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【新連載小説】「愛の歌を君に」#1 再結成の理由

今回の主人公は、「あっとほーむ~幸せに続く道~」にも登場の麗華と、バンド仲間の拓海、智篤の三人です! 時々歌詞あり、ファンタジー要素ありの、大人の恋愛物語になる予定ですので、ぜひ最後までお付き合いください😊


1.<麗華>

 歌手、レイカとして活動するようになって三十数年。あたしは一人で歌詞と曲を紡ぎ、世に送り出してきた。誇りであり、自慢であり、生きがいでもある音楽活動を、これからもずっと、生涯やっていく。もちろん、一人で。

 最近ではネット配信のおかげで若いファンも増えている。年齢を理由にあれこれ断念してしまう人が多い中、あたし自身は衰えをまったく感じていない。

 まだまだひとりで歌える――。

 そう思っていた矢先、仕事用のスマホに一本の電話がかかってきた。電話の主は昔の仲間のひとりである拓海たくみ。彼はかすれた声で「また一緒にバンドを組んでほしい」と言った。

「何を今更。悪いけどお断りよ」

 一人でやっていくと誓いを新たにしたばかりだったので、あたしは迷わず答えた。しかし拓海は「もうすぐ会えなくなるかもしれないと聞いても、か?」と続けた。

「……ちょっと。脅しはやめて」

「脅しじゃねえよ。マジな話だ」
 真剣な口調に、それが冗談ではないと悟る。

「……詳しい話が聞きたいわ。返事をする前に一度どこかで会える?」

「ああ。その時はメンバーの智篤ともあつも一緒だからそのつもりで」
 予定を擦り合わせたあたしたちは一週間後、早朝の東京駅で落ち合った。


◇◇◇

 立秋が過ぎても秋らしさはちっとも感じられない。今日も朝からすでに暑い。駅ビルの壁面の液晶モニターに映し出された天気予報に目をやると、最高気温が三十五度を超えると表示されていた。それをみて余計に暑くなる。

 氣休めに扇子で扇いでいると、向こうから片手をあげて近づいてくる人物が目に入った。

「よぉ。久しぶり。出てきてもらって悪いな」
 すぐに拓海たちだと分かった。

「何よ。元氣そうじゃない」
 
 先日の電話では深刻な様子だったから、ひょっとしたら顔も分からないくらい別人になっているかも……などと考えていただけに、予想はいい方に裏切られた。しかし、拓海の後ろに立つともくんの表情は硬い。

「強がってるだけで本当はちっとも元氣じゃないんだ。詳しいことは中で話すよ」
 智くんはそう言って、予約してあるというホテルのレストランに案内してくれた。

 *

 高層階のレストランはテーブルとテーブルの間が広く取られ、ゆっくり出来そうな雰囲氣が漂っていた。食事が運ばれてくるまで時間があったので、電話で話していた「もうすぐ会えなくなる理由」を見つけてやろうと拓海の顔を凝視する。

「……ガン見するなよ。緊張するじゃねえか」

「久しぶりに会ったんだもの、そりゃあ見るわよ。……ずいぶん老けちゃったね」

「そうかぁ? これでも若作りしてる方だと思うんだけど?」

「よく言うわ。目尻なんて皺くちゃじゃない」

「それはお前も同じだろうが」

「喧嘩はよせよ。……ったく、三十年ぶりに再会したってのに、なんで君たちは昔と変わらず、すぐに口論したがるんだ?」

「だって、こいつが……」
「だって、拓海が……」

「……やれやれ。それが原因で解散したのを忘れたとは言わせないよ」
 智くんに指摘されたあたしたちは口を噤んだ。

「……智篤ともあつ煙草たばこをくれ」
 拓海は気まずさを紛らわせるようにそう言った。

「そんなものは持ってない。諦めろ」
 智くんはつっけんどんに言い、拓海が伸ばした手を払った。どうやら禁煙させられているらしい。ヘビースモーカーだったはずだが、健康のためにそうしているのだろうか。

 尋ねてみようと思ったところで朝食が配膳される。温野菜がたっぷりと載った厚切りトーストとスクランブルエッグ、それに合わせてブレンドされたコーヒーは数量限定メニューなのだという。

 口論していてはせっかくの料理も台無しだ。まずは落ち着こうと背筋を伸ばしたあたしは、美しい所作でフォークとナイフを持った。

「話は食べながら聞くわ。温かいうちにいただきましょう」
「そうしよう」
「いただきます」

 頷いた二人も落ち着きを取り戻したようだ。丁寧に手を合わせ、まずは目の前の食事に集中する。

 少し食べ進んだところであたしから話を切り出す。
「……ところで、またバンドを組みたいっていうのはどういう心境の変化なの? これまで一度だって連絡してこなかったのに」

