ウツ婚!!デート編後半戦

・困難なトリセツ

・#メンヘラとデートなうに使っていいよ


困難なトリセツ

それでもやっぱり、デートは緊張の連続だった。何を食べるか何を話すかも全然わからないまま。トイレには一回のデートで最低5回は行った。

私は今でもよく飲み物を飲むのだけれど、それは昔からの「ダイエットには沢山の水を飲め!モデルは一日二リットル!」をやっていた後遺症もあるけど、単純に頭の中があーでもないこーでもないと忙しい上に動作も無駄が多くて喉が渇くのである。


更に躁鬱病に間違われる私は実はただの年中ダウナー系鬱であり、何かしら五感を刺激していないとマジでフリーズしてしまうのだ。何もしていないと本当に寝ちゃう。人と喋らないと頭が動き出さない。一人の時は自分で自分を何かしら叩いて、自己覚醒させていないと何かをするってことが困難だ。


対人緊張も激しいから、最初の30分くらいは相手が何を話しているのか本当に解らない。そのため最初は自分がべらべら喋って自分をほぐし、脳や身体をストレッチさせないと相手の話が聞けない。フリーズしちゃうのを防ぐためにしょっちゅう水を飲むし、そうしたらトイレに行きたくなるし、とにかくせわしない。


こんな私の習性は初対面の人をいらだたせるに充分だった。相手からすれば急に中身のない話をべらべら喋ってくる。こっちの話を聞くかと思えば、なんか飲んだり食べたりトイレに行ったり、そしてコップも倒す。私が物をよく倒すのはここ数年体重がいつも大幅に変動しているため、自分と物との距離が把握できていないのだ。

ちゃんと検査を受ければもっと詳しい病名とやらがつくのだろうけど、面倒臭くて調べてない。初めての病院に一人で行くために身体や頭を動かすのが大変だし、手続きが煩雑すぎて頭ゴチャゴチャして無理って放り投げちゃう。


あと単純にいつも現実感がない。こうしたらこうなる、といった規則性というまでもない当たり前のことが実感として感じられていない。人間、引きこもり過ぎるとマジで当たり前のことが当たり前じゃなくなってしまい、それはどう自分を肯定したところで周りに多大な迷惑を掛けるのだな・・・と倒れたグラスに床にこぼれる水を見ながらいつも反省する。



そんなこんなで、またもやトイレに行く。そしてトイレに行くたびにこんがらがった頭を落ち着かせるために、順番通り毎回化粧を直す。でも!これは私が悪いんじゃないと思っているのだけれど、デート先のトイレって大体ムーディー過ぎない?!無駄に照明が暗いから自分の化粧がどんどん厚くなっていくのにも気付かず最終的にドラアグクイーン一歩手前みたいになっていて、デート相手もご飯処に居る分には酔っぱらってもいるし良いのだけれど。帰りの駅のホームまで送ってくれたとき、容赦ないJRの蛍光灯の下にさらけ出された私の脂と化粧にまみれた顔は、相手の酔いを覚めさせるに充分だった。

相手の反応が急に変わるからいつも変だな、手の振り方がそっけなかったのかなって、自助グループ仲間が帰る仲間を見送るときみたいに相手が見えなくなるまでぶんぶん振ったら無視して逃げ帰られた。
帰宅前にコンビニのトイレにまた寄って、ようやく自分の顔を直視して事に気付いた私は「東電OLってこんなんだったのかな」と摂食障害界の大パイセンに思いを馳せたりもした。


