見出し画像

「創造と表現」の教育あるいは伝承について

本を書いています。 Vol.26

この週末、母校の筑波大学で集中講座「創造学群表現学類」に、講師の一人として参加してきました。

この授業は、筑波大学が掲げる「IMAGINE THE FUTURE. 未来構想大学講座」の一環として、もう8年ほど続いています。コピーライター、アートディレクターといった広告業界のクリエイターのみならず、作曲家、ゲームクリエイター、漫画家、ダンサー、雑誌編集者と、とにかく幅広い分野の講師(OBOG)による講義とワークショップを通じて、その名の通り「創造と表現」についてみっちりと体験できる稀有な授業です。私もその一員として参加させてもらっていることに大変感謝しています。

そしてこの授業は、芸術を専攻している学生だけではなく、全学群から受講することができます。まさに総合大学らしい学際的な授業であることも大きな特徴です。

世の中には、アート、デザイン、音楽、文学、身体表現など、専門的な表現領域について学ぶことのできる学問はすでに数多く存在しますが、広く「クリエイティビティ全般」について学ぶことのできる学問は、おそらくまだ多くありません。

「つくるとはどういうことか」「表現とは何か」「アイデアを発想するにはどうしたらよいか」といったことを学ぶことができる「クリエイティブ教育」が、これからの世の中にはますます必要になると私は考えています。そういう意味で筑波大学のこの授業は、かなり理想的な形態になっているのではないかと思います。

例えば「デザイン」について学びたいと考えたとき、今の教育の中では、まずは「絵が描けること」が前提となることがほとんどです。一流と言われるデザイナーになりたいと思ったら、まずは予備校に通ってデッサンや平面構成をひたすら練習して、美術大学の実技試験を突破しなければ、そもそもスタートラインに立つことすら困難だったりします。

しかし、本来デザインとは、決してアウトプットとなる「絵」を描くことだけを目的とするものではなく、その主たる目的は「課題解決」です。そう考えると、必ずしも絵が描けることが重要なのではなく、「課題解決力」があるかどうかが重要であるはずです。

デザイナーとして仕事をしていると、「もっとデザインについて学んでおけばよかった」「今からでもデザインについて勉強したい」という話をよく聞きます。しかしながら、そうした需要や欲求に応えられるだけの入口が、世の中にあまり用意されていないこともまた事実です。

この問題については、現在の教育制度の問題など、いくつかの原因があると思うのですが、「クリエイティブなるものの敷居が高い」ということも、一つの大きな原因なのではないかと考えています。「クリエイティブとは崇高なものであり、特殊な才能のある人間しか立ち入ることのできない専門領域である」という誤解が、どうも長いこと蔓延しているように思えてならないのです。

「デザイン思考」という言葉がもてはやされて既にかなりの時間が経っているにも関わらず、特に日本において成功事例をあまり聞かないということの原因も、この辺りにあるのではないかと考えています。

デザインそのものに対する世の中のリテラシーがまだまだ足りていないと言ってしまえば、それまでなのかもしれません。しかしながら、問題の一端は実はクリエイター側にもあるのではないか、とも思うのです。

もちろん全員がそうではないのですが、クリエイターと呼ばれる人たちがその狭い世界の中だけで自分の技量を競い合い、マウントの取り合いをしているというような状況は、どの業界にもあるような気がします。それはそれで、クリエイターとしては当然大事なことでもあるのですが…。

理想的には、クリエイターは自分の表現活動を維持しながらも、その経験を生かし、「クリエイターではないけれどもクリエイティブに興味のある人たち」に対してもっと歩み寄り、その経験を伝承するということができれば、世の中全体のクリエイティビティも向上するのではないでしょうか。

みんながみんな、自分自身の実力を知らしめることばかりに執心していたのでは、後進も自然には育ってきません。そして何十年も同じような教育を垂れ流し続けているだけでは、偶然天才が出現でもしない限り、業界の発展も効率が悪いと言わざるを得ないでしょう。

しかしながら、「クリエイティビティ」のような曖昧なことを明確に人に教え伝えることは、容易ではありません。そのためには、教科書や講義だけで「教育する」というような姿勢ではなく、前述の「経験を伝承する」ということが効果的なのではないかと、私は考えています。

この「経験の伝承」について最も進んでいる学問は、もしかするとスポーツの領域かもしれません。「コーチング理論」が学問として確立されていることも、それを物語っています。

そういった意味でも「創造学群表現学類」のように、現場のプロが先達として実践や経験を通して自分の知っていることを伝授する機会というのは、大変貴重だと思うのです。

話が少し長くなりましたが、私がいま最も興味があるのがこの「クリエイティブ教育」もしくは「クリエイティブな経験の伝承」なのです。未来を変えようと思ったら、どんな分野でも最終的には教育の問題に行き着きます。このことは、クリエイティブな領域においても例外ではないはずです。

今回、本を書いたことも実はそれに関連しています。表向きは「面白い」ということを切り口にしてはいますが、これはそのまま「クリエイティブ」と置き換えても成立するような構成になっています。

本のあとがきにも書きましたが、「日本のクリエイティビティを元気にしたい」というのが、おこがましくも最大の目的だったりします。そしてこの本に書いてあることは、クリエイターのみならず、すべての人に伝えたい自分なりの「クリエイティブな経験の伝承」でもあるのです。


この記事が参加している募集

#とは

57,861件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?