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リスのような上司の話/エッセー


 会った人を動物に例えたことはあるだろうか。私は今の上司と会う前、クマのようなひとだときいていた。最初の印象は、たしかに攻撃性なんてみじんも感じない、童話に出てきそうな大きくやさしいクマだった。ところがその日の帰り道にはクマというよりかは、まるでヘビのようだと思いはじめ、最終的にはリスとなった。最初に動物の例えで聞いていたが最後、印象のベースが動物になってしまった。

 その人は、私が話すのを静かに聞き、川の流れを変えるようにスイッチとなる質問をしては、キラリと光るまあるい黒目で私をじっ、と見つめていた。そうして最後に私の取り留めのない話を、そのすべてを柵を立てるが如くきっちりまとめて、素敵にラッピングされたボックスとして、ベルトコンベアに流した。
 会話の中に囚われた私は、まるでヘビに狙われた獲物の気分。だけど不思議に口から素直な言葉がぽろぽろと出てきて、その人によって受け止められた。クマの包み込むような優しさ故にも感じられた。自然と私の心は開くのだ。それがまた恐ろしい、セラピストのように、でも瞬きせずじっと相手をとらえ、その目はヘビか、名前を明かさない、超やり手の弁護士のものか。
 ゆっくり、じりじりと。相手がそのヘビな部分で話を聴いているあいだ、見ているのは己の脳みそだ。つまり私を見ていない。私の輪郭ではなく、漂う言葉という音をつかみ取り、そこから私のカケラを洗いだし、あれかこれかと仮説を立てて並べ直す。それらを一度飲み込んだら、仮説に伴う方程式の、その答えに限りなく近い記号をパッと導き出して、自身の脳みそに紐づいたそれらの記号を、一瞬のうちに人間の概念記号に変換し、日本語に翻訳し、私にパスしている。ちょっと大げさかも、でも、そんなふう。

 そのあと何度か話す機会があり最終的に私は、その人がヘビではなく、クマでもなく、リスのようだと思ったのだった!この新しい感覚をどう表そう、と辿り着いたのはやはり動物、リスというメタファ。もちろん、そのサイズや力強さは問題ではない。くすぐったく、人の心にはいってくる感じがリスのようだった。
 クマの毛皮のような芯のあるやわらかさを待ちながら、ヘビのように鋭く相手を捉えている。そのまあるい黒目はまるで鋭いが、大きな目はリスの目のよう。ツヤツヤと鋭く光らせる、ブラックオニキスか、ブラックホールのように美しく、本質を見つめる。他の人との違いとなるのは、その小さな指とその手先の器用さで。クルミをつかむように相手の心をつかむということ。小さいのにとてもやさしい(愛らしい)手で包み込むのだ。私をジャッジせず、受け入れて、そのあとはわからないけれども(!)、その感覚は、なんというかふふふ、とうれしくなる、楽しくなる。真面目な話をしているのに、なんだか口角は上がり、ふわふわと丸まった尻尾も相まって少しくすぐったく、思わず笑みがこぼれてくるような。そんなこと、クマもヘビもしない。

 そんな人が、今の私の上司となった。そんなリスのような上司の不思議な姿から、これからも新しい発見をしていくだろう。この世に「本当」なんてないけれど、もしあるならばその上司は、本当はもっと別の動物かもしれない。私が常に特定の動物にみえる眼鏡をかけているだけ、というのもあるだろう。だけど優しさで相手の心を包みとり、その指先でくすぐらせ、器用に、でもたしかに進み続けるその背中に、誰もが背中を預けたくなるようだ。なんて。もしかすると私は、その逆光でうつり変わる、不可思議な影を見ているだけかもしれないのだけれど。



エッセー:リスのような上司の話
isshi@エッセー

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◎エッセーはここにまとまってるよ
https://note.com/isshi_projects/m/mfb22d49ae37d

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