#メンヘラとデートなうに使っていいよ

「新宿南口に着いたよ♪お花屋さんの前に居るね♪」鳥肌が立つのを抑えながらメールを送り、面の皮を厚くしてその日のデート相手を待っていた。ヤバイ。向こうから綺麗な女の子が来た。せっかくむりくり花を背負っているのに比較されたら負ける。おっ向こう側には白人の太った男の子が携帯を弄りながらお菓子食べているぞ。その横に移動だ。私は常に自分がどうやったらマシに見えるかを考えながら待ち合わせをしていた。
ドラマ『やまとなでしこ』で松嶋菜々子はデートには遅れて行けって言ってたけれど、私CAじゃないし。ようやく受かった雑貨店の販売員は週二で各三時間という、採用即戦力外通告みたいな労働条件で、バイト代はお見合いパーティーの参加費用と過食代に消えていた。
そもそも私みたいなメンヘラがデートに遅刻したってODかな?リスカかな?死ぬ死ぬ詐欺かな?としか思われないし。迷惑なだけだから必ず30分前には待ち合わせ場所にいた。暇だし。待ち合わせ場所の近くにあるPLAZAとかで化粧直しを思いっきり済ませて面の皮を物理的にも厚くして。
丹念過ぎるほどに自分のパッケージを整えて、次は場所を選んでいた。新宿や渋谷や銀座はまだいい。花屋やロクシタンがあるから。お花に囲まれていれば、もしくは良い香りがすれば、私は通常モードよりマシに見える。だから待ち合わせ場所には拘ったけれど、恵比寿で待ち合わせと言われたときは困った。恵比寿西口って何もないし。唯一目印になりそうな交番の前にいても迷子みたいだし。そのときは無難に恵比寿像の辺りにいたら、モデル風の女の子が横に来てしまい、私は慌てて反対側に回って恵比寿像に張り付いた。デート相手として恵比寿様よりはイケてるはず。福はないけど。病みと闇はある。



そんなわけで、待ち合わせ一つにもヘロヘロになりながら本日のデート相手、高橋さんが登場。「(一時間前に現地入りしているけれど)全然待ってないよ」と答えて食事処へと歩き出す。リクエストはいつも和食。過食では食べないから。野菜とか魚とか。高橋さんは骨董品のバイヤーをやっている38歳。年収はかなり良いし、見た目もタイプだ。私は祖父が書家である(40歳まで無職でバアちゃんが饅頭屋やって子どもを育て上げたから、実際書家の時期は短いけれど)ことを最大限にアピールして何とかデートにこぎ着けた。
私は美術品の販売員(だって雑貨も、ざっくり分ければ「美術品」じゃない?)だと言い張り、絵とかも置いてあったから「絵画を売っている」とも言った。この前は400円のハンカチしか売れなかったけど。一応、買う人がいるのならお店に飾ってある絵も売っちゃうみたいだし。売れたって聞いたこと無いけど。


前回のデートで高橋さんは「山が好きだから山小屋の番人をやっていた時期があるんだ。トレッキングのツアー客とかに経路や注意点を説明するわけ。でもさ、しばらくして気が付いたんだよね。山小屋にいるとさ、山に登れないの」という見事に私の心を掴むまじめ系とぼけた経歴で「現在結婚したい人N0,1」だった。しつこいけど年収も見た目も良いし。私はご飯を食べている間、彼の心を掴もうと一生懸命喋った。私って色んなことを知っているでしょ?世間知らずじゃないのよ?お馬鹿さんなんかじゃないの。とアピールしまくった。なるべく自分の得意分野を。話題は、現代における性的虐待の多さについて。この前メンヘラ仲間がシンポジウムに連れて行ってくれていたから、専門家のご意見もバッチリ☆高橋さんはコース最後の炊き込みご飯と果物を断っていたけれど、小食なのかなって思った。
翌日早朝に高橋さんから丁寧なお祈りメールが届いて、実家のベランダでタバコを吸っていた私は「くやしい!」と吠え、自助グループに行ってこの悲しみを涙ながらに蕩々と語り仲間たちに笑われた。



弟が職場で、出張に行った同僚からお土産をもらってきたので「お礼状」と称して自分のアドレスを書いた手紙にプリクラを張って無理矢理その同僚に渡したこともある。弟は「姉ちゃんマジで勘弁してくれ」と怒りながら帰ってきて、母親は「まあまあ。月美は婚活中だから仕方ないのよ」と大笑いしながらなだめていた。返信は無かった。


