片思い文化


gefallen...気に入る
mag...好きである、好ましい
lieben...好きである、愛する

                 アクセス和独辞典(第3版) 三修社

ドイツ人に片思いをしている。
ドイツ語で片思いは" eine einseitige Liebe"というらしい。直訳すれば「片側の愛」。この言葉を知ったとき、なんとなく使いづらいな、と思った。だって「片側」だけなのに「愛」なのだ。「恋」ではなくて。通じ合っていないのになぜそれを「愛」だと表現するのだろうか。試しに「恋」を再び辞書で探して見る。

こい(恋)...Liebe

・・・納得いかない。


ふとネットサーフィンをしていて、『ドイツ人のカップルは付き合う前に告白をしない』と言うページを見つけた。日本人と違って、「好きです、付き合ってください」というやり取りをドイツ人はしないらしい。
先月から定期的にやり取りをしているドイツ人に、本当なのか聞いてみた。ドイツではカップルになる前に「好きです、付き合って」って言わないの?って。返答としては、以下の内容。

”だって誰かを好きになったら、言わなくても雰囲気でわかるでしょう?”

この返事にわたしは頭を抱えた。
コミュニケーションと恋愛レベルが高すぎないか、ドイツ人。・・・いや、わたしのレベルが低すぎるのかもしれない。
そして何を隠そう、この返答をした相手にわたしは片思いをしているのだ。

しかし、相手の好意を感じ取り、しかも自分の好意も醸し出して、それが合致すれば付き合う。そして特にそのことを言葉に出して確認する必要はない、というドイツ人の恋愛方法は多くの日本人にとって衝撃なのではないだろうか。
日本では誰かを好きになった場合、相手にそのことを伝えて、お互いに好意を確認できればお付き合いをはじめ、そこから関係を進めてゆく、というのが日本ではスタンダードなはずだ。それがこちらではそうではないらしい。相手が自分を好きかどうかは雰囲気でわかるし、また自分も相手を好きだということを態度で示して関係を育んで、だから相手に「好きです」と伝える前にキスもする。

怖い。
何が怖いかというと、言葉なしに恋愛関係を進めるのは怖い。「好きです、付き合って」という言葉は、宣言だ。相手の宣言と、自分の宣言。その過程がなければ、「この関係って、わたしたちは付き合ってるの・・・?」という一人悩み続けるループに入り混む気がする。
そこで相手に「わたしたちは付き合ってるの?」と直接聞ければいいけれど、それでぎくしゃくしてしまって今の関係を壊すのも嫌だし、向こうは付き合ってるなんて微塵も思っていなかったら嫌だし、というのでわたしにはきっと聞けないだろう。
文化差だ。

確かに言われてみれば、彼らは基本的にフォーマルとプライベートをきっちり使い分けている気がする。フォーマルといっても日本人の考える堅苦しい形ではない。もっとフランクなフォーマル、日常生活を送る上での自分の魅せ方や社会への接し方、という意味で。そしてプライベートを明かす相手はそれこそ限られているに違いない。そして、そのプライベートの部分を見せる相手・共有する相手、というのが友人、またはお付き合いする相手という立ち位置になるのだろう。
しかし、一体どこまでプライベートを見せてもらえたらそれはすなわち恋人関係であると言えるのだろうか?
やけに視線が合ったら?毎日WhatsappまたはLINEのやり取りをしたら?前に話した他愛ない内容を覚えていたら?毎週二人きりで会ったら?お互いの部屋に入ったら?
日本人のわたしにとって、悩みは尽きない。それならやはり、いっそのこと「好きです、付き合って」という日本式のくだりをとっとと済ませた方が楽な気がする。
わたしは相手を好きだけど、相手はどう思っているのだろうか?という疑問を抱えたままで好きな人と会うこと。会うたびのその時のちょっとした仕草で「やっぱりわたしのことは好きじゃないのかな?」と思うし、「やっぱり好きなのかな?」と思いを巡らせ続けるのだ。
読んでいたサイトによれば、この友達以上恋人未満(?)の関係を続けるのがドキドキする!とのことだったが、いや、ドキドキするというかただただ心臓に悪い。

文化差。

でも好きになってしまったから、仕方ない。
もしかしたらドイツ語に「恋」は存在しないのかもしれない。好きな相手にはその好意をさらけだす。それは隠しきれないもの(らしい)。その好意を受け入れるか受け入れないかは相手次第。受け入れてもらえなければそれまでだし、受け入れられればそれはもう愛になるのかもしれない。

もう一つ怖いことがある。
わたしは相手に本当に好意を示せているのだろうか?ということだ。わたしは割と自分の本当の感情を隠すのが得意だ。でも、彼らは相手の態度や行動で、自分に好意があるかどうかを判断する。わたしはきちんと、相手にわかってもらえるような好意を、態度で表せているのだろうか。今までを思い返してみるけれど、自信がない。そして相手はわたしに好意を持って接してくれているのだろうか。・・・こちらも自信がない。
「恋愛は密室である」という言葉をどこかで見た。二人の間での好き・好きでないの指標は、その二人の間でしか有効ではないし、理解されない。わたしはもっと自分の好意をさらけ出さなければならないし、相手をよく見なければならないのだろう。そうすれば、何かわかるのかもしれない。

ドイツ人に片思いをしている。今のわたしの気持ちはきっと「恋」でしかない。