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エッセイ | バスのリズム

仕事柄なのか、公共交通機関を使用することが多い。電車やバスに乗って目的の場所まで行くのだ。私は電車に乗っている時間も好きだが、バスに乗っている時間の方がより好きなのだ。

バスの揺れは心地よい。電車の場合は線路からくる揺れになるが、バスの場合は道路舗装の状態からくる揺れになる。舗装の起伏をタイヤが拾い、私の体を揺さぶる。

この振動がタクシーの場合は酔いやすいのだが、バスだと不思議なのだが酔うことはなかった。


終電を逃した私は駅前をフラフラしていた。正確にはまだ終電は来ていないのだが、私がホームにたどり着く頃には去っているだろう。もどかしい気持ちになるが次の行動を考えるしかない。

ここからタクシーで帰れば5,000円くらいかかる。帰ってもいいが手痛い出費になる。どうしたものかと考えていると、会社を出る時に先輩が言っていた話を思い出す。

「あの駅までたどり着ければ深夜バスがある。社畜を救う箱舟だ」先輩はパソコン画面を見つめたままそんなことを言ってきた。
それを聞いた別の先輩は「奴隷船の間違いでしょ」と言って、ひと足さきに帰って行った。

「家庭を持つ人にとっては深夜バスに乗っても乗らなくても、帰った時点で地獄。だけど、独り身にとっては救いなんだよな」残業もほどほどにな、と言いながら上司も帰っていった。
この時間まで残業しているにもかかわらず、ほどほどとは何なのかと思ってしまう。


先輩が言っていた「深夜バス」とやらを調べてみた。少し疑わしかったが実際に存在し、私の最寄駅も通過することが分かった。ただし、今から45分待つことになるが、タクシー料金の3分の1で帰れるのであれば待つ価値はあると思えた。

バス停に行くと既に5人ほど並んでいた。男性もいれば女性もいる。悲しいことに全員がスーツを着ており、酔っている感じはしなかった。きっと同じような境遇なのだろうと想像してしまう。

まだ時間があるため、私は近くの自販機でコーヒーを買いに行くことにした。缶コーヒーを片手にバス停まで戻ると、待っている人数が10人ほどに増えていた。この短期間でここまで増えるのかと驚くが、増えた人たちもまたオフィスワーカーのようだった。


バスが来る直前に乗車券を販売している人が現れ、待っている人たちはそれぞれの行き先に合わせて乗車券を購入した。

バスに乗り込むと空いている座席にそれぞれが座り始める。私は席に座ると缶コーヒーを開けて飲み始める。やっと家に帰れると思うと、1日がやけに長かったなと考えてしまう。

バスが動き始めると停車場所の案内がされた後に、次に止まる場所が告げられる。私の降りる停車場所までは当分先になるため、目をつぶりバスの揺れに身を任せる。

舗装の凸凹をタイヤが拾い、車体が揺れる。そのリズムが心地よくて、私は気付くと眠っていた。



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