将来推計患者を分析しよう

今後、患者数は増えない!?|将来推計患者数を分析しよう(中編)

はじめに

「病院・介護施設のはじめての外部環境分析」と題して、病院・介護施設の外部環境分析の方法について解説しています。

これから医療介護経営に関わる方、はじめての外部環境分析に挑戦したい方に向けて、出来るだけ分かりやすく解説していきます。

前回は、「日本にはどれだけの入院患者がいるかご存知でしょうか。|将来推計患者数を分析しよう(前編)」と題して、そもそも推計患者数とは何かということを、入院患者数のデータを用いながら解説しました。今回は、その続編として、「今後、患者数は増えない!?|将来推計患者数を分析しよう(中編)」について解説していきます。


前回のおさらい

前回の記事では、将来推計患者数を「受療率×将来推計人口」で算出する方法をご紹介しました。

受療率×将来推計人口

将来推計患者数

受療率とは、人口に対して特定の傷病になっている人がどれだけいるかを表した数値です。厚生労働省が3年に1回実施している「患者調査」のデータを利用します。

将来推計人口は、日本の人口が年代別にどのように変化していくのかを推計したデータです。国立社会保障・人口問題研究所にて公表されている「日本の地域別将来推計人口」を利用します。


なぜ外来の需要は伸びないのか(1つ目の知っておくべきこと)

医療需要について、みなさんはどのようなイメージを持たれているでしょうか。私の周りの人に聞いてみると、「高齢者が増えていくのだから、医療需要はどんどん増加していくんじゃないの」といった回答が多く聞かれました。医療費増大のニュースを耳にする機会もあり、一般的なイメージは、医療需要はどんどん増えていくというものなのかもしれません。

実際に、受療率を一定として、将来推計人口と掛け合わせて、将来推計患者数を算出してみた結果が以下の通りです。入院と外来に分けてご紹介します。

■将来推計”入院”患者数

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入院患者数は2015年と比べて2030年まで増加し、その後、緩やかな減少傾向になっていきます。先ほどの、一般的な医療需要増加のイメージに近いものとなりました。

■将来推計”外来”患者数

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外来患者数は2015年と比べて2025年まで緩やかに増加し、その後、減少傾向になっていきます。外来患者数も増加傾向がみられるものの、入院患者数の伸び率と比べると、その傾向は緩やかに見えます。

傷病別に見てみることで、その傾向はより顕著にみることができます。

特に分かりやすい例として、「呼吸器系の疾患」に絞って、入院と外来の将来推計入院患者数を比較してみましょう。

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呼吸器系の疾患に絞ってみてみると、外来患者数(オレンジ色の線)は右肩下がりに減少し、入院患者数(青色の線)については右肩上がりに増加していくことがわかります。

伸び率をわかりやすくするために、2015年を100とした時の各年の変化指数をグラフにしたものが以下になります。

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呼吸器系の疾患においては、入院患者数(青色の線)が増加傾向にあり、外来患者数(オレンジ色の線)が減少傾向にあることが、より明確にわかります。入院患者数は2030年に向けて上昇し、現状から約20%以上増加する一方で、外来患者数は2045年まで一貫して減少し、最終的には約20%減少することがわかります。

同じ傷病分類にも関わらず、外来と入院で、なぜこのような差がでるのでしょうか。


75歳以上の年代に注目しよう

同じ傷病分類にも関わらず、外来と入院で、医療需要に差が出る理由は、年代別の受療率にありました。40~64歳の受療率を基準(1倍)として、他の年代の受療率を倍率で見ると以下の通りです。

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入院受療率(青色の線)は75歳以降で基準の6.9倍になっており、75歳以降で、人口当たりの入院する人の数が大幅に増加することがわかります。

一方で、外来受療率(オレンジの線)の75歳以降の伸びは、入院受療率に比べて、大きくはありません。75歳以降の外来受療率は基準の2.6倍に留まっています。

入院受療率と外来受療率の基準倍率を年代別に比較して見ると、75歳以降の年代以外では大幅な差はみられず、75歳以降の年代がポイントになることが分かります。

75歳以降の年代は、将来推計人口の観点からも注目すべき年代です。なぜなら、75歳以降の年代が唯一、人口の増加が見込まれるからです。年代別の将来推計人口の推移を示したものが以下のグラフです。

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75歳以降の年代(黄土色の線)は、2030年頃まで増加し、その後は横ばいに推移します。そのほかの年代については、減少傾向です。そして日本の総人口は減少していきます。