なりふり構わなかったから、私はそれなりにチャンスを得た。次の相手は洋介君。ゼネコン社員で36歳。すごく太っていたけれど、私のことをカワイイカワイイと言ってくれた。不動産業界は飲み会が仕事みたいで、私との平日夜のデートもその前に地主たちとの飲み会があって、赤ら顔のまますまなそうに来た。ごめんなさいって顔が愛らしくて忙しいのに時間を割いてくれるのが嬉しかった。日曜日のデートも午前中が法事だったりして、やっぱり赤い顔でやって来て、疲れているのにごめんね。家族想いだね、とも思った。

マジで洋介君と結婚しようと思った私は、親友に会わせた。彼女のお眼鏡に適えば即入籍って思ったし、洋介君も「早く結婚したい」と初めて会った日から言い続けてくれたし。
でもそのときの親友は年下のインターンと付き合っていて、その彼氏は社会的身なりっていうか「もうちょっと落ち着いた格好しなよ」とか絶対言わない男で。それより彼女のFBの方が気になるみたいで。一緒にクロス(今は無き西麻布のクラブ)で騒げる方が大事で。付き合った男色に染まる彼女の、史上最大ギャル期だった。

待ち合わせにワカメちゃんよりパンツの見えているスカートと、もはや黒魔術感さえ漂う猟奇的なスカルプネイルは、洋介君をドン引きさせるには充分だった。「結婚しようと思うの」と報告する私たちに「へぇ。いいじゃん」とタバコの煙を吐き出しながら答えた彼女に、日本最高峰の大学を出ているアカデミズム感は一切排除されており、それはどうやら私の交友関係の信頼性を著しく落としたようだった。
その日以来、洋介君からの連絡は徐々に減り、気付けば音信不通になっていった。でも諦めずSNSを辿っていたら、私の連絡を無視して飲み会に興じる投稿を見付け、ギリギリと歯を食いしばる代わりに過食した。そのままSNSを追っていたら数ヶ月後に肝機能がおかしくなって入院した洋介君を心配する投稿を見付けた。アルコール依存症だった。マジで私の親友は類い希なる才能を持つ女だと感謝した。



ヤバイマジヤバイ。早くしないと時間切れに。焦った私は出会いの場には積極的にと言うよりも強迫的に出続けた。「男性45歳以上」と銘打ったお見合いパーティーは、行ってみたらどうみてもパーティーというより寄り合い感しかなかったけれど、そこで明さんと出会った。

明さんは某メーカーの課長さんで47歳。バブルの残骸感が半端じゃなくて、パーティーの後にするりと私をイタ飯(イタリアンのご飯)に誘って口説きにかかった。口説かれるのは心地が良くて一瞬自分を青田典子と勘違いしそうになったのだけれど、あくまで松たか子っぽく「うちの父親は会社をやっているの」とお嬢様ぶった。従業員はママだけだけど。
明さんは私のお嬢様話やフランス映画(父親はフランス語の通訳だけれど、家では「男はつらいよ」と「ロッキー」しか観ない)の話に大層感動し、私のことを「ファム・ファタール(運命の女)」だと言った。
何でも良いから籍を入れてよと思ったけれど、明さんがファム・ファタールとすぐに入籍しなかったのはバツイチだからだ。明さん曰く、30代の時にCAの彼女と合コンで出会い結婚。しかし専業主婦になった妻は帰りの遅い明さんにヒステリックに怒鳴り散らしノイローゼに。ついに精神科に通うことになってしまい双方の両親の合意の元、離婚。それで明さんは月美ちゃんがそうならないか不安だそうだ。
大丈夫!もう通院歴は五年くらい!今日も精神科帰り!と言うほどには面の皮が厚くなかった私は、なんとか明さんの不安を解きほぐし結婚してもらおうと頑張った。

