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美術館学芸員のキャリアプランについて


私は、全ての職業は技術の修練によって、つまり経験によるトライアンドエラーによって、ある程度のレベルまではいけると考えている。
そして、学芸員は公的な仕事の中では特にそういった側面が強いと思っている。
まさに専門職としての強みである。

一般的に学芸員は専門職採用としての選抜試験を経て任用される。稀にそうじゃないミュージアムもあるが、そんなミュージアムは芸術文化を蔑ろにする悪の組織だ。
そして、学芸員の世界は、職人と同じで技術技能の修練と知識の蓄積によって成り立つ世界であるべきだ。 
ただ、そうした技術の修練によって得られた能力は、限定的なものであるため汎用性があるとは必ずしも言い難いところもある。
学芸員の専門性とは何か?そしてその能力と自分の人生との兼ね合いをどう掛け合わせて考えていったら良いか?ということを最近考えるようになった。

学芸員の中でも、私がやっている美術館学芸員は、他のジャンルと比べて領域横断的にアクティブな人が多い。そのため、他のジャンルの学芸員とはキャリアが多様な場合が多いような気がする。
今日は自分含め、美術館学芸員のキャリアプランについて(一般的かもしれないが)考えてみたい。これから学芸員を目指す諸君。そして私自身のためにテキストを書く。

◯ミュージアムで働く理由

さて、一般的に多くの学芸員は修士課程を修了している。修士課程時代にインターンを行い、採用試験を受けて学芸員になるのが近年の王道ルートだ。

ただし、修士論文を仕上げ、学芸員採用試験を受けようとする諸君。ちょっと待ってほしい。

なぜミュージアムで働こうとしている?

大学で研究者になりたかったがポストがなさそうだから学芸員になった?
ミュージアムが好きだったからなんとなく?
アートや美術の面白さを伝えたかったから?
自問自答を繰り返すことでしか答えは見えてこない。

もちろん、様々な理由があると思う。ただ、諸君らが自分の人生に対して主体性を持っているのであれば、考えてみてほしい。その選択で今後のキャリアが決まるからだ。
例えば、研究者になるための一つのステップとして学芸員になるのか、学芸員になりたいから学芸員になるのとでは、今後のアクセルの踏み方が大きく異なる。
学芸員には様々な業務があるが、個人のやりたいこととの兼ね合いでキャリア選択をミスると恐ろしいことになると思われるので注意すべきだ。

本稿では下記に記す「恐ろしいこと」をふまえ、いかに学芸員がサバイバルしてキャリアアップしていけそうかを予想してみる。
※美術館学芸員のキャリアを前提に書いています。

◯恐ろしいことその1 館の役割や規模感とのミスマッチ

マジで気をつけてほしい最初の関門がこれである。 ミュージアムに入れればどこでも良いなどとゆめゆめ思うなかれ。
館によっては貸館業務のみ、アーカイブ業務のみが割り当てられる場合があり、その点に関して募集要項も濁されて書かれている場合があるので、それが最初のトラップである。
関東圏内の規模が大きい館ほど縦割りで役割分担がされていたりするし、裁量も少なかったりする。
また、忙しすぎて研究する時間が取れないという館もあったりするので、注意が必要だ。 私はこのトラップに引っかかり、半年くらい無駄にした。

こうしたミスマッチを防ぐために、絶対に下調べをしておいてほしいのが、自分の行く館が研究重視かマネジメント重視かという点である。
個人的な経験則であるが、研究を少しでもやりたい人は、地方の公立館か国立館に行くのが良い。東京の美術館だったら区立美術館が良い。
地方の市立美術館は貸館の稼働が多かったり、東京の美術館も一部はマスコミとの協働がメインだったりと、役割がそれぞれある。ミスマッチを防ぐために、真剣に下調べをするべきである。
各館の年報と紀要を読めば、そのあたりは分かるはずだ。

