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2年6組を抜け出して

「…先生、この日の午後は学校の大掃除の予定ですが、早退とか…できますかね」

確か、そんな風に言った気がする。

職員室に入って左手奥。年に何度かある、進路相談という名の二者面談での出来事。

担任はわずかに怪訝そうな顔をしたけれど、私はたいへんに真面目な生徒だった(今でもそうかもしれない)から、正直に、事実をありのままに述べた。
話を聞いて少し考えたあと、私たちの早退(予定)を許可してくださった。感覚としては黙認とか見逃しの方が近いかもしれない。
そして「それなら」と言って棚から時刻表をひっぱり出し、電車の時間を調べ始めた。先生は鉄道好きだった。
高校卒業後の進路の話よりも、移動経路を調べる時間の方が長かったと思う。

先生、わがまま言ってすみません。甘やかしてくれてありがとう。

- - -

時間は淡々と流れて、その日はやってきた。

昇降口をささっと掃除して、若干の背徳感と友人を連れだって駅へと向かう。

15時半とかそのくらい。空いた電車内にあるお手洗いで、この日のために買っておいた服を着る。
調べて聞き回ってようやく決めた荷物を再確認する。
忘れ物は無し。

乗り換えをして、着実に目的地に近づいていく。
かもめにゆられる私たちは不安と期待でずっと落ち着かなくて、夕日の沈んだ海沿いの工業地帯を眺めながら、小学生に戻ったみたいにはしゃいだ。

道に迷いながらもどうにか到着。余裕で間に合った。ほんとうに良かった。
目的のものもきちんと買えてひと安心。

会場に入る。
調べてきたのにシステムがよく分からなくて、結局右往左往してしまった。
中は想像以上に広い。高校の体育館よりもずっとずっと大きい。
私たちは正面からみて右側に陣取ることにした。

しばらくすると、突然、重低音が鳴り響く。
今でも忘れられない、心臓に響く音。

ずっとドキドキしていた。
今でもドキドキしてしまう。

「ああ、これがライブなのか」と思った。
なんとも間の抜けた感想だけれど、当時の自分がちゃんとそうメモを残しているから間違いない。

すり切れそうなくらい聴いたCDと同じギターソロが聞こえてくる。

2時間半の、人生を変えるには十分すぎるライブが始まる。

- - -

あの日私は、半分サボりみたいに学校を早退して、大好きな友人を連れて、初めてロックバンドのライブに行った。
今でも一番好きなバンド、キュウソネコカミのZepp Tokyoでのワンマンライブ。

たった一度の体験が、友人との思い出が、日々をよりカラフルに色づけた。
習い事や勉強にばかり力を入れていたときよりも、本を読むことばかりに明け暮れていたときよりも、ずっと。

私は、2年6組の教室を、そこにいる真面目な私を抜け出して、大きな声で笑って泣いて叫んでいい場所に出会った。

話によれば、Zepp Tokyoは近々閉館するという。

厳密に言えばこの話は再開発のための計画書から得られた情報であり、公式HPでのアナウンスは特にない。
現時点で確定的に話すにはいささか早計すぎる。

それでも、自身はもちろん多くの人にとって印象深く、また愛される大きなハコが無くなるということを聞いて、思い出話をせずにはいられなかった。

本当に、もし本当に閉館すると決定づいてしまったのならば、私はきっと、あの日行ったライブのセットリストをスマホの中で再現して、今よりもたくさんたくさん懐かしむだろう。

走馬灯になりそうな夜、音楽に触れることが "生きがい" になったあの日のことを。

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