名前だけは聞いたことのある映画や本の話を沢山ちりばめて、感想を聞かれたら「無意味さの中に意味があるのよ」と気狂いピエロな返答で何とか切り抜け、明さんが連れて行ってくれるお店のランクがどんどん落ちていくことも気にしないでいた。イタ飯の次はmu-MU(avexがプロデュースする銀座のレストラン。お酢を水で薄めたジュースが一杯二千円くらいする)で次は?と期待した私に「俺、本当はこういう店の方が好きなんだよね」と洋食屋でナポリタンを注文されても「なんか明治の文豪みたい!」って思ったし。ジョナサンに連れて行かれても「テイクアウトもやっているなんて最近のファミレスって凄い!」とジョナサンの肩を持ったし。寧ろ結婚後の生活を考えたらいつも高いお店に行っていたら家計が破綻するもん。養老乃瀧でバブル期の新卒採用について話す熱く明さんは、twitter炎上必至の老害だったけど、私にとってはようやく掴んだ蜘蛛の糸だった。


その糸を掴んで離すまい。絶対登り切ってみせるって必死だった。明さんが「あなたが待ち合わせの時に僕を見付けると嬉しそうに小走りする姿が好きだ」と言ったので、どんなヒールを履いていても明さんを発見し次第、走り寄るよう心がけた。


その日のデートは明さんの仕事が終わったらご飯を、ということだったので私はいつでもダッシュできるように待ち合わせの駅でキョロキョロしていた。夕方の新橋駅はトレンチコートを羽織ったリーマンで溢れており「ウォーリーを探せかよ」と思ったけど私はしっかり100m向こうから歩いてくる明さんを見付けた。

大袈裟に手を振っている私に確かに明さんは気付いていた。でも一緒に帰路に付く同僚との話に夢中で私の方にはちらりとしか目を向けなかった。あれ?微笑みが足りなかったかな?と思って最大限のスマイルとともにまた手を振った。距離は30m位になっていたけれど今度は明さんは私の方を見向きもしなかった。あと10mってところでようやく無視されていることに気付いた私は、あと5mも駆ければ明さんと腕が組めるのだろうけど、そんなの迷惑なのだってわかって新橋駅に立ちつくした。

数分後、明さんは「さっきはごめん。同僚と一緒だったからさ。僕があんまりにも若い子と付き合っているって知れたらマズイから」と反対の出口から出てきて私に声を掛けた。マズイの意味がわからなかったしわかりたくもなかったから「私は日陰の女なのね」と冗談を言ってそのまま食事に行った。
気付けばファム・ファタールはどんどん日陰の女になっていった。日曜の朝からデートをしても、夕方から同窓会があった明さんは「同級生なんかおばちゃんばっかりだよ」と言って私を早めに帰した。同窓会は月一行われてた。デートは明さんの職場である銀座から「文豪が多く住んでいたから」という理由で離婚後に引っ越した西馬込になり、養老乃瀧にすら連れて行かれず、「まいばすけっと」で食料を買い込み明さんの1DKの部屋で古い映画を何本も観た。結婚したいと言われ続けてはいたけれど明さんの査定はまだまだ続くのかなって私も疲れ始めていた。



蜘蛛の糸はか細い一本だったから千切れたのではないか。落下するのを怖れた私は、その不安や恐怖を精神科で嘆いた。

悩み嘆いて涙まで流して訴えたのに、主治医も精神科仲間も爆笑だった。通院する皆様が余りにも真摯な悩みを吐露する中、私の嘆きは「恋バナ」にしか聞こえず、重い話ばかりを聞き飽きていた皆様に格好のエンタメとして受け入れて頂いた。いや、こちとらマジなんすけど。あまりにポップすぎる私の悩みに、仲間は沢山の助言や世話焼きをしてくれ始めた。ラブアンドポップに感謝。



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