◯恐ろしいことその2 年功序列で管理職

多くの学芸員は公務員か公務員に準ずる何らかの身分である。その場合、ベンチャー企業などと違い、無能であっても管理職に向いていなくても、年功序列で管理職になってしまうのである。
これは非常に恐ろしいことである。管理職としてのマネジメント能力と学芸員としての職能は大きく異なるからと思われるからである。
早いうちに、自分に適性があるか見極めて管理職に向いてないと思うのであれば、何年学芸員でいるか、早めに検討した方が良い。

◯恐ろしいことその3 都市部での正規就職が困難

諸君らの中には東京出身の方、首都圏出身の方がいるだろうが、地元で正規職員になるのは至難の業である。
特に将来は一家の大黒柱として収入を得ないと、と思っている独身の男性諸君には、「地方へGO」と強く言っておきたい。どんなにエリートであったとしても、会計年度の職員になる可能性が首都圏では高くなるし、そうした仕事は何年もやるようなものではない。
悪いことは言わない。数年間でいい。一刻も早く正規になるために地方に行って欲しい。
地方で正規職員になれれば、関東へ戻る道も(少なくとも北関東近辺レベルは)見えてくるだろう。

さらに特に男性諸君は、学芸員の正規非正規問題とそれに伴う男女比の問題も気にしておいた方が良い。詳しくは、こちらの記事を参照されたい。https://note.com/gakugeiin/n/n953d9831ff13

学芸員の募集をみると、「会計年度任用職員」「任期付職員」「契約社員(契約更新あり)」そんな単語ばかりが並んでいます。つまり数年後どうなるか分からないという不安定な雇用形態。
信じがたいことに、公立の施設ですら任期付の学芸員しか置かないところが存在するのです(勘弁してくれ……)。
そして、こうした募集をする施設には男性よりも女性の学芸員が多いという現実があります。

逆に、終身雇用の正規採用をしている美術館・博物館に目を向けると、肌感覚ですが学芸員の男女の割合は半々かな、という感じです。

ちいさな美術館の学芸員「学芸員の正規・非正規/男性・女性」

上記の引用文に示された状況は、まず間違いない傾向であろうと思う。
試しに、全国美術館会議か美術館連絡協議会の名簿を持っている人は見てみてほしい。
驚くほど、こうした傾向が如実に現れていることがわかる。

ここでジェンダーの話をするのは避けるが、男性は家族を養わなければならない、稼がなければならないという社会的圧力が純然と存在する。
年収によるマウントさえ未だ存在する。
そのため、男性にとっては「地方公務員かつ学芸員」という身分が社会的な最適解となる。悪いことは言わない。特に契約職員が多い指定管理のところは、やめておいた方が無難である。
男女比の偏りによるという面でも、収入の面でも居心地の悪い思いをする可能性があるからだ。

ではこうした状況を踏まえてどうするか?

ある程度、能動的に人生を選択してきた諸君らであれば、理想や野心を持ち、自分の現状と相談をしながら方向性を決定していけるだろう。
何かあっても他人は助けてくれない。誰も自分の人生に責任をとってはくれないのだ。
自分の神に背かず、自己検閲をせずに選択すれば、必ずそれは正しい選択となるだろう。

◯学芸員のマネジメントに向いていないと判断した&研究をやっていきたい人

君は、非常に能動的に将来を考えられていて素晴らしい。
こうした人に対して考えられる進路としては、第一選択肢として大学教員を目指すという方法があげられる。
もし君が修士課程修了者かつ30歳くらいまでの人であれば、何がなんでも30代のうちに博士号を取得してほしい。私自身もこのタイプで、いずれそうする予定である。
なぜ30代のうちか?
大学教員になるには年齢も大きく関わるからである。根拠として、こちらのデータをご見て欲しい。https://sc960b6877bc51442.jimcontent.com/download/version/1542684362/module/14749682024/name/%E5%A4%A7%E5%AD%A6%E6%95%99%E5%93%A1%E3%81%AE%E5%B0%B1%E8%81%B7%E3%83%BB%E8%81%B7%E4%BD%8D%E3%83%BB%E7%B5%A6%E4%B8%8E.pdf

