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ロジカル サッドネス マネージメント

ラストシーンで毎回号泣。

脳ブーム継続中って事で、前回のアンガーマネージメントに続いて、今回はサッドネスのマネージ法について考えてみます。

愛しいサッドネスちゃん

インサイド・ヘッド』っていう映画ありますよね。ディズニーピクサーの大ヒット映画です。直訳「頭の内側」ってそのままですね。原題は「Inside Out」で「表裏、裏返し、中身が出る」みたいな意味なので、若干ニュアンスは違います。この作品、ピクサーのいつもの超絶クオリティキラキラアニメには違いないんですが、ディズニーには珍しく全体的に終始どこかダークな空気を背負っています。なぜならそれは「鬱少女の心理プロセス」をテーマに据えているからです。とある少女の思春期に至る自我形成と、適応障害を乗り越える経緯を、子供映画として解り易く表現している作品なのです。監督と娘の実体験に基づいているという話ですが、喜怒哀楽の各感情を擬人化して、脳内で起こっている現象をコミカルに描き出す、いやーほんとによく出来たコンセプトだと思います。

このキャラクター達、心理系ブログ界隈では、神経伝達物質・ニューロトランスミッターズとか呼ばれてました。その中でも主役のジョイちゃんと並ぶもう一人の主役、サッドネスちゃんは僕のアニメ全史においてもトップクラスに入る推しキャラです。(日本語版はカナシミちゃん?はなんかババ臭いつーかカオナシみたいで個人的にはいまいちしっくりこない…。)このメンヘラ臭爆発の、ともすればウザ過ぎるキャラクターが、なぜにこうも可愛く愛おしいのか。クリエイターの奇跡の神業と言わざるを得ない。

拗らせサッドネスちゃん

心理問題って難しいですよね。特にサッドネスちゃんはだいぶ拗らせ気味です。色んな事が絡み合ってこんがらがってるので、解決にはなかなかの労力を要します。ひとつひとつ分解して、それらを順序立てて整理しつつ、それぞれのほつれをほどいていく、緻密で辛抱強い作業が必要になります。

まずはバイオロジー。物理的な原因やメカニズムを検証。なんでこういう事になっているのか。実際には何が起こっているのか。ファクト・エビデンスベースの思考で現実的な土台を固めます。人間という動物の基本性能や性質についての理解、ハードウェアのチェックとも言えます。

そしてサイコロジー。その土台を踏まえた上で、物理的諸問題に影響し合うメンタル面のケア。ソフトウェアのチェックです。それは一言で言ってしまえば「自分を知る」作業です。自分の性格・特質を知り、物事に対する自分のリアクションのプロセスや方向性を検証・改善する、CBTとかにも通じる作業です。サイコセラピーの基本では過去に遡ってトラウマを掘り返したりしますが、それも自分を知る過程の一つです。よくアニメの中で頑固爺さんが「自分の事は自分が一番解っとる!」とか言いがちですが、まあある意味ではそうですが、人間は基本的には鏡がないと自分の顔すら見れません。客観的フィードバックを介さないと見えないものがたくさんあるのです。Tiktokとかで自分の姿や声を聞いて、自認像とのギャップにショックを受けて大赤面するやつです。

最後にソシオロジーとフィロソフィー。自分の事が解ってきたら、その自分と自分を取り巻く世界との関わりについて検証します。家族、友人、仕事、将来、夢。世界の中にいる自分。今のこんな自分は、いずれこういう自分になりたい。そのために必要なもの、不要なもの。

体のチェック、心のチェック、そしてそれらの運用チェック。車で例えるなら、まずは車体をチェック、そして運転技術をチェック、最後に目的地とルートの設定も含めた公道での実地チェック、みたいなもんですかね。それらが整理されていれば、どこにだって行けるようになります。

サッドネスちゃんを抱き締めよう

とはいえ、自分がちゃんとしてても巻き込まれ事故は起こり得る訳で、生きていれば時として悲しい事は起こってしまいます。それは誰のせいでもなく、ただの偶発や創発として、事象は発生してしまうのです。そしてそれを避ける術もありません。アフターケアで乗り越えるしかないのです。

5万年の人間の歴史の中、無数の人間の人生が生まれては消えを繰り返してきました。そしてその数多の人生の経験は、集合知として受け継がれて来て、たまに生まれる賢い人がそれをまとめてくれます。僕らが出会う問題なんて、ほぼすべて過去の人間が出会ったもので、大抵の案件に関しては既に検証済みであり集合知が残っています。僕らの悩みや悲しみなんて、調べれば全部前例があるし、即解決とはいかないまでもそこから何かしら学べる訳です。それが例えば哲学という学問だったりするのです。

不安や悲しみというものは決して無くならないものです。たとえ億万長者やスーパースターになったって、やはりそこには何かしらの不安があり、心を病んでしまう人もいます。不安とは、生きている限りずっと側にいる自分の影のようなものです。その不安を拒絶したり、見て見ぬふりしたり、逃れようと逃げ回ったりしていると、逆にだんだん不自然な歪みを生んでいきます。不安や悲しみの存在を認め、自分の大切な一部として受け入れる事でようやく前に進めるようになる、まさに映画のテーマと同じです。心理学者曰く「不安や悲しみはライフコンパニオンみたいなもの。抱き締めて、ずっと一緒に歩いていく」「主導権を渡しさえしなければ無害なので大丈夫」だとのこと。サッドネスちゃんならむしろ大喜びで抱き締めたいです。

ロジカル サッドネス マネージメント

この映画にはロジカル脳が出てこないので、もちろん現実よりだいぶ簡略化されてますが、子供の心理学入門としては本当に秀逸だと思います。エモと共感に全振りしてるので解り易いし入り込み易い。むしろロジカル脳未発達の子供は、僕らが感じるダークさも感じないのかもしれません。

そしてこの映画がやってる事というのはまさに「自己の客観視・メタ認知」そのものです。各感情の動きに振り回される自分自身を外側から眺めて、検証、処理する、アンガーマネージメントと同じやり方です。しかし悲しみというのは怒りのような防衛的激情ではなく、もう少し複雑な感情です。他の感情と違って「心の怪我」のような側面があり、段階的な回復プロセスを辿ります。例えば「失恋中、それを友達に話す事で若干ラクになる」みたいな事がありますが、悲しみは社会性にも紐づく感情で、「他者とシェアして、共感によって受け入れ乗り越える」という、怒りとはかなり異なる性質を持っています。エモみがとても重要なんです。そして乗り越えた悲しみは「優しさ」変換される。マンガでありがちな「傷ついた事がある人は強くて優しい」というのは、心の傷の超回復によって共感力アップが起こるという事なのです。おっさんになると涙脆くなるのもそのせいかもしれません。

自己葛藤の末の受容、そしてその共有による復活。時間を要するマネージメント。でもサッドネスちゃんが可愛いから乗り越えられる。本当によくできた映画です。



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いつの世も、アーティストという職業はファンやパトロンのサポートがなければ食っていけない茨道〜✨