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【連載小説】第二部 #7「あっとほーむ ~幸せに続く道~」それぞれの愛を語る女たち
前回のお話(#6)はこちら
前回のお話:
鈴宮家ではじめての「一人暮らし」を経験した翼は、改めて家族のありがたみを知る。そして過去のアルバムを見る中で、自分の人生にはやはりめぐが必要なのだと痛感する。
そんな折、留守番が出来ずに家から飛び出してきた幼児「もとき」君を保護する。子どもを惹きつけるものなしに「一対一」で世話をすることの難しさを知る一方で、やはり「自身の子どもを育ててみたい」という気持ちを強くする。
<めぐ>
七
「まさか、あの『野上センパイ』にこんなかわいい子どもがいたとはねぇ」
面接を受けに行くなり、オーナーはわたしの顔をまじまじと見つめた。神社で会ったかおりさんにこの店を紹介してもらい「いざ面接!」と意気込んできたら、これである。
「あの……父と知り合いで?」
「知ってるもなにも……。野上センパイとは高校で同じ野球部だったんだよね。聞いてない? オレのこと」
どうやら名字を聞いて、わたしを伯父の娘と勘違いしているらしかった。やんわり修正すると、オーナーは驚きながらも「だよねぇ、あの人の娘にしちゃ、おしとやかだと思った」と妙に納得した。
オーナーはすぐに本題に入った。
「うちの店――『ワライバ』っていうんだけど――、いろいろ変わってるんだ。それでもやっていけそう?」
「変わってる……というのは?」
「一つは、双子の兄貴が哲学好きってこと。働いてもらうからには、兄貴の話し相手としてもふさわしくないと務まらないからさ」
「それなら大丈夫です。わたしの父も哲学的な話ばかりするので耐性はあります」
「マジ?! それだけで合格なんだけど! そんじゃ、さっそく明日から頼むわ!」
……そんな軽いノリで、わたしのアルバイト先はすんなり決まったのだった。
◇◇◇
誰もが好きなときに立ち寄れて、好きなことができる、憩いの場を提供したい――。
それがオーナーたちの想いだ。だからこの店には老若男女が集う。おしゃべりをする人もいれば、店内のテレビでスポーツ観戦だけをする人もいるし、もちろんご飯を食べに来る人、ただぼんやり座っているだけの人もいる。そんな彼らに共通しているのは「孤独を癒やしにきている」と言うこと。多くの人は理解者がいないと感じているか、一人暮らしをしていると聞く。
そんな彼らのことをオーナーたちは親しみを込めて、名前かニックネームで呼ぶ。もちろん本人の許可を取った上ではあるが、呼ばれる側も客としてではなく、まるでここの「家族」であるかのようにくつろいでいるのが印象的である。ちなみにわたしは「めぐっち」。そしてわたしはオーナーたちを「理人さん」「隼人さん」と呼んですっかり心許している。
料理の勉強がしたいとアルバイトを始めたわたしだが、ここでのメインの仕事は「くつろぎ空間を演出すること」。料理の注文が入ればオーナーが作ったそれをテーブルに運ぶし、愚痴をこぼしたい人がいれば聞きもするが、基本的にはわたしもここでのんびりと過ごしている格好だ。こんなことで仕事をしていると言えるのか……。一週間ほど働いてみて少し不安になりつつある。
◇◇◇
そんな折に、悠くんの帰郷が延期になった。大好きな人と一緒に暮らせる喜びを知った直後の、しばしの別れは思いのほか寂しく、会える日が先延ばしになったショックは大きかった。
(これも試練……。頑張れ、わたし……!)
