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エッセイ | 笑顔が近くに感じる

もう自宅にコーヒー豆がない。使い切ってしまったのだから買いに行かなければあしたのアイスコーヒーはない。暑い外に出るのは気が引けるが、コーヒーのない生活の方が私は耐えられない。

コーヒーに依存しているなと考えながら、せっかく外出するのだから他に必要なものも買ってこようと思い、冷蔵庫や備品をストックしている棚を開け閉めしていた。


最近は外を出歩く時はマスクをしていない。こんなにも暑いのだから屋外にいる時ぐらいはマスクをしていなくてもいいだろうと思っていたが、私が知らないうちにコロナ対策のマスク着用の義務はなくなっていたようだ。

マスクをつけていないと解放された気持ちになるが、この気持ちもそのうちに感じなくなるのだろうなと思うと、慣れとは恐ろしいものなんだなと納得してしまう。

商店街を歩いている人たちの多くはマスクをしていなかったが、それでも数える程度にはマスクをしている人もいた。


いつもコーヒー豆を購入しているカルディに着く。店内は狭いのだが主力商品やコーヒー豆はそれなりにそろっているため、悩みすぎてしまう癖がある私にはちょうどよかった。

店先で呼び込みをしているスタッフはマスクをしていて口元は見えなかったが目元は笑っていた。それだけでも私が受け入れられているかのように思えてうれしくなる。

店内に入ると私の他にスタッフが2人とお客さんが1人いた。みんなマスクをしていたため私も慌ててマスクをつける。自分が少数の立場になってしまうと多数側に入りたくなるのはいつの日も変わらない。


カットトマト缶を2つ手に持ち会計を待つ列に並ぶ。気付くと店内はそれなりに混み始めていた。

私はコーヒー豆が並んだディスプレイを眺めながら、どの豆を買おうかと考える。スイートクリアブレンドを買うのは決めているため、もう1種類他の豆も買おうと思っていた。

「どのようなコーヒー豆をお探しですか?」バックヤードからさっと出てきたスタッフに声をかけられ、急なことで焦った私は「だ、大丈夫です」と答えてしまった。

「何かありましたらお声がけください」スタッフが笑顔でそう言ってくれたため少し安心した。
「スイートクリアブレンドと、あとはライトで酸味の方が強い豆を探していて……」そう伝えるとスタッフはいくつか候補をあげてくれる。

どれも最近買っていた豆であったため決めかねていると「それと……」とスタッフが口を開く。「カナリオも苦味より酸味が強めですね。ブラジルの珍しい品種です」押し付けるわけでもなく、スタッフは笑顔のまま提案をしてくれる。

カナリオは以前に飲んだことがある。好みの味であったとだけ記憶しているため、改めて飲んでみるのもいいなと思えた。

「じゃあ、カナリオもお願いします」私はスタッフに伝えると、スタッフはかしこまりましたと言ってコーヒー豆の準備を始める。


レジの前に立つと先ほどのスタッフがお会計をしてくれる。
「袋は必要でしょうか?」スタッフが笑顔で尋ねてきた時にやっと気付いたのだが、この人はマスクをしていなかった。

このスタッフがマスクをしており笑顔が見えていなかったら、私はここまで気持ちよく買い物をできていなかったかもしれない。きっとコーヒー豆の相談などしなかっただろうな。

「いらないです。ありがとうございます」私は答える時に目を精一杯細める。笑顔になっていることが伝わればいいな。



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