ISHIYA

JAPANESE HARD CORE PUNK FORWARD/DEATH SIDE VOCALIST. バンド以外にライターをやっていて、雑誌やwebにて連載コラムやインタビュー、レポートなど多数。

ISHIYA

JAPANESE HARD CORE PUNK FORWARD/DEATH SIDE VOCALIST. バンド以外にライターをやっていて、雑誌やwebにて連載コラムやインタビュー、レポートなど多数。

    マガジン

    • 「失った右手が掴んだもの」マサミ伝第2章

      ISHIYA私観ジャパニーズ・ハードコア30年史外伝〜「失った右手が掴んだもの」マサミ伝の第2章。

    • No it U Lover

      No it U Lover  UはYOUと同じく「あなた」の意味だとしよう。実際英語表記でYouをUと書くこともある。英単語としてはおかしいとは思うが、無理やり訳すことはできる。「いいえ、あなたは愛する人です」とでもなるのだろうか。ひとつの意見や思いに過剰な攻撃をして来る人間に対して「いいえ、あなたは愛する人です」と言える度量と寛容さがあれば、世の中はより良く変わっていくような気がする。そしてこの文字を繋げてみよう。「NOITULOVER」。反対から読んでみて欲しい。「REVOLUTION」。今まで俺が仕事でやっていたことを、どこにも発注せず、どの会社からの制約も受けず、忖度もすることなく自分の思いを売文家の文章として表現するコラムになるだろう。俺個人が作る格安web雑誌のような感覚で捉えてもらえるといいかもしれない。

    • 銭湯のおかげです

      俺が行った銭湯をコラム形式で紹介します! ISHIYA twitter https://twitter.com/ishiya_148 instergram https://www.instagram.com/ishiya_forward/?hl=ja

    • 雑誌「別冊PECKINPAH」ジャパコア✖️マサミ

      2016年に発売された雑誌「別冊PECKINPAH」で、日本ハードコアパンクの創成期において中心事物で会ったMASAMIさんの特集とともに、現在の東京ハードコアシーンで活躍するバンドのインタビューを行った。当時は本のために文字制限があったが、WEBで公開することによりカットされた秘話なども盛り込み、大幅な加筆修正によって再び世に出ることとなった。

    • ISHIYA私観「平成ハードコア史」第4章

      第1章から第3章まで、昭和や平成に起きたことなどついて触れて来たが、平成という時代も西暦2000年をまたぐ頃になると、ハードコアの世界でも様々な出来事があった。 あまりにも多くの出来事があるために、遅々として書き進める時代が進んで行かないのだが、この第4章では新たに世界に飛び出していった日本のハードコアや、多くの経験を積んだハードコアの人間たちが、どのような変化を遂げていったのかということも含め書き進めて行きたいと思っている

      • 「失った右手が掴んだもの」マサミ伝第2章

      • No it U Lover

      • 銭湯のおかげです

      • 雑誌「別冊PECKINPAH」ジャパコア✖️マサミ

      • ISHIYA私観「平成ハードコア史」第4章

      • すべてのマガジンを表示

    最近の記事

    ISHIYA私観ジャパニーズ・ハードコア30年史外伝〜「失った右手が掴んだもの」マサミ伝 購入者特典 #4 ハードコアと学園祭

    「#4 ハードコアと学園祭」   書籍「右手を失くしたカリスマ〜MASAMI伝」の発売が決まり加筆したものに、P156の「#19 東京バトルDAYSとGHOUL初関西」という話の中で、法政大学学館大ホールで1984年6月、9月に行われた東京バトルDAYSについて触れている話がある。  当時は様々な大学の学園祭で行われるハードコアのライブが多く、note連載第1章#13と、書籍P087 #10に書いた「T大オールナイトGIG」も、そうしたライブのひとつだったと思われる。 (参

    有料
    300
      • ISHIYA私観ジャパニーズ・ハードコア30年史外伝〜「失った右手が掴んだもの」マサミ伝 購入者特典 #3 チフス、THE WILLARD、ルート66が居る高校

        「#3 チフス、THE WILLARD、ルート66が居る高校」  前回ハードコアパンクが出現する以前の東京アンダーグラウンドシーンで、非常に重要な存在であり東京ハードコアの礎となったBODIEについて触れた。  そして1981年、東京にハードコアパンクが出現するのだが、それまでの間には東京ロッカーズが終わりを迎えたシーンに、本当の意味でのニューウェーブ(新しい波)を作り出していたバンドが、BODIE、じゃがたら、THE STALIN、チフスなどであった。  この時期に観客や

        有料
        300
        • ISHIYA私観ジャパニーズ・ハードコア30年史外伝〜「失った右手が掴んだもの」マサミ伝 購入者特典 #2 BODIE

          「#2 BODIE」  「失った右手が掴んだもの」マサミ伝の第1章#10と、書籍「右手を失くしたカリスマ MASAMI伝」の#07に掲載されている「東京ハードコアパンクの礎」で、東京のハードコアパンク出現以前に活動していたBODIEについて触れている。 (参考記事第1章#10 東京ハードコアパンクの礎)  マサミ自身が登場することはないが、東京のハードコア・パンクシーンを語る上でどうしても外せない事実であったために書いた話である。  書籍発売後に様々な方からBODIESは