「……ああ。もう一度、お前の後ろで弾きたくなってな。それが叶えばまぁ、死んでもいいかなと」

「え……?」
 思いがけない言葉に食べる手を止める。拓海は構わず話を続ける。

「実は、煙草の吸いすぎが原因で喉を病んじまってさ。手術が有効だが、その場合は声を出せなくなることもあるらしい」

「……がん、ってこと? でも、治療すれば良くなるんでしょ?」

「それは五分五分。病は氣からって言うし、好きなことしてたらよくなる人もいるって医者は言ってたけど、結構進行してるっぽいから最悪、死ぬかもしれない」

「それが再結成の理由?」

「そういうこと」

「…………」
 言葉を失っていると智くんが補足する。

「つまり拓海は、元気なうちにもう一度レイちゃんのそばにいたくなったって話さ。死ぬかもしれないとなったら、やっぱり昔好きだった女の元に帰りたくなるのが男ってもんだよ」

「……何言ってるのよ。あたしたち、いくつになったと……?」

「別に恋愛しようって言ってるわけじゃねえ。ただ……」
 拓海はそこで言葉を切り、自身の喉に手をやってうつむいた。

 智くんの言うように、あたしと拓海は若い頃に一度付き合っていた。けれど、あたし一人が歌手デビューの切符を手にしてしまったところから仲違いし、バンド解散と同時に別れ、それきり会っていなかったのだった。

 死。目の前にいるかつての仲間の口から飛び出した一語は、短いがゆえにあたしの心に鋭く突き刺さった。断る理由も思いつかないほどに。

「……そこまで言うなら、今でもちゃんと弾けるんでしょうね?」
 睨み付けるように言うと、目を落としていた拓海が顔を上げた。

「ったりめえだろ。これでも俺たち、インディーズだけど『ウイング』って名前でずっと活動してきたんだ。後悔はさせない」

 その言葉の真偽を問うように智くんを見る。彼は深くうなずいた。
贔屓ひいきにしているライブハウスもある。コネもある。レイちゃんに迷惑はかけない」

「……食事が済んだら音を聞かせて。返事はそのあとでするわ」

「ま、そう言うだろうと思って、ちゃんとギターは持ってきてる。聞いて驚くなよ?」
 拓海はそう言ってにやりと笑った。


2.<拓海>

 再結成したいと思ったのはほかでもない、俺の寿命が残りわずかだと知ったからだ。死ぬかもしれないと伝えることで繊細なあいつが曲を作れなくなる懸念はあった。それでも俺は、病氣であることを告白してでも再会したかった。理由はさっき智篤が言ったとおりだ。

 麗華のことはずっと好きだった。もしメジャーデビューできたらその時はプロポーズしよう……。そんなことを毎日ぼんやり考えてもいた。そう、麗華がスカウトされるまでは。

「音楽事務所から連絡をもらって、思わずオッケーしちゃった……!」

 あいつの弾むような声を聞いたときに湧き上がってきた殺人的な感情は今でもありありと思い出せる。智篤が止めてくれたから「解散」で済んだが、二人きりの時に聞かされていたらどうなっていただろうと、今でも時々思うことがある。そのくらいあの時は麗華に嫉妬した。

 自信がなかった。自分の歌声に。作曲に。でも麗華が作った曲をバックで弾いているときだけはなぜか自信がみなぎってきた。だから、俺には麗華が必要だとずっと思っていた。そんなときに聞いた、一人だけプロデビューが決まったという報告。それは裏切り行為に等しかった。

 解散も別れも必然だった。けれど、あとのことなんて何も考えずに解散した俺は、智篤と二人きりで活動する日が続けば続くほど不安に陥った。

「自信がないなら自信が付くまでスキルアップするしかない。僕らには音楽を捨てることなんて出来ないんだから、やるしかないよ」

 感情に左右されまくりの俺とは対照的に、智篤は状況を冷静に分析し、それまで以上に音楽の知識とスキルを身につけていった。そして勉強が苦手な俺にも丁寧に伝授してくれた。

「彼女への恨みはすべて音楽に向けろ。そして後悔させてやれ」

 その言葉通り、俺は麗華に復讐するつもりで今日まで曲を作り、歌い続けてきた。あいつが新曲を発表するたびにあの日の屈辱を思い出し、それを燃料に今日まで走り続けてきた。