残りわずかとなった夏休みの名残惜しさと二人に会えない寂しさを紛らわせるためにも、わたしは今日も「ワライバ」で仕事をこなす。
*
店でつけっぱなしになっているテレビのニュースが、何度となく台風情報を告げる。この辺りの上空にも厚い雲が広がり始め、今にも激しい雨が降り出しそうな様子だ。ニュースキャスターが「帰宅困難者を出さないためにも早めの帰宅を」と言う脇で、「こんなときこそ、この店が役に立つのさ」とにんまりしているのは、オーナーの理人さんだ。
「悪いんだけど、閉店時間までいてくれる? 今日は来客が多い予感」
「本当ですか……? 悪天候が予想されているのに……?」
「だからだよ。今に分かるさ」
「?」
小首をかしげていると、隼人さんがため息をつく。
「めぐっち、理人の勘はどういうわけか当たるんだ。閉店したら家まで送るから、理人の戯言に付き合ってくれると有り難いな」
「……もちろん、わたしがお役に立てるなら。家に帰っても寂しいだけですし……。あっ……」
自分で言って、理人さんの言葉の意味が分かってしまった。そうか、わたしみたいな人が「こんな日だから」やってくるのか……。わたしの反応を見た理人さんは「そういうこと」と嬉しそうに笑う。
そのとき早速、一人のお客さんがやってきた。目が合い、互いに微笑む。
「いらっしゃいませ、かおりさん」
*
「パートナーは今、ウェブミーティング中で……。長くなりそうだから、遊びに来ちゃった」
かおりさんはそう言って肩をすくめた。前回は一人でゆっくりしていたかおりさんだが、今日はしゃべりたい様子が伝わってくる。わたしはかおりさんの隣の椅子に腰掛け、話し相手を引き受ける。
「……彼、仕事熱心なのよね。最近は特にそう。部屋で二人きりの時間ができるとそわそわし出すというか……。もしかしたら、そろそろわたしと一緒にいるのが辛くなってきたのかなって勘ぐっちゃうわよね」
「それで今日はここへ来たんですね……。好きな人と一緒にいるのに辛い……。その気持ち、分かる気がします」
「……あなたには『恋愛以外に目を向けなさい』って言ったのにダメね、わたしがこんなことでは。わたしも新しいことに挑戦しなければ……」
「何か挑戦したいことがあるんですか?」
かおりさんは答えなかった。こんなわたしでも、かおりさんの悩みに寄り添う発言が出来ればいいのに。残念ながら、うんと年上の女性に助言できるほどの人生経験がわたしにはない。
沈黙の時が流れる。と、突然、テレビの音をかき消すほどの激しい雨が降ってきた。同時に、雨宿りをするかのように数人が店になだれ込む。彼らは貸し出したタオルで服のしずくを払いながら口々に「開いてる店があって良かった」と言って笑顔を見せる。
「ほぉらね」
理人さんは、ほくそ笑んだ。
*
一見さんたちは雨しのぎの間、飲み物や軽食を摂ってつかの間の休息を楽しんでいる。が、和やかな店内とは対照的に外は雷を伴う大雨。仕事をしなければと思う一方、外の様子が気になってつい、注意散漫になってしまう。
窓の外を眺める。と、店の軒下で立ち尽くす人影を見つけた。雨宿り? なら、中に入ってもらおう。軒下にいても、この雨ではずぶ濡れに違いない。
「ちょっとだけ店の外を見てきます!」
オーナーの返事も待たずに飛び出したわたしは、わずかに開けたドアの隙間からすっと外に身体を出した。
軒下にいたのは、わたしと同じくらいの年齢の女の子。が、そのお腹はふっくらしている。もしかして、赤ちゃんが……? わたしはすぐに声を掛けた。
「雨宿りなら、中に入ってください。ゆっくり出来ますよ。大丈夫、何も注文しなくてもOKなお店ですから」
「…………」
「とにかく、入りましょ!」
なかなか動かないので腕を引っ張り、無理やり店内に連れ込む。
「めぐっち?!」
びしょびしょのわたしたちが入ってくるのを見た理人さんたちは目を丸くした。すぐに店の奥からタオルを出してきてくれる。それを使って全身を拭くが、わたしはともかく彼女の服はびしょびしょで、着替えが必要なほど濡れていた。けれども、さすがに替えの服の用意はない。
「あの、よかったらこれ……」
防寒になればと、冷房対策で持ってきていたブランケットを差し出す。少し震えていた彼女は小さな声で「ありがとう」というとすぐにそれを肩から羽織った。そして大きなお腹の上に手を置いた。わたしの目は自然とそこに向く。
「赤ちゃん……。もうすぐ生まれるの……?」
「……うん。でも、じきに赤ちゃんと対面するんだ、と思ったら急に怖くなっちゃって。ここまで来たら引き返せないって言うのに、毎日毎日、不安でたまらないの」
「オーマイゴッド! 今日は珍客が来る予感がしてたけど、まさか出産直前の女の子が来るなんて!」
彼女の言葉を聞いた理人さんが天を仰いだ。
「理人! 店に来た人に対してそういう発言は控えろっていつも言ってるだろ!」
「おっと、つい本音が……。あー、気を悪くしないでよ? ここは悩みを抱えた人こそ歓迎する店だから。ほんとだぜ?」
「……お前が言っても説得力ないって」
オーナー兄弟の掛け合いを聞いても、女の子は無表情のまま下を向いている。
(わたしが役に立てるとしたら、きっと今だ……!)
