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エッセイ | 口角を上げて

「なんで笑ってるの? いいことでもあった?」友達が笑いながら聞いてくる。私としては笑っているつもりはなかったので否定すると、他の友達からも「笑ってたよ」と言われて困ってしまった。

大学生の頃は講義と講義の間が空くと、学食やフリースペースで時間をつぶすことがよくあった。やることがないと1コマ分の時間をつぶすのは暇だった。だからか、みんな話題の提供を他の人から求めたがり、少しでも気になったら口に出していた。


最近はマスクをしないで外出することも増え、他人の表情がよくわかるようになった。家族、カップル、友達同士の人やひとりでいる人。さまざまな人が街中にいる。

最高気温が35度以上の日が続くため、出歩いている人は口をキッと真一文字に結んでつらそうな表情をしている。その中でも笑顔でいる人を見かけると、少し心が和らぐような気がする。

大抵の場合、笑顔でいる人はカップルや友達同士の人が多い。その次が家族でいる人で、最後がひとりでいる人だ。ほとんどの場合、ひとりでいる人が笑顔のことは少ない。

ふと「私は笑っているのかな?」と思い、ポケットからスマートフォンを取り出す。画面に反射する自分の顔は真一文字だった。

大学生の頃は知らないうちに笑っていたのに、今では真一文字か。むしろ、最近自分が笑っている顔って見ていないかもしれない。


私は家に帰ると汗を拭いたり水を飲んだりして、外の暑い環境から室内の涼しい環境になれるように動く。部屋着に着替え落ち着いた頃に、自分の笑顔が気になって洗面所に行く。

私の顔は笑っていない。口角は上がってもいなければ下がってもいない。私にとっては見慣れた顔だった。

鏡の自分に笑ってみれば笑顔になる。でも、この顔で街中を歩くのは不自然すぎる。私が他人だったら絶対に近づきたくない。もっと自然に笑顔になれないものだろうか。

鏡の前で悩んでいても仕方がないため、ネットで調べてみると「口角を上げる」ことで自然な笑顔になることが分かった。思い返してみると、街中にいる笑顔の人たちは口角が上がっており、不自然に笑っていることはなかった。

私も口角を上げようとしてみる。しかし上がらない。
「笑うことはできるのに、なんで口角が上がらないんだ? マスクをし続けてたから笑い方を忘れたのかな?」なんて考えながら人差し指で口角を上に上げたり下げたりする。

指で口角を上げた状態にし、指を離してもキープできるようになった。
「やればできるじゃないか。さすが私だ」なんて感心しつつも、口元に不自然に力が入っているのが分かる。歯を食いしばっているし、少しすると口角がピクピクと動き始める。これを笑顔とは呼べないだろうなとあきれてしまった。


「何かいいことでもあった?」友達はコーヒーを飲みながら聞いてくる。会社で飲むコーヒーと全然違うと感心している。
「いいことなんてないよ。日々を生きるだけで精一杯」自虐気味に私は答える。
「笑ってたからいいことがあったのかと思った」なんだ残念と、友達はスマートフォンに目をやる。私もつられて自分のスマートフォンを見る。画面には自然と口角が上がっている私が映る。
やればできるじゃないか。



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