 なのに……。なのに、だ。

 自分に死が迫っていると知ったら過去のことはすべてどうでもよくなってしまった。無性に会いたくなり、触れたくなった。あんなにも恨んでいたはずの麗華に……。

「馬鹿だね、君は。今更そんなことに氣付くなんて」
 再結成の話をしたとき智篤は鼻で笑ったが、会うなとも、やめろとも言わなかった。

「どうしても三人でやり直したいというなら君一人で交渉してくれ。そして僕の前に彼女を連れてきてくれ。それが出来たら再結成も考えよう」

「反対……しないんだな」
 俺の素直な感想を聞いた智篤は小さく息を吐いた。

「サザンクロスの解散に未練を持っているのは知っていたからね。いつか再結成したいと言い出すだろうとは思っていたよ」

「なんだよ、氣付いていながら黙ってたってのか?」

「僕自身は、サザンクロスを再結成しようがするまいが、どうでもいいと思ってるから。でも、長年一緒に活動してきた君が死ぬ前にそれを叶えたいって言うなら聞いてやらないでもない、ってところかな」

「…………」

「……さぁ、僕の考えは伝えた。君がどういう行動に出るか、楽しみにしてるよ」

◇◇◇

 
 あれから一週間。その麗華が今、目の前にいる。そして今まさに、俺たちが三十年かけて作り上げてきた音楽を聞かせようとしている。

「いくぜ……」

「いつでもどうぞ」

 腕を組む麗華の挑戦的な視線を感じながら、俺は智篤と目を合わせ、最初の一音を鳴らした。音楽スタジオ中にエレキの電子音が響き渡る。

クレイジー、クレイジー
今すぐお前を追っかけて
飛び込みたいぜ宇宙そらの海
クレイジー、クレイジー
鏡に映るのは誰?
狂喜乱舞しすぎて
本当の俺、見失ってる
ああ、全部お前のせいだ

クレイジー、クレイジー
お前の瞳に吸い込まれて
抗えないぜこの想い
クレイジー、クレイジー
心の奥に隠した秘密
暴かれそうで怖いよ
ああ、全部お前のせいだ

クレイジー、クレイジー
お前と一緒に走りたい
どこまでも行こうぜ
クレイジー、クレイジー
夢と現実このよの境界線
越えたいと言ってくれ
ああ、全部お前がほしい

 ギターをかき鳴らし、二人で歌う。歌いながら俺は、智篤は、麗華を凝視する。

(これはお前への恨み辛みの歌、だった……。ずっと言いたかった想い、だった……。)

 吐き捨てるように歌い、弦が切れるほどに強くギターをかき鳴らし、歌い終わった「クレイジー・ラブ」。麗華は瞬き一つせず、最初から最後まで俺たちを凝視していた。俺たちの思いを真正面から受け止めるんだ、と言わんばかりに。

 演奏を終えたとき、俺の中に残っていた黒い塊のようなものがすっかり消えてなくなっているのに氣付いた。歌と一緒に、麗華に対する負の感情のすべてを出し切ってしまったのだと分かった。

(今なら言える……。心の底からあいつに、戻ってきて欲しい、って……)
 俺は肩からギターを下ろし、放り投げた。そして床に大の字になって倒れる。

「拓海……?」
 困惑顔の智篤と麗華が俺を見下ろす。

「智篤。俺は決めたよ。麗華が戻ってくると言ってくれたら、エレキからアコギに持ち替えるって。またあの頃のように、心があったまるメロディーを奏でるって」

「…………」
 智篤は返事をしなかった。俺は返事を待たずに起き上がり、今度は頭を床につけた。

「麗華。もう一度、サザンクロスのメインボーカルをやってくれ。今の歌が氣に入らなかったとしても、プロのお前が聞くに堪えないものだったとしても、俺はお前とまた一緒にやりたい。だから……戻ってきてくれ……」

 麗華もまた、すぐには返事をしなかった。頭を下げ続けて数分、もうだめかと諦めかけたとき、頭上から歌声が聞こえ始めた。

聞こえますか? この声が
霧の中で僕ら さまよい続ける
寒い夜空の下で一人
耐えきれるはずもなく

ああ、空の向こうに投げられた声は
いつか、希望という名の光を
朝日とともに連れてくる

さあ、踏み出そう、新たな今日を
ともに歩こう、迷わずに……

 それはかつて俺たちが「サザンクロス」の名で活動していたときの曲だった。曲のタイトルは「未来へ」。それが麗華の答えだと直感する。

「ありがとう。もう一度、一緒に活動することを選んでくれて」
 俺は立ち上がって麗華を抱きしめた。

「……やめてよ、拓海。離れて」

「どうせ長くない命だ。最後くらい、全身で感謝の氣持ちを伝えさせてくれよ」

「もう……! だからって困るわ、こんなことされても」
 麗華は渾身の力を振り絞るようにして俺を押しのけた。

「弱音を吐くなんて拓海らしくもない。あの頃の拓海はいつでも粋がっていて頼もしかったのに。いくらギターや歌の技術が向上していても、そんな弱氣でいるんじゃお話にならないわね」