総人口が減少していくことは、医療需要に対してマイナスの影響を与えます。一方で、75歳以上人口の増加は、医療需要に対してプラスの影響を与えます。総人口の減少によるマイナスの影響と、75歳以上人口の増加によるプラスの影響を比較したときに、プラスの影響の方が大きければ、医療需要が増えることになります。

医療需要が増える場合

総人口減少によるマイナスの影響の方が大きい場合、医療需要が減ります。

医療需要が減る場合

入院需要が増える推計になっていたのは、75歳以上の受療率が大幅に高く、75歳以上人口の増加によるプラスの影響が大きい為です。

一方、外来需要が増えない推計になっていたのは、75歳以上の受療率が他の年代と比べてそこまで大きくなく、75歳以上人口の増加によるプラスの影響が、総人口減少によるマイナスの影響と比べて、大きくない為です。

75歳以上の年代が、将来の医療需要を大きく左右していることが分かります。

都道府県、市区町村レベルで見ても、75歳以上の年代が大きく増える場合は、医療需要が伸びる傾向にあります。

傷病別にみても、75歳以上の年代の受療率が他の年代の受療率よりも大幅に大きい場合、医療需要が伸びる傾向にあります。


本来は増えるはずの患者数が、実際は増えていない!?(2つ目の知っておくべきこと)

医療需要について、もう一つ知っておかなければいけないことは、本来は増えるはずの患者数が、実際は増えていないということです。なぜ増えていないのかというと、国の政策によって、患者数が抑制されているからです。

国の政策を理解するために、まずは入院患者数と、外来患者数がどのような要因で決まるかを整理しましょう。

入院患者数は、新しく入院する人と、既に入院している人の足し算で決まります。そして、既に入院している人の数は、入院期間が短ければ短いほど、減っていきます。入院期間が短いということは、退院する人が多くなるとイメージすると分かりやすいかもしれません。

入院患者数

外来患者数は、病院に通う人の実数(実患者数)と、通院回数の掛け算で決まります。そして、通院回数は、診療間隔(次回の診療までの日数)が長くなればなるほど、減っていきます。「2週間に一度は病院に来てください。」と言われる場合と、「3ヶ月に一度は病院に来てください」と言われる場合をイメージすると分かりやすいかもしれません。

外来患者数

つまり、入院期間を短くしたり、診療間隔を長くしたりすれば、入院患者数や外来患者数を減らすことができるということです。

病気になる人の数を減らすことは容易なことではありません。それよりは、入院期間を短くしたり、診療間隔を長くしたりすることの方が、なんらかの仕組みを取り入れることで実現できそうです。

実際に、国としては入院期間を短くしたり、診療間隔を長くしたりするための政策をとっており、本来、75歳以上人口の増加によって増えるはずの入院患者数は、増えていません。

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入院患者数(青色の線)は1990年まで上昇を続け、その後2005年まで横ばいに推移しています。そして、2005年以降は緩やかな減少傾向です。

入院患者数は、75歳以上の人口増加により、2030年頃まで増え続けると推計してきましたが、現実には入院患者数は減少しています。

需要の推計は、「受療率を一定とした場合」という仮定をおいて計算していました。しかし、実際には入院受療率は、入院期間(平均在院日数)短縮化の影響で、年々、減少しており、入院患者数の増加を抑えているのです。

※入院受療率と聞くと、入院する確率を表しているようなイメージがありますが、厚生労働省の患者調査による入院受療率は、「とある1日に入院していた人の数」をもとに計算しており、入院期間の影響を受ける数値です。(とある1日というのは、調査した日のことです。)

診療報酬では、決められた入院期間を越えて入院させた場合、診療報酬が下がる仕組みが導入されています。例えば、急性期と言われる手術等を行う大きな病院では、入院期間は18日以内(2週間と少し)と定められています。大きな病院で、すぐに退院や転院を求められるのはこのためです。

国は、診療報酬によって、患者の入院期間をうまくコントロールし、入院患者数を減少させてきたと言えます。

グラフの中で、平均在院日数(オレンジ色の線)を見てみると、右肩下がりに減少し続けていることがわかります。長い時には60日程度だった平均在院日数(入院期間)は、直近では30日程度にまで短縮化されています。

入院の需要について、まとめると、

75歳以上の人口増加によって、2030年頃までは入院需要(入院したい人の数)は増えるものの、1人当たりの入院期間が短くなっているため、需要ほど(延べ)入院患者数は増えないと見込まれる。

