ウツ婚!!お付き合い編2 分かり合えやしないってことだけを分かりあうのさ


〜分かり合えやしないってことだけを分かりあうのさ〜



さて、裕二は二、三回のデートをこなして私に「付き合ってください」と告白してくれた。

その二、三回のデートについて簡単に記すと「2時間くらいで、一緒にご飯を食べた」であり、もうちょっと付け加えるなら「会話が噛み合うことはなかった」である。

更に詳しく話させてもらうと、裕二は待ち合わせに必ず「今から行く食事処の食べログと地図のコピー」を持参しており、そのコピーを進行方向にクルクル回しながら私を連れて行ってくれた。
「今仕事が忙しくてごめんね!この後も会社に戻らなくちゃいけないんだ」という裕二の事情は、私に「頑張ってお仕事してるのね」「そんな中、デートしてくれるなんて」という尊敬の念を抱かせたが、必然デートは2時間くらいで終わらせなければならなかった。クルクル回しながら辿り着いた時点で、残りは1時間ちょっとである。

メニューを見て注文をして早速会話を開始したが、食べたり飲んだり頼んでいたものが運ばれてきたり、まぁゆっくり会話を楽しむ余裕などなかった。更に裕二はいわゆるコミュ障であり、それは私よりも遥かにマシだとしても、コミュ障同士の会話は難航する。なので、このデートの慌ただしさはこのコミュ障カップルをかなり救った。
それは「何度かお会いしましたよね」的な内容しか得られなかったにせよ、「数回デートを重ねた」という大義名分を与え、「告白」をするのに不自然ではないくらいの建前にはなった。




「付き合って下さい」
電通ビル最上階のレストランで裕二はそう言ってくれた。(領収書ではなくオズモールクーポン使用)内心キターーー!だったが、従姉のお姉ちゃんが40歳を過ぎてからダーリンを捕まえたときの名台詞を拝借させてもらった。
「私もこの歳なので結婚を考えたお付き合いでないと・・・」
従姉が聞いたら「月美は27のくせに!」とぶっ飛ばされるだろうけれど、幸い宮崎に住んでいるし。実際、私の方がどげんかせんといかん!
私は汐留のレストランと己の場違い感に圧倒されながら、従姉から賜った名台詞を絞りだすように言った。そこらの安居酒屋だったら裕二の首根っこをひっつかんで目を血走らせながら言ったと思う。図らずも控えめな物言いが功を奏したのか、はたまたこんなところで「いや、それ重すぎるっしょ!」とは言いづらかったのか、裕二は私の申し出をOKしてくれてめでたく!付き合うことになった。「結婚前提」で。



ようやく仕事の落ち着きだした裕二と、休日デートをしようということになったサンデー毎日な私はプランに困った。とりあえず裕二が「休日はカフェを巡っています」というので、お勧めのカフェに行く事になった。案内された先はタリーズだった。
電車代さえ困窮する私が、なんとか自転車で行ける繁華街が六本木だったため「この辺よく知らないんだよね」と言い訳する自称カフェ巡りが趣味の裕二と、六本木のタリーズに入った。さぁ、何話そう。
隣の席の黒人みたいに「what’s up?」と言うのが躊躇われたため、「最近お仕事どうですか?」と聞いたが「落ち着きました」〜fin~。ですよね、だからこうやって昼から会ってるんですよね。「月美さんはどうですか?」と裕二も果敢にワッツア?を試みたが、万年休業状態なため「ぼちぼちです」と関西人バージョンで返した。〜fin~。。。


焦った私は、もうフリースタイルダンジョンよろしく裕二に詰め寄り、「親に感謝?」「レペゼン地元?」なリリックをゆるふわコードに直して家族構成や生い立ちを聞いた。そこで語られた裕二の話は、ここが六本木であることを忘れさせるほど晴耕雨読なお話で、急にフリースタイルは宮沢賢治調に変わった。


裕二は関西の農村生まれ。親は農業と牧畜を営み、姉は結婚して近くで介護士を。弟は実家を二世帯にして、その農家を継いでいるということだった。
悪そうなやつは大体友達どころか米も野菜も体に良さそうなものは大体作っている裕二のご家庭は、いつも想定の範囲外をいく私でも想定できなかったお話だった。東京タワーのお膝元に暮らす私にとって、食べ物は工業製品であり、飢えた経験もなければ植えた経験もない。
裕二のパンチラインに打ちのめされた私は「何ソレ?超ヤバくない?!良い意味で!」を略して「イイネ!」と推した。裕二は田舎者である自分をものすごく恥じていたが、私は「お前、今オーガニックとかLOHASとか超イケてるの知らないの?!」をオブラートに包んで更に推した。

申し訳なさそうに「月美さんは?」とマイクを返す裕二に、私はもう、姉がどうだとか弟がどうだとか親友がどうだとか、いっぱいいっぱいの背伸びする気も無くなって、最近受かった週二回のアルバイトをさも正社員で毎日働いているかのように盛るだけにした。裕二はグイグイ行く私と真逆で、あんまり背伸びして威圧感出すと、土管に駆け込むザリガニみたいに逃げて行っちゃいそうだったから、なんとかスルメあたりの話で釣り上げようと決めた。