          有料
          300
          • ISHIYA私観ジャパニーズ・ハードコア30年史外伝〜「失った右手が掴んだもの」マサミ伝 購入者特典 #1 THE COMES

             noteで連載していた【ISHIYA私観ジャパニーズ・ハードコア30年史外伝〜「失った右手が掴んだもの」マサミ伝】が、タイトルを【ISHIYA私観ジャパニーズ・ハードコア30年史 番外編 右手を失くしたカリスマ MASAMI伝】と変更して株式会社blueprintより書籍化され、大変多くの方に読んでいただいております。本当にありがとうございます。 「ISHIYA私観ジャパニーズ・ハードコア30年史 番外編 右手を失くしたカリスマ MASAMI伝」特設サイトhttps://

            有料
            300

          マガジン

          マガジンをすべて見る すべて見る
          • 「失った右手が掴んだもの」マサミ伝第2章
            ISHIYA
            ¥1,000
          • No it U Lover
            ISHIYA
            ¥1,000
          • 銭湯のおかげです
            ISHIYA
          • 雑誌「別冊PECKINPAH」ジャパコア✖️マサミ
            ISHIYA
            ¥500
          • ISHIYA私観「平成ハードコア史」第4章
            ISHIYA
            ¥1,000
          • ISHIYA私観「平成ハードコア史」第3章
            ISHIYA
            ¥1,000

          記事

          記事をすべて見る すべて見る

            ISHIYA私観ジャパニーズ・ハードコア30年史外伝〜「失った右手が掴んだもの」マサミ伝 購入者特典 #1 THE COMES

             noteで連載していた【ISHIYA私観ジャパニーズ・ハードコア30年史外伝〜「失った右手が掴んだもの」マサミ伝】が、タイトルをISHIYA私観ジャパニーズ・ハードコア30年史 番外編 右手を失くしたカリスマ MASAMI伝】と変更して株式会社blueprintより書籍化され、大変多くの方に読んでいただいております。本当にありがとうございます。 ISHIYA私観ジャパニーズ・ハードコア30年史 番外編〜右手を失くしたカリスマ MASAMI伝 特設サイト https://b

            有料
            300

            銭湯のおかげです 肆湯目 「東上野 寿湯〜夏の終わり」

             夏休みが終わってしまうために、最後の追い込みで宿題をやっていた息子だったが、ダラダラとやっていた宿題になんとか終わりが見えてきた頃に話しかけてきた。 「ねぇ父ちゃん。この前の露天風呂気持ちよかったね」  「ああ、あの露天風呂はよかったな。水風呂もあったからな」 「他にも露天風呂がある銭湯ってないのかな?」 「あると思うぞ。調べてみるか」 「うん。宿題終わったら行こうよ」 「そうか。それじゃ頑張って早く終わりにしろ」 「うん!」  夏休みが終わりになったら、そ

            ISHIYA私観ジャパニーズ・ハードコア30年史外伝〜「失った右手が掴んだもの」マサミ伝〜あとがき

             ISHIYA私観ジャパニーズ・ハードコア30年史外伝〜「失った右手が掴んだもの」マサミ伝を購入して購読してくださったみなさん。本当にありがとうございました。  この物語を書くにあたり協力してくれた諸先輩方と友人、購入してくれたみなさんのおかげで、無事書き終えることができました。  書いている最中、取材しながら聞けるマサミさんの話もさることながら、当時のハードコアシーンの話は非常に面白いものばかりでした。事情により書けない話が山のようにありますが、それが世に出るとすれば、遠い

            ISHIYA私観ジャパニーズ・ハードコア30年史外伝〜「失った右手が掴んだもの」マサミ伝第2章〜#15 汚れなき豚友達へ!!

            「#15 汚れなき豚友達へ!!」 今思ってみると、初期GHOULやBAD LOTSのときとは比べ物にならないぐらい別人かと思うほど、この頃になるとマサミは側から見ていても明らかに元気が無かった。  ライブハウスで目立つようなこともなくなり、いつも大人しく酒を片手に静かにしていたと思う。  当時の筆者の感覚で言えば、確かに元気はないのだが「マサミに限って何かあるわけがない」といった感じで、何も心配はしていなかった。元気がないのは、バンド内の関係がうまく行ってなかったからではない

            有料
            300

            ISHIYA私観ジャパニーズ・ハードコア30年史外伝〜「失った右手が掴んだもの」マサミ伝第2章〜#14 SQWADから再びGHOULへ

            「#14 SQWADから再びGHOULへ」 BAD LOTSがどのような形で終わったのかは定かではないが、マサミソロアルバム「POWER LINE x SHOCK LINE」で、BAD LOTSからL.O.Xへ繋がる流れができていたことは確実である。  のりをとハイドがクビになり、LIP CREAMのナオキとXのYOSHIKIが参加することで、アクトが別にやっていたバンドORANGEの3つのバンドの頭文字をとり、バンド名がL.O.Xとなる。  このバンドでの活動期にはMASA