ということになります。

一方で、外来の患者数の推移はどのようになっているでしょうか。

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外来患者数(青色の線)は1975年頃まで上昇しましたが、それ以降は概ね横ばいで推移しています。平均診療間隔(オレンジ色の線)は、年々上昇しています。平均診療間隔は、前回診療日から次の診療(調査日)までの日数を表したものです。平均診療間隔が長くなると、通院する回数は減る傾向にあります。

以前は、14日分を超えて薬を処方する長期処方は、一部の患者を除き、制限されていました。しかし、2002年以降、長期処方の制限は解除され、医師の判断にもとづき、何日分でも薬を処方してよいことになりました。今では30日分の薬を処方することも可能です。長期処方が可能になったことも、平均診療間隔が伸びている理由の一つです。

長期処方には、処方した薬が飲まれずに残ってしまう問題や、高齢者が薬をうまく管理できない問題があり、見直しの議論もされていますが、再び、長期処方が制限される可能性は低いのではないかと思われます。長期処方が制限されれば、患者の通院回数が増え、その分、医療費が増加する為です。そのため、病院が処方した薬を、薬局が分割して患者に渡す分割調剤といった対策も検討されています。

外来の需要について、まとめると、

75歳以上の人口と、その他の年代での受療率の差が大きくはないため、総人口減少の影響を受け、外来需要(外来に受診したい人の数)の伸びは期待できない。さらに、平均診療間隔が長くなっており、今後、(延べ)外来患者数が増えることは考えにくい。

ということになります。

外来について、1点補足しておくと、現在、病院と診療所の機能分化が進んでおり、病院の外来に来ている患者を診療所に誘導することが推進されています。そのため、診療所に限ってみると、今後、外来患者が増える可能性があります。一方で、病院に関しては、益々、外来患者が減る可能性があります。

また、別の観点では、自宅にいながら診察を受けることができる、訪問診療が国により強く推進されています。患者を待つという外来のスタイルから、患者を診に行くという訪問診療のスタイルに切り替えることで、今後成長する需要を捉えることができる可能性があります。

これまでの受け身のスタイルからの変革が求められていると言えます。


まとめ

今回は、「今後、患者数は増えない!?|将来推計患者数を分析しよう(中編)」と題して、将来推計患者数について解説しました。大事な部分をまとめると以下の通りです。

1、入院需要は増加する一方で、外来需要は入院需要ほど伸びません。入院と外来で、医療需要に差が出る理由は、75歳以上人口の受療率にありました

2、高齢者の増加により、本来は増えるはずの患者数が、実際は増えていません。国の政策により、入院期間の短縮化と、診療間隔の長期化が進められており、患者数の抑制が行われています。


以上です。

次回は、「将来推計患者数を分析しよう(後編)」として、推計患者数から経営のヒントを得るコツを解説します。

こちらのnoteも含めて、「はじめての外部環境分析」シリーズは、以下のマガジンにまとめています。今回の内容を気に入ってくださった方は、ぜひ、フォローお願いします!


お読みいただき、ありがとうございました!

次回もよろしくお願いします!


今回利用したデータ

厚生労働省 平成29年患者調査

2-1 推計患者数の年次推移,入院-外来 × 性・年齢階級別(昭和30年~40年)

2-2 推計患者数の年次推移,入院-外来 × 性・年齢階級別(昭和45年~58年)

2-3 推計患者数の年次推移,入院-外来 × 性・年齢階級別(昭和59年~平成8年)

2-4 推計患者数の年次推移,入院-外来 × 性・年齢階級別(平成11年~29年)

6-1 再来患者の平均診療間隔の年次推移,傷病分類 × 施設の種類別(昭和54年~平成5年)

6-2 再来患者の平均診療間隔の年次推移,傷病分類 × 施設の種類別(平成8年~29年)

7-1 退院患者平均在院日数の年次推移,年齢階級別(昭和50年~58年)

7-2 退院患者平均在院日数の年次推移,年齢階級別(昭和59年~平成8年)

7-3 退院患者平均在院日数の年次推移,年齢階級別(平成11年~29年)

10-1 推計入院患者数,性・年齢階級 × 傷病小分類別

10-2 推計外来患者数,性・年齢階級 × 傷病小分類別

総務省 人口推計 各年10月1日現在人口 調査年2017年

3 年齢(5歳階級),男女別人口及び割合-総人口(各年10月1日現在)

国立社会保障・人口問題研究所

日本の地域別将来推計人口(都道府県・市区町村) 男女・年齢(5歳)階級別の推計結果一覧

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