このデータを見る限り、30代後半〜40代前半くらいまでが大学教員になれるボーダーラインと言えるだろう。実際、周囲を見ていてもそう思う。そして、40代半ばを超えると職場でも管理職になってしまう可能性が高いため、やはり30代で博士号取得を確実にしなければならないだろう。
働きながらだとしても根気勝負でいくしかない。

次に考えられる選択肢として、国立館の研究員(学芸員)を目指すという方法がある。
国立館の学芸員は、ブロックバスター展よりも独自の展覧会を行う機会が多く、調査研究を地道にできる土壌がある。
ただ、この方法は運とタイミングが大学教員以上に左右されるし、近年は国立館も若年層の獲得に動いている感じもあるので、あまりオススメはしない。
また、卓越した語学力が求められる。興味のある方は私の受けた試験の概要をお教えするが、とにかく制限時間内に訳しきれない量の英文和訳が求められる。
博士号取得は前提として、大学教員と同時並行で狙っていくのが良いだろう。

余談だが、私の知ってる人では
・学部卒で学芸員就職→5年間勤務した後退職して修士課程進学→学芸員に再びなる→大学教員へ。教員をやりながら博士号取得
・博士課程修了後に学芸員に→大学講師になる→学芸員に戻る
・博士課程中退→学芸員を4年ほど→学振DC1→学芸員へ→大学講師
という例がある。参考までに。

◯特に将来のことは何も考えていないけどアートに関わる仕事がしたいから学芸員になった人

学芸員になることがゴールになってしまった人も多いが、そういう方々は研究で成果を残そうとか、個人として業績を積みたいとかあまり思わないタイプの人なのだろうと思う。
そういう人はめちゃくちゃいるし、そういう人こそ今日の美術館を支えているのだろうと思う。
私は共感できないが、そのような方々も転職をしたくなる場合もあると思うので、考えられる進路を提示する。

1.広告代理店もしくは新聞社の文化事業部
ブロックバスター展をやる時に必ずお世話になるのがこうした組織であるため、交流はかなり多い。新聞社や広告代理店には学部時代に美術史など芸術関係の勉強をしていた人間も多いため、こうした企業に入るのもありだ。個人的な意見だが、芸術文化を勉強してきた人間の少なさや文化事業への理解の少なさから、テレビ局とは相性がよくないかと思われる。

2.ギャラリー開業、オルタナティブスペース運営
これまでのアーティストとの交友関係やマネジメント、展覧会作りの経験をいかしギャラリーを開業するのも手だ。ただ、マーケターとしての能力や交渉術が必要になる。
オルタナティブスペース運営は自分の裁量でキュレーションを行えるし、地域とより繋がれるので魅力的だが金銭的な部分で検討が必要だろう。

3.ライター、出版社勤務
実際、こういう人はわりといる。キュレーションも一種の編集行為であるし、図録編集の経験や文章力もいかすことができる。

4.YouTuber、作家、アーティストなどクリエイタ
少ないが、いる。美術館学芸員であれば美大卒藝大卒の人もおり、そういう人間は作家肌なのでアーティスト活動のために仕事を(学芸員であっても!)辞めることがある。僕の知り合いにも何人かいる。

もちろん学芸員をずっと定年まで続けて副館長とか館長になる道もあると思う。
ただし、美術館での出世を自分が目指したいかどうかは、よくよく考えて選択をする必要があると思う。

まあ別に学芸員じゃなくてもアートには関われる

色々書いたけど、結局のところ、アートに関わるのに学芸員である必要はない。
明日からだってキュレーターと名乗り展覧会を構成することは誰にでも可能だ。
学芸員を辞めてフリーランスのキュレーターやオルタナティブスペースの運営に関わる人もいる。
私はたまたまアートとか芸術文化関係に関わる上で学芸員を選んだが、もしかしたら広告代理店とかテレビ局とか出版社とかゲーム会社で働いてる未来もあったかもしれない。そしてこれからそういう道もあるかもしれない。

先のことはわからない。
色んな選択肢があるので各自考えてみてほしい。
諸君らの健闘を祈る。

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