かおりさんの相談には乗れなくても、同年代の女の子の話し相手なら務まるはず……! そう直感したわたしはまず自分の名前を告げる。
「わたしはめぐ。高校三年生でこの店のアルバイトをしてるの。もしよかったら、話を聞くわ。名前を教えてくれる?」
「高三……? なら、あたしと一つしか変わらないね」
女の子はそう言ってわたしの顔を見る。
「あたし、クミって言うの。……ここ、何のお店かずっと謎で入りにくかったんだけど、お悩み相談室なの?」
「誰もが好きなときに立ち寄れて、好きなことができる、憩いの場。それがここ、ワライバよ」
「そう……。誰もがってことなら、あたしみたいな人間も立ち寄っていいってことね」
「もちろん」
自信を持って答えると、クミさんはようやく笑顔を見せた。そこへ隼人さんがさりげなくホットミルクを差し出す。
「雨に濡れた身体が冷えては毒です。温かいものを飲んでください」
隼人さんの優しさに触れたからだろうか。クミさんはマグカップを受け取るなり目に涙を浮かべた。
*
詳しい話を聞くと、クミさんは高校時代の同級生との間に子どもを授かり卒業後に結婚。しかし友人たちが大学生活を謳歌している話を聞いたり、高卒で働いている夫が疲れて帰ってくるのを見たりする中で、次第に妊娠している自分を否定するようになったという。しかしお腹の子供はすくすくと育っていき、気づけば臨月。このまま産んでいいものか。産んでもちゃんとやっていけるかどうか毎日、自問自答していると、彼女は語った。
他人事とは思えなかった。もし悠くんと翼くんが自制心を欠いていたら、わたしも今ごろクミさんと同じ運命をたどっていたに違いないと思うと、身につまされる。
確かに、年齢だけ見ればわたしも立派な大人だ。けれどもやっぱり高校生である以上、経験不足だし、未熟なまま親になっても教えられることはきっと、少ない。たとえわたしの愛する二人が子どもの世話に慣れていたとしても、だ。
一通り話し終えたクミさんは、マグカップに残っていたミルクを飲み干して言う。
「……愛する人と結婚すれば幸せになれると思ってた。お腹が大きくなる様子を語り合いながら生まれる日を待つ。そういう日々が幸せなんだと……。なのに、どうしてあたしはこんなにも毎日不安なんだろう? 幸せのはずの自分が嫌いなんだろう? こんな気持ちになるくらいなら、赤ちゃんが欲しいなんて望むんじゃなかった。そんなふうにさえ思ってる。……そうは言っても、もうすぐ生まれちゃうんだけどね」
わたしにはクミさんに共感しようと頷きかけた。が、それより早く発言したのはかおりさんだ。
「ふざけないで……! どんなに願ってもパートナーとの子どもが望めない人間もいるというのに……! あなたは盲目よ。そして世間知らずよ。あなたは自分だけが苦しいと思っているかもしれないけれど、周りをよく見てご覧なさい。ここに集う人々を見てご覧なさい。いかにあなたが恵まれているかが分かるはずだわ!」
いきなり、かおりさんから責められる格好になったクミさんは動揺して縮こまった。が、なんとか声を発する。
「……ここにはどんな人が集まっていると言うんです? どうしてそんなにあたしを責めるんです? それほどまでにあたしのことが……羨ましいんですか?」
「……そうよ。あなたのお腹には愛する人との子どもがいるんでしょう? それを幸せと言わずして何というの? ……もし、あなたが母親になる自信がないというなら、その子をわたしにちょうだい。わたしが、育てる」
「えっ……。あなたは一体……?」
戸惑うクミさんに、かおりさんは毅然とした態度で言う。
「わたしのパートナーは同性愛者。子どもが欲しいと願ったこともあったけれど、彼は決して首を縦には振らなかった。それでも愛し続けてきた……。そういう、一途な女よ。ここにいる、めぐさんだって深い悩みを抱えている一人。そうでしょう?」
話を振られたわたしは、しどろもどろしながらも自分の境遇を話す。
「……わたしは、二人の男性に愛されているがゆえの悩みを持ってる。実は彼氏同士が固い友情を築いているために互いに遠慮し合っちゃってね。本当はわたしと大人の関係を築きたいとそれぞれが願っているにもかかわらず、進展を望めば関係が壊れてしまう……。何よりもそれを恐れているのよ。そんな優しい心を持つ彼らのことが大好きなわたしも、どちらか一人に決められずに悩んでるってわけ」
