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三島のロマンスコメディは、命が燃える | 夏子の冒険

 人生のうちに出会ったどの「夏子」よりも、自分に近い「夏子」に出会った。同じ名前だから手にとった『夏子の冒険』。はじめて読んだ三島由紀夫だったが、26歳でこれを書いたのか。私よりも1歳若い年に。ああ、恐れ入ってしまう。1951年にこれを書いたと云うのだから、ありがたさすら感じるほど。2晩にわたる読書の感想を書き留めておこう。

求めているものが何か解って?

夏子は特別扱いを罪悪と心得ているように思われた。どの男をも半ば軽蔑し、半ば尊敬し、半ば愛し、半ば嫌っていた。
 『夏子の冒険』ー三島由紀夫

 私だって決して、男というものを忌み嫌っているのではない。確かに、独立心も強ければ、フェミニストと呼ばれて遜色ないが、魅力的な男には恋をして、その気になったら期待されていなくともとことん尽くしたい性格なのです。けれど、近頃出会う人は皆そろって同じ繰り返しになってきている。「それぞれ等しく、同じくらいの注意を向けるに値する」といった感じなのだ。(額にキスをしたその人は違うといい、と真剣に願っているところだけれど。)そして、それぞれに聞きたい。あなた自身が生きている間にやりたいことって何なの?

 「夏子」が、どの男をも半ば軽蔑し、半ば尊敬し、半ば愛し、半ば嫌うその理由はといえば、本人からしたら至って明快だと思う。すべての人の生き方に興味があるし、そこに至るまでの道のり、いわば選択の数々について思いを馳せると、誰もが等しくおもしろいから。だけど、だからといって自分と同じくらいの勢いをもって生きている人に出会えただろうか? 何度も何度も使い古された人生の歩み方ではなく、創造性をもって将来に向かおうとする人がいるだろうか。言ってしまえば、伴に歩むものとして相手を見るときに、趣味が似ているかとか、歳の差がどうだとか、収入や職業なんてものは、まるで問題じゃないのだ。そんなどうでもいい尺度で自分を計られた瞬間に、私は帰りたくなる。

 『夏子の冒険』の冒頭の方を読みながら思い出したのは、テイラー・スウィフトがBig Red Machineのアルバムで歌っている『Renegate』の歌詞。ここって、同じことを言い当ててると思うの。

Is it really your anxiety 
That stops you from giving me everythjng?
Or do you just not want to?

拙訳
本当に不安のせいなの?
私にすべてを捧げることを阻んでいるのは。
それともただそうしたくないだけ?
“Renagete” Red Big Machine feat. Taylor Swift

 結局誰一人、同じ意気込みを持って、人生、つまり命、すなわち私と向き合おうとする人はいないじゃないか。どの国の出身だろうが結局同じ。リカちゃん人形でも演じられる幸せが欲しいのなら、私たちが子どもの頃散々してきたように御飯事でもしたらいい。何かに向かって、野心を忘れずに、命を燃やすあなたと私は生きたいのに。

『 ー略ー 男の人たちは二言目には時代がわるい社会がわるいのとこぼしているけれど、自分の目のなかに情熱をもたないことが、いちばん悪いことだとは気づいていない。……』
 『夏子の冒険』ー三島由紀夫


 よくぞ、言ってくれた。幸せとは何か、自分を幸福にさせるものは何かとも考えたこともないのに、男は口々に、女に役を与えた幸せの物語を語る。それも、女を口説くために! 男たちが導く未来を「退屈な空想」と言い切る夏子に、私は心から同意する。そして、最後の最後まで、彼女は折れなかった。想像を裏切られたような、でもどこかで気づいていたような結末で、私は気持ちよく本を閉じた。「よかった、いろいろな意味で、夏子は生きた」、そんな気持ちだった。夏子の人生に対する眼差しは『ボヴァリー夫人』のエンマと似たところがある。心を燃やすような情熱に満ちた毎日を求める2人は、美しく異端で屈強で儚い。

 大変。すでに書き過ぎている。キャラクター設定の秀逸さや、色んな描写が暗示するメッセージについて、好き勝手にダラダラと書くつもりだったのに。それはまた次回としましょうか。

 ところで、三島自身は男として、どんなことを思ってこの物語を書いたのだろう。こんな女性がいたらいいと思っただろうか。社会が肯定しない烈しい情熱を燃やし、等しく燃立つ意志ある男を求める女性を求めたのだろうか。私にはすこし解る気がする。自分の内側で燃える炎に火傷をしないように、このことについて訴える役目を夏子に託したんじゃないだろうか。私が本当に2022年を生きる「夏子」なのだとしたら、私も自分の行き先を自分で決める人生なのかもしれない。もしくは、三島由紀夫のような熱を帯びているせいで社会から炙り出されるような人を求めているのだろうか。どちらを想像しても、穏やかさの欠片もないが、子供を産んで家を建てることを夢にすることだけは絶対に御免。

ちなみにこの本は、装丁もかわいい。

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