            有料
            300

            ISHIYA私観ジャパニーズ・ハードコア30年史外伝〜「失った右手が掴んだもの」マサミ伝第2章〜#13 BAD LOTSとL.O.X

            「#13 BAD LOTSとL.O.X」 GHOUL解散後にソロ作品を出し、そのままBAD LOTSになりライブ活動を再開したマサミだが、BAD LOTSとしては作品を発表していない。マサミソロ作品である「POWER LINE x SHOCK LINE」のB面「SHOCK LINE」サイドが、メンバーも曲もBAD LOTSではあるが、BAD LOTS名義として発表された作品ではない。  THE LONDON TIMESとのソノシートでLONDON LOTS名義で「ビバ!!クリ

            有料
            300

            ISHIYA私観ジャパニーズ・ハードコア30年史外伝〜「失った右手が掴んだもの」マサミ伝第2章〜#12 GHOUL解散

            「#12 GHOUL解散」 1986年のハードコアシーンは、かなりの盛り上がりを見せていた。次々と若手バンドが台頭し、代表的なところでは SxOxB、DEADLESS MUSSなどがあげられると思う。  ちょうどこの86年頃、筆者のバンドDEATH SIDEでも都内でのライブができるようになった頃で、GHOULやTHE TRASH、GAUZE、LIP CREAMなどのライブに出演させてもらえるようになって行った時期である。  当時筆者はライブハウスにもかなり頻繁に通い、東京

            有料
            300

            ISHIYA私観ジャパニーズ・ハードコア30年史外伝〜「失った右手が掴んだもの」マサミ伝第2章〜#11 音楽の好みと艶話

            「#11 音楽の好みと艶話」 日本のハードコアパンクバンドとして、初めて長期に渡る連続した日程のツアーを行ったマサミのGHOULは、地方に初めて東京のハードコアを伝えることとなる。  それまで関西方面や東海地方などであれば、様々なハードコアパンクバンドが訪れていたが、東北や中国,九州地方に東京のハードコアパンクバンドが訪れることはなかった。GHOULが北海道へ行く前年の1984年にGASとSYSTEMATIC DEATHが北海道を訪れているが、これが東京ハードコアパンク(GA

            有料
            300

            ISHIYA私観ジャパニーズ・ハードコア30年史外伝〜「失った右手が掴んだもの」マサミ伝第2章〜#10 ヤクザと警察

            「#10 ヤクザと警察」 GHOULとMOBSの極悪ツアーが行われた1985年には、日本に初めて海外のハードコアパンクバンドが来日した年でもあった。  初めて日本に来日したハードコアパンクバンドは、イギリスのG.B.Hである。そしてそのすぐ後にCHAOS U.Kが来日する。G.B.Hのときの共演は、確かLAUGHIN’ NOSEだった気がするが、筆者は観に行っていないので確かではない。  その後海外ハードコアパンク来日第2弾で来日したCHAOS U.Kのときには、日本のハード

            有料
            300

            ISHIYA私観ジャパニーズ・ハードコア30年史外伝〜「失った右手が掴んだもの」マサミ伝第2章〜#9 極悪ツアー

            「#9 極悪ツアー」 マサミの盟友であるBEAR BOMBが抜けてしまったGHOULだったが、活動が止まることはなかった。  BEAR BOMBの置き土産である楽曲「Oi!Oi!」もソノシートとして発売され、GHOULの人気は不動のものになっていく。  このソノシートのレコーディングはベースが不在のために、ギターのマックスがベースを弾いてレコーディングされたようだ。あのロックンロールのベースラインはマックスが考えたもののようで、この曲によってGHOULの新たな一面も垣間見えた

            有料
            300

            ISHIYA私観ジャパニーズ・ハードコア30年史外伝〜「失った右手が掴んだもの」マサミ伝第2章〜#8 BEAR BOMB脱退

            「#8 BEAR BOMB脱退」 GHOULとして順調に活動していたマサミだったが、盟友でありGHOULに欠かせない存在であるベースのBEAR BOMBが脱退することになってしまう。  THE TRASHをクビになった後のマサミが、バンドをやるためには欠かせない人物であり、家も近所だったために常に一緒に行動していたのがBEAR BOMBだった。  マサミとBEAR BOMBはGHOULという音楽活動以前に、日常的に生き様がパンクスであった。筆者は個人的に、そういったパンクスの

            有料
            300

            ISHIYA私観ジャパニーズ・ハードコア30年史外伝〜「失った右手が掴んだもの」マサミ伝第2章〜#7 渋谷センター街騒乱

            「#7 渋谷センター街騒乱」 1984年にGHOULを結成したマサミは、東京のシーンの中心となり、関西へのツアー行くなどもして、その名が日本全国へと浸透し始める。  当時の東京ハードコアパンクシーンは、鹿鳴館や他の場所でも行われることはあったが、基本的には渋谷屋根裏を中心に行われており、毎月何度か何かしらのハードコアパンクのライブが行われていた。  そうした屋根裏のハードコアパンクのライブのほとんどに出演していたのがGHOULであり、出演していなかったとしても、マサミとトラッ

            有料
            300