「オレたちだって、この年まで独り身なのには訳があるんだぜ? 聞きたい?」
「理人、その話はやめておけ……」
女たちの話に便乗して、おしゃべり好きの理人さんが口を開きかけたが、そこは双子の兄である隼人さんがぴしゃりと制した。クミさんはふっと息を吐く。
「……あたしは好きになった人とあっさりゴールインしちゃったから、恋愛で苦しむ人の気持ちが分からなかったんだけど、二人の話を聞いて分かったよ。自分の感情を我慢してでも相手を思いやる。そういう愛し方もあるんだ、ってね。……やっぱりあたしは自分勝手で世間知らずな女。そういうことなのかな……」
クミさんの発言を受けて隼人さんが自慢の哲学を披露する。
「エーリッヒ・フロムはこう言っています。
ある婦人が花を愛していると口では言っても、その花に水をやるのを忘れているのを見たとするならば、我々は彼女が花を愛しているということを信じないであろう。愛とは、愛するものの生命と成長に積極的に関係することなのである、と……。
つまり、愛するということは、互いを尊敬し、関心を持って観察し、成長していく努力をし続けていくと言うことです」
わたしには難しくて理解できなかったが、かおりさんは深くうなずいた。隼人さんは続ける。
「そして何よりも大事なのは自分を信じることです。すべてはそこから始まります。だからクミさんも、めぐっちも、かおりさんも、自分の愛を信じてください。愛する想いが、行動が、相手の中に愛を生じさせると信じてください」
「えっとぉ……。愛するってことは能動的な行為ですよね? 愛されるよりまず、愛するってこと?」
わたしの問いに隼人さんはうなずく。
「そう。愛すると決断するんだ。感情からではなく、自分の意志で愛するとね。もし、感情で愛そうとするならば、二人が末永く愛し合うことは出来ないだろうとフロムは言っているよ」
「決断……」
今のわたしに一番足りないもの。それがなければ真に愛し続けることは出来ないと言われて困惑する。そんなわたしの横で、今度はクミさんが疑問をぶつける。
「それは……子どもに対しても……?」
「もちろん、同じことですよ。生まれてくる子どもが一番求めているのは母親の愛情ですからね。母親の方から子を愛すると決断する。愛を与える。それによって子は安心して生きていけるのですから」
「……そうですよね。赤ちゃんは母親がいなければ生きていけない。……あたしが、ちゃんとしなきゃいけませんよね」
うつむきっぱなしだったクミさんはいつの間にか顔を上げ、背筋を伸ばしていた。クミさんが明るい表情で言う。
「自分の気持ちを吐き出して、それに対して色々アドバイスを頂いたおかげで出産に前向きになれた気がします。特に……お姉さんの厳しい一言で『お腹の子はあたしが育てなきゃ』って気にさせられました。ありがとうございます。……また、遊びに来てもいいですか?」
「いつでもどうぞ」
「隼人のちんぷんかんぷんな話が聞きたけりゃあね」
「り・ひ・と……!」
隼人さんが拳を振り上げると、理人さんは「ひぃっ……!」と言って店の隅っこに逃げた。が、その顔は笑っている。
「うちの店に来る人はみんな、悔しいけど隼人の話も楽しみにしてる。分かってることだろうが。冗談の通じない奴め」
「だったら、僕にも分かるような褒め言葉を使って欲しいもんだね」
「人前で兄貴を褒めるのは苦手でね……」
理人さんはそう言って店の奥に引っ込んだ。
そのとき、スマホの着信音が鳴った。クミさんが慌ててポケットに手を突っ込んで電話を受ける。
「もしもし?」
『おいっ、今、どこにいるんだよ? 部屋にも実家にもいないから心配で……。迎えに行くから居場所を教えてくれ』
相手の声が受話器から漏れ聞こえた。旦那さんからのようだ。クミさんはワライバにいることを伝え電話を切った。
「……彼には悪いことしちゃったな」
クミさんは肩をすくめ、ゆっくり椅子から立ち上がった。