そんな心優しき素朴代表の裕二と付き合っても私は不安でたまらなかった。振られちゃったらどうしよう。そしたらまたイチから婚活するの?沢山の不安な気持ちは他の男の人に連絡を取り続けることで紛らわせた。
「彼氏が出来た」なんておくびにも出さず、次のデートが出来ない言い訳をいっぱい考えて、「忙しくて参ってる。会えないけど精神的に支えて欲しい」とメル友の依頼を発注しまくった。そうやって保険をかけて、気を紛らわせて、愚痴を吐いて、ギリギリ裕二との関係性を保ち続けた。
もちろん精神科では主治医やカウンセラーに「死にたい」「疲れた」「もうやだ」「引きこもりたい」「でも結婚したい」と嘘偽りのない気持ちをぶつけまくっていたけれど。それをゆるふわ言語コードに直して、他の男の人にまで吐き出し続けていなければ耐えられないほど、私には一人の人との関係性を良好で有効な方向に保ち続けるなんてことが出来なかった。


何度かデートしても裕二から「精神科行っているの?」なんて質問は普通に出てこないから、私は何も言わなかった。でもやっぱりなんだか変な私に、裕二は一度「不定愁訴?」って聞いたことがある。しかしガチガチの精神病院にしか行っていなかった私は、そんなはんなりほんわかワードを本当に知らなくて「何ソレ?」と聞き返したことで、裕二はNOなのだと解釈したみたいだった。まぁ解釈は人それぞれだしって放って置いた。



私たちのデートはカラオケばかりだった。同世代だからって建前だけど、本音は全く会話が噛み合わなかったからである。育ってきた環境が違うから好き嫌いは否めないどころか、共通の話題も言語もなかった。お互いが歌う曲すらも知らなかったけど、裕二が歌っている間に私はタバコを吸いに行けたので良かった。裕二はカラオケが村になかったので、社会人になるまで行ったことがなく、カラオケデートなんて高校生みたいなことも新鮮だったようだ。因みに、高校生の時はタバコを吸うために日々カラオケに溜まっていた私にとって裕二の音痴は耳を疑うくらい新鮮だった。

カラオケの次はプリクラを撮ったこともある。どこまでも高校生のようだが、もちろん裕二は初体験だ。実はプリクラ機のアカウントも持っていて、撮った画像を携帯に転送出来るようにまでしている私は、「俺についてこい!」と裕二をプリクラ機の中に押し込んだ。
するとそこに、前に撮った人が忘れた財布が落ちていた。私は「もし触ったら盗ろうとしていると疑われるから、速攻店員を呼んでこよう」と思って、密室であるプリクラ機の中から急いで出た。すると後ろから裕二がなんの躊躇いもなく財布を持って、悠々と店員さんに届けたのだ。私はその差に、今まで私と裕二が受けてきた人物評価の差を感じて、なんだかすっごく安心した。私みたいに扱われてこなかった人なら大丈夫だって思った。


季節が冬になり、街中がクリスマスムードになる頃、裕二にミキモトのクリスマスツリーの前で待ち合わせて点灯とイルミネーションを見てから食事に行こうと誘われた。私は冬季鬱をなんとか外に出て過ごしている自分と、今まで引きこもっていたから銀座のすぐ近くに住んでいるのに見たことなかったミキモトのツリーを見られた喜びにすごく感動した。
裕二は「女の子はやっぱりイルミネーションとか好きなんだな」って素朴な結論を出し、その後のデートは全てミキモト前になったから、正直飽きたけど、方向音痴二人が無事会うには同じ場所でちょうど良かった。一番の盛り上がりが待ち合わせという単調なデートもその後は続いた。


でもやっぱり、人と会い続けるのも外に出続けるのも、私には相変わらずキツくって何度もドタキャンした。結婚したときに嘘がバレたら困るから、法事でも会わないくらいの遠い親戚にバタバタと死んでもらうことにした。そして「こんなに身内の不幸が続くと、何か幸せな報告で両親を喜ばせたい」と圧をかけるのも忘れなかった。
初めて映画を観に行こうとの約束も当日のドタキャンをかまされた裕二は、気合いを入れて取った「カップルシート」で一人観ることになった。以後、裕二に映画に誘われることはなかった。




そうやって、その場しのぎで当たり障りのないデートを続け、お互いがお互いをわかりあうことなどなく、わかり合えやしないってこともわかることなく、私たちはそろそろ本題に入ることにした。正直、他に共通の話題も無かったし。裕二は私の「入籍希望日」に向けて、これからのデートを逆算しようと提案して来た。



この時点で裕二にとって私は一応「結婚相手として付き合っている女の子」であり、色々見定めてはいたんだろうけど、別に決め手もなければ失格理由もない、といった所だと思う。だからボロだけは出すまいとお付き合いを続けた。もうボロボロだけど。


そして裕二は「一泊で温泉に行こう」と恐怖の提案をして来た。
裕二だって不安だったのだ。出会ってわずかしか経っていない女と結婚をしてしまうのは。だから「婚前旅行」という名目で丸一日以上過ごし、私を査定したかったんだと思う。要するに審査合宿だ。私は、化粧の下のスッピンも、色々隠していたり繕っていたりすることも露わになりそうで怖かった。でも本当は、裕二も裕二で露わにしなければならないことがあったのだった。



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