時の通信などにも注目が集まっている中、日本でも近い将来、人工衛星とスマホの直接通信が実現するのか、気になるところです。


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