「めぐさん。声を掛けてくれてありがとう。それからこのブランケットも。酷い雨に降られて最悪の日だと思ってたけど、今では雨が良い出会いをもたらしてくれたと感謝してる。 ……あれ? 雨、止んでる? なら、歩いて帰るって言えばよかったかな。実はすぐそばに住んでいるんだ」
*
数分経って、傘を二本持った男性がやってきた。クミさんからここでの話を聞いた旦那さんは何度も頭を下げ、その後、彼女の肩を大事そうに抱いて帰って行った。雨宿りのため滞在していたお客さんたちも同じタイミングで帰路につく。
店にはオーナー二人とわたし、そしてかおりさんだけになった。
クミさんはもう産むことを迷ってはいないだろう。そしてきっと、旦那さんと生まれてくる子どもを愛し、これからの人生を歩んでいくのだろう。
翻ってわたしは……? クミさんを見送ったあとで、がっくりとうなだれる。
二人と愛し合いたいと願いながら、その結果として母親になる可能性があること、そしてそうなった時はちゃんと産む、という決心が出来ていなかったことを思い知らされたからだ。
隼人さんも言っていた。感情から愛し合ってもその愛は永遠には続かないって。愛すると決断しなければならないんだ、って。
(もしかしたら、悠くんと翼くんは気づいていたのかもしれない。わたしにはまだ、母親になる覚悟が出来ていないって。その資格すらないって……)
加えてわたしは「二人に愛される」ことを望んでいる。完全に受け身。真に愛し合うつもりがあるならやっぱり「どちらか一方を愛する」覚悟をしなきゃいけない。
(ママが苦しみながらも悠くんではなくパパを選んだように、わたしもどちらかを……)
奇しくもママがその決断を下したのは十八の時。しかし今のわたしに、甘やかされて育ったわたしにそんな決断が出来るのだろうか……。
悶々と悩んでいると、理人さんに声を掛けられる。
「さて、と。今日はそろそろ店じまいにするか。めぐっち、手伝ってくれる?」
「はい」
そうだ、今はまだ仕事中。考えるのはあとにしよう。
一旦外に出て、お店のドアに「CLOSED」の札を掛けようとした。と、一人の男性が店を目指して一目散に走ってくるではないか。
「待って! まだ閉めないでっ!」
男性はわたしを押しのけるようにして駆け込んだ。常連のお客さんだろうか? 戸惑っていると、かおりさんが顔色を変えた。男性と見つめ合っている。
「純さん……」
「やっぱりここだったんだ……。何度電話しても繋がらないから、こっちから来ちゃったよ。会えて良かった……」
二人の様子から、男性はかおりさんのパートナーだと推測する。
「やれやれ。閉店の時間だけど、ジュンジュンが来ちゃったんなら仕方がないな……。めぐっちはこれで上がっていいよ。隼人に送ってもらって。あとはこっちで引き受けるから」
理人さんがわたしに帰宅を促した。隼人さんも車の準備をしようと動き出す。しかしわたしは、かおりさんたちのことが気になって仕方なかった。
「理人さん。わたし、もうちょっと残ります。……二人の話が聞きたいんです」
「めぐっち……。いくら知り合いだからって……」
「大丈夫よ、オーナー。聞かれて困るような話はしないから。その代わりこれ以上、人の出入りがないようにしていただけるかしら?」
「……かおりさんの許可が出たならオーケー。じゃあ、めぐっち。今度こそ『CLOSED』にして鍵を掛けておいて」
「はい」
言われたとおりにすると、理人さんが店のテレビを消した。店内から突然音が消え、重苦しい空気になる。
「……どうしてここだと分かったの?」
かおりさんの問いを皮切りに二人の話が始まった。この日の出来事がわたしに一つの決断を促すきっかけを作ったのは言うまでもない。それほどまでにわたしの心は揺さぶられたのだった。
第七話の続きはこちら(#8 めぐ編)から読めます
※「かおり」「純」、「ワライバのオーナー兄弟」について知りたい! と思った方はこちらから、それぞれが登場するお話のあらすじが読めます!
*かおりと純がメインのお話:「愛のカタチ・サイドストーリー」
*理人と隼人が登場するお話:「好きが言えない3」
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