「…………」
 押し黙ると、麗華はふうっと長い息を吐いた。

「あの頃のサザンクロスに還るというなら、ちゃんとあの頃みたいに元氣を出しなさい」

「元氣だよ、氣持ちだけは」

「氣持ちだけじゃダメ。身体も元氣にするのよ」

「……つーても、どうやって?」
 腑抜け声で言ったら麗華に背中を叩かれた。

「あんたの病氣を、あたしの歌で吹き飛ばしてみせる。そういう歌を、たくさん作って聴かせてあげる。もう二度と、そんな弱氣な発言が出なくなるようにね」

「麗華……」

「もう……! そういう顔も厳禁!」
 麗華はもう一度、俺の背中を叩いた。
「拓海はサザンクロスのリーダーでしょ! ほら、あの頃みたいにあたしたちをまとめてちょうだい」

 俺の目をのぞき込んだ顔が一瞬、若い頃の麗華に見えてドキリとする。目まで耄碌もうろくしてきたのかもしれない……。俺は目を覚まさせるように自分の頬を叩く。麗華の顔が年相応に見えたのを確認し、手を差し出す。

「お帰り、麗華。また、よろしく」
 麗華はすぐに握り返した。

「こっちこそ、誘ってくれてありがとう。またいい曲を作りましょう。……智くん、これまで拓海を支えてくれてありがとうね。またお世話になります」

「……うん、よろしくね」
 握手を交わす俺たちの手を包み込むように、智篤が両手を重ねた。
「そうだ。サザンクロス再結成の記念に昔の曲を弾こうよ。ギターはこいつしかないけど、どうだろう?」

「いいな、それ。よし、やろう」
「そうね、楽しそう」

 智篤の提案に俺たちはすぐに頷いた。

「ああ、なんかワクワクする。こんな感覚になるのは本当に久しぶり……」
 麗華はそう言って胸に手を置き、まぶたを閉じた。


3.<智篤>

 拓海から喉を病んでいると報告される前から、薄々そうじゃないかという氣はしていた。しかし弾き語りをする僕たちにとって声が出せなくなると言うのは致命的なこと。だから拓海は僕にさえ、しばらく病氣のことを隠していたし、手術で一時でも歌えなくなることを嫌い、今のところは薬のみで治療を行っている。これはすなわち、死へのカウントダウンを意味する。レイちゃんにはもちろん言えないことだ。

 拓海はレイちゃんのことが好きだったし、信頼もしていた。だから裏切られたショックから、喫煙本数や酒の量が増えるのはある程度仕方のないことだった。しかしその姿はあまりにも惨めで、長くは見ていられなかった。

「そんなんじゃ、いい音楽なんて作れないぞ。目を覚ますんだ」

 拓海が荒れれば荒れるほど僕の頭は冷静になっていった。彼女の抜け駆けが原因の解散で自暴自棄になっては本末転倒だ。これをバネに見返さなければ、という思いが僕の思考をクリアにさせたらしかった。

 多少は効果があったのか、拓海は怒りをエネルギーに変えて数多くの人気曲を作った。大量の煙草を吸い続けながら。

◇◇◇

 レイちゃんへの恨み辛みが拓海をむしばんだ。だとしたら、拓海を病氣にした責任の半分は僕にあるとも言えよう。何しろ、未だに彼女を恨み続けているのだから。

 しかし、その人生もこれでおしまいだ。再結成が決まった今、僕は彼女への恨みを晴らし、音楽人生に幕を閉じる。拓海は死に、僕も社会的に、死ぬ。それで、いい。

 その第一歩として、拓海と二人でやっていたウイングの活動を終わらせた。ウイングにレイちゃんが加わるというより、かつてレイちゃんがいたサザンクロスを復活させる意味合いが強かったからだ。僕らを応援してきたファンには申し訳なかったが、三人でやると決めたからには、また拓海の余命を考えればそれが最善の方法だった。

◇◇◇

 サザンクロスを再結成する――。初秋に行われる小さなイベントで僕らはそれを声高に宣言する。毎日、レイカとしての仕事が何かしら入っている彼女は、イベントで披露する曲を練習する暇もないとぼやいたが「寝食の時間を削ってでも練習時間を捻出しろ」と拓海に言われ、明日の昼、なんとか三人で会う時間を確保してくれたのだった。

 事前に二度、メールで日時と場所を確認しているから、余程のことが無い限り連絡は無いはずだった。だから、真夜中にかかってきた電話の主がレイちゃんだと分かったときはドキリとした。拓海ではなく、僕に掛けてきた……。心当たりがありすぎる僕は通話ボタンを押すかどうか迷ったが、最終的には応答することにした。

「もしもし……。今何時だと思ってるの? もう寝るところなんだけど?」

 明日会うのだから今じゃなくても……、という雰囲氣を醸し出しながら言うと、『拓海の前では話せないことだから電話するしかなかったの』と直球の答えが返ってきた。

 勘づかれたかもしれないと思った。僕は覚悟を決め、「僕の行動で、何か氣になることでもあったのかな?」と問うた。レイちゃんは間を開けずに言う。

『智くんが再結成に乗り氣だとはどうしても思えなくて。……今度のイベントで正式発表する前に氣持ちを聞いておきたいと思ったのよ』

「なるほど」

『本当はどう思っているの? 拓海の病氣が理由で仕方なく動いているだけ?』

「いいや、再結成は僕の意志でもある。決して消極的な理由からではない。それだけは断言しよう」

『なら、一緒にいるときは、もう少し楽しそうな顔をして欲しいわね』

「それは無理な相談だ。なぜなら僕は未だに君を恨んでいるからね」

 レイちゃんは数秒黙った。
『……やっぱり。なら、どうして再結成に賛成したの?』

「君を苦しめるため、といえば分かってくれるかな? うまくいっていた僕らをメチャクチャにした君に、あの頃僕らが感じた心の苦しみを味わってもらうにはこれが一番だと思ったんだ」

『……そういう人じゃ、無かったのに』

「君が僕を変えたんだ。僕を、鬼に変えてしまった」

 電話の向こうの彼女を睨み付けるように言った。しばしの沈黙。僕の変貌ぶりに言葉も出ないのか。反論ならいくらでも聞いてやるぞ。そう思っていた矢先、想いも寄らない答えが返ってくる。

『……あたしが原因で智くんが冷徹になってしまったのだとしたら、あたしの歌で智くんの心を温める。それが、あたしに出来るせめてもの償い……』

「……やれるものならやってみるがいい。僕は拓海のようにはいかない。拓海がこの世を去り、君が自分の力のなさを心底思い知る姿を見届けるんだ、僕は」

『そっちがその氣ならこっちも本氣でいくわ。神の力を借りてでも、あの頃の二人を取り戻す』

「ふん、お手並み拝見といこうじゃないか」

『……絶対に改心させてみせるわ』

「なら僕は、その自信をへし折ってやるよ」

 突き放すように言うと、彼女は三度黙した。黙りこくった彼女を執拗に攻撃することは出来た。しかし一度怒りが噴出したら最後、夜通し恨みの念を吐き続けるに違いないと思った僕は、電話を終わらせる話題を提供する。

「……ああ、そうだ。拓海にはこの話はしないで欲しい。これは僕らの秘密だ」

『分かった。だけど、そう言うなら表面上は繕ってよね』

「オーケー。心に留めておくよ。……それじゃ、おやすみ」

『ええ、また明日』
 電話が切れ、明日どんな顔をして会えばいいだろうかと考えながら眠る支度を始めた。


<人物紹介>

麗華れいか

二十代の頃から『レイカ』の名で三十数年間、シンガーソングライターとして活動してきた。大学生の頃には、『サザンクロス』という名でアマチュアバンド活動もしていた。拓海、智篤はその時のメンバー。拓海とは一時期付き合っていたが、ソロデビューが決まったときに別れた。

拓海たくみ

大学時代に『サザンクロス』という名でアマチュアバンド活動をしていたが、麗華の裏切りに遭い解散。その後は仲間の智篤と二人で『ウイング』を結成、インディーズバンドとして三十年間活動してきた。その間、習慣にしてきた煙草が原因で喉を病み治療中だが、長くは保たないと告げられている。

智篤ともあつ

拓海と共に三十年以上、バンド活動に励んできた。麗華のことをずっと恨み続けてきたが、皮肉にも拓海が病んだことで恨みを晴らすチャンスを得る。


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※見出し画像は、生成AIで作成